06 調理と包丁術


「ありがとう。こっちにギルドの支部があるから、そこに納品しよう」

 ラッジはタコを網に入れて担いだ。

「足いるか?」

 まだウニョウニョ動いている足を差し出す。

「うん。エリアス、入れるもの持ってない?」

 エリアスは風呂敷の様な布を取り出して、嫌そうに顔を顰めながら、動く足を何とか包み込みながら聞いた。


「坊ちゃん、こんな物どうするんですか?」

「え、食べるよ」

「普通に食うな」

「え」

 エリアスが固まっている。

「美味しいのに」

「なっ」

「えー」

 そういえばレニーに生まれ変わってからタコを食べたことがない。ここは港町なのに、どういう基準だろう。


「ここがギルドの支部だ」

 大通りの四つ角にあるこの街のギルドより、小さいこじんまりした事務所だ。

 タコをギルドに提出したラッジは、エリアスがちょっと離れた隙に「ここに連絡をくれたら、ついて行ってやる」と囁いた。


「ありがとう、ラッジさん」

「呼び捨てでいいよ、レニー。じゃあ、またな」

 誕生日が過ぎたらこっちに連絡して会う事にしてラッジと別れた。エリアスも冒険者登録はしていたようで、レベルが上がったと、ちょっと嬉しそうにしていた。



「エリアスは魔法が使えるんだね」

「はい、雷魔法とあと生活魔法ですね」

 魔力が多くないと攻撃魔法とか使えないらしい。そして魔力が多いのはほとんど貴族で、平民はとても少ないらしい。十二歳の魔力検査で調べるのだけど。


「エリアスは貴族なの?」

「いえ、私の母が妾で平民だったので私は平民です。デルマス商会の会頭に拾っていただけて良かったです」

 何か複雑な事情がありそうなエリアスの返事であった。

(僕にその選択肢は無いのだろうか)

 側室になるよりよっぽどマシだと思うのだが。



  * * *



 それにしても──、

 分からない。色魔法って何なんだ。どうして黒なんだ。分からない。ラッジとエリアスに聞いてみたけど知らないと言われた。なんだかとても不安になる。

(僕、この世界で生きて行けるんだろうか)


 家に帰って、レニーは自分のステータスを見た。


 名前 レニー・ルヴェル 種族 人間 性別 男 年齢 十一歳

 スキル 色魔法(黒)

     隠蔽 鑑定

 称号 【転生者】【腐女神の祝福】


 色魔法(黒)という事は他に何か覚えるのだろうか。タコ退治で貢献して覚えたっていう事だろうが、黒だけじゃどうすればいいのか分からない。


 うーんと考えていると「坊ちゃん」と、料理人に呼ばれた。

「なに?」

「タコどうするんですか?」

 調理場に行くと料理人たちが、まな板の上でぐねぐね動くタコの足を持て余して腕を組んでいた。


「え、普通に茹でるよ。こうやってお塩を振りかけて、ぐにゅぐにゅと揉んで、お湯を沸かして茹でるんだよ」

 腕まくりをしてぐにゅぐにゅと揉むと、料理人たちが嫌そうな顔をする。


(何でこんなこと覚えているんだろう。どうもバイトでやっていたような気がするが。まあいいか、だんだん考えるのも面倒になって来た)

 ちょっと洗って沸いたお湯に入れると、しばらくしていい色に染まった。


 水に取って冷まして包丁でスライスする。

「坊ちゃん、手付きがいいですね」

「そう?」

 タコをつまんで一口食べる。

「美味しい」

 満面の笑顔になった。


 スキル『調理』を覚えました。スキル『包丁術』を覚えました。

 一度に二つ覚えてしまった。


 料理人たちも恐る恐る手を出して一緒に食べた。

「なるほど、これは知らなかった味ですね」

「歯ごたえが何ともいえませんね」

 気に入ってくれたらしい。

「マリネとかサラダにしたらいいよ」

「なるほど」


 夜になってベッドの中で思い付いた。もしかして『包丁術』は武器として覚えたんだろうか。…………。もういいや、考えるのもバカバカしくなった。



  * * *



「お父様、剣の鍛錬をしたいのですが、どなたか教えて下さる方はいませんか?」

 夕飯の席でレニーは父親に聞いた。モーリスは最近急に活発になった息子を、何とも言えない表情で見た後、妻のレオノーラを見る。


「いいんじゃありませんの、鍛えておいて損はありませんわ」

 レオノーラはこともなげに言ってレニーの方を向く。

「途中で止めることは許しませんよ」

「はい、ありがとうございます」

 レニーはその綺麗な顔を綻ばせる。無邪気に笑うその姿は、どこからどう見ても天使であった。誰がこの子を打ち据える事が出来るというのだろう。



  * * *


 三日して剣術の先生が来た。この街出身で、怪我をして辺境の騎士団を辞めて帰って来たステファン・ルドンという四十代半ばの男だ。両親の知り合いだという。


「ご主人にも奥方にも、厳しく鍛えるように言われておる」

 ステファン先生は厳しい声で開口一番そう言った。レニーと、付き添いで一緒に剣を習う事になったエリアスは固まった。

「よろしくお願いします」という声も恐々であった。


「お前たちは体力がない。まず体力を付けるのだ」

 裏山一周ランニング、柔軟体操、初めは素振り五十回から。

 もちろん裏山はレニーの家の敷地内である。

 週二回のステファン先生の鍛錬の日には、その後打ちあい、打ち込み。


 ひ弱なレニーは一日で音を上げそうだった。

 レニーは今世の自分が何者なのか全然分かっていなかった。か弱くて生っ白い、まだ十一歳で大店の箱入りのお坊ちゃまであった。

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