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「もう大丈夫よ」


沙紀は僕から離れて、背を向けてしまった。ティッシュを箱ごと持っていき鼻をかんだり、目元を拭いていたりする。


「それは良かった。だけど、なんでそっちを向いてるの?」

「そ、それは涙でぐちゃぐちゃになった顔なんて見せられないじゃない///」


沙紀からは乙女らしい反応が返ってきた。僕も反応に困る。部屋には沙紀が取り出している箱ティッシュの音。それが謎の緊張感を生み出していた。端的に言うと気まずい。


(話題を変えるか)


沙紀もこれ以上この話に触れられるのは嫌だろう。今二人で共有している話題と言えば、


「そういえば明日から生徒会の初仕事なんだけど僕は何をすればいいの?」


露骨すぎるかもしれないがこれぐらいしか思いつかなかった。


「この時期は文化祭関係がほとんどよ。文化祭実行委員会で挙がった案を実現させていくこと。これが一番きついのよね」

「なるほど・・・」

「関係各所への挨拶、物資の調達、うちを志望するであろう中学生たちに対する宣伝、考えただけでもきついわね。特にお金関係・・・」


沙紀は話しながらこっちを向いた。目元は充血していたが落ち着いたらしい。そして、一転して僕の方を見て、


「馬車馬のように働かせられるから覚悟しておいて頂戴ね?」

「・・・頑張ります」


沙紀は満面の笑みで奴隷宣言をしてきた。文化祭自体は去年経験しているから覚えているが結構力が入っている印象を受けた。あれに関わるようになるのだから人生とはわからないものだ。


「まぁ明人なら大丈夫よ」

「そうだといいなぁ」


沙紀は優しい表情で僕を安心させてきた。不思議と沙紀の言葉を受けると安心するのだ。


「ま、これ以上話せることはないから、具体的な仕事は明日聞いて頂戴」

「了解」

「いい返事ね。それじゃあ、よっと」


沙紀は突然上着を脱ぎ出した。


「何やってんの!?」


僕は後ろを向いた。反射的に身体が動いてしまった。


「何ってパジャマに着替えてるだけよ?今日、泊まるからよろしく」

「だからってここで着替えなくても・・・待って今泊まるって言った?」

「ええ、そうよ。しばらく泊まらせてもらうわ」


(家主なのに聞いてない・・・)


沙紀は口をとがらせて僕に言ってきた。


「あのババアにあんな啖呵を切った手前、帰れないわよ」

「まぁそうだけど・・・」

「それにあのカスもたまにうちに来るようになったのよ・・・吐き気のハッピーセットが揃った家にいたら、気が狂いそうだわ。そんな家に明人は私を独りでいさせる気?」

「いえ・・・」

「分かればいいのよ」


やれやれと言った声音で僕に宣言する暴君。その上、何も悪いことをしていないのに、責められる始末。


(まあなんとなくそんな予感はしていたけどね)


沙紀がうちに来た時、大きなキャリーバッグを持ってきていたのだ。こうなることも計算に入れて美紀子さんをぶん殴ったんだと思った。


「ふふふ、また明人と一緒に寝れるわね」


(・・・絶対に狙ってたな)


沙紀の様子を見ると、確信犯だということが分かる。だけど、やられっぱなしでは終わらない。


「沙紀、残念だけど、今日一緒に寝ることはできないよ」

「あらどうして?」

「新しい布団を買っておいたからだよ」


僕はテスト期間が終わったくらいに沙紀がうちに泊まること、そして、来客が来た時のことを考えて、いくつか物を増やした。だから、沙紀と一緒の布団で寝ることはない。年頃の男女が一緒に寝るのは衛生上良くない。沙紀には悪いが対策させてもらった。


「そう、それは残念ね・・・」


沙紀はシュンと落ち込んでしまう。なんか僕が悪いことをした気分になるが、それも沙紀の作戦だろう。今日だけは鬼になる。


「うん。だから沙紀はロフトで寝てよ。僕はここに布団を敷いて寝るから」

「分かったわ・・・」


そういって洗面所に行ってしまった。なんとなく背中が寂しく見えるが、気にしたら負けだ。


「沙紀には悪いけど、心を鬼にしないと」


僕は沙紀が洗面所に入っている間に、布団を敷いて寝る準備をした。部屋が狭いから机とかをどけないといけないので、一苦労だ。


「明人、お茶を用意したわ」


沙紀は洗面所から台所に行き、お茶を用意しておいてくれたらしい。


「ありがとう。でもこの時間にお茶なんて飲んで大丈夫?」

「軽く勉強するから問題ないわ」


これから勉強かぁ。テストが終わってから気が抜けていたけど、僕もやるべきなのかな


「僕もやろうかな~」

「ええ、一緒に、キャッ!」

「沙紀!?」


沙紀は僕の布団に足を躓いて僕の布団にお茶をぶちまけた。


「「・・・」」


沈黙。沙紀の方を僕は見た。


「もしかしてわざと・・・?」

「違うわよ!」


沙紀の目は泳いでいた。怪しさ満点だった。


絶句


僕はお茶まみれになった自分の布団を見てどうすればいいのかと考えた。


「明人、これは本当にわざとじゃないのよ・・・?」


僕の方を下から覗いてきた。が、


「今までの自分の行いを振り返ってみて・・・」

「今回ばかりは違うのよ!信じて頂戴!」


僕の襟を掴んでぐわんぐわんとされたが、僕はそれどころじゃない。


「とりあえず僕は下で寝るよ」

「それはダメよ。風邪を引いてしまうわ。私と一緒に寝ましょう?ね?」


沙紀はチャンスとばかりに僕と一緒に寝ようとしてくるが、その様子からはわざとやったとしか思えなかった。


「やっぱりわざと?」

「違うわよ!ただ今の状況は棚ぼただとは思っているわ」

「わざとじゃないか!」

「違うわよ!」


結局沙紀の押しの強さに負けて僕はロフトで一緒に寝ることになった。

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