02 「ステータスオープン」


 レニーはベッドの上に座り込んでこぶしを握っていた。

 異世界で最初にする事ってやっぱりこれだろう。誰もいなくなった部屋でレニーはさっそく唱えた。


 転生の醍醐味、その一「ステータスオープン」来るか!

 すると、何故か目の前に浮かび上がる謎の文字列。

「来た! よっしゃ!」


 出来るか出来ないかで言えば、半々ぐらいの確立の「ステータスオープン」が出来て、ちょっとテンションが上がる。

 そして自分のスキルを、こぶしを握ったままじっくりと眺めた。



 名前 レニー・ルヴェル 種族 人間 性別 男 年齢 十一歳

 スキル 色魔法

 称号 【転生者】【腐女神の祝福】



 種族が人間って、他に何かいるのだろうか。エルフとかドワーフとか。十一歳ってまだ小学生だよな。もう一度、白くて細い手を開いて見る。


 色魔法って何だ? 普通に黒魔法とか白魔法とかじゃないのか?

 レニーはあまり見たことのないスキルを見て首を傾げる。

【転生者】とか隠した方がいいよな、隠せるのかな。


 スキル『隠蔽』を覚えました。


 ふえっ? いきなりスキルを覚えた? 何で覚えたんだろう。

 でも、これがあったら、冒険者ギルドとか行っても、変なスキルがあるからとかいって引っ張られることも無いか。


「よし、『隠蔽』」

 おお、【転生者】の文字が半透明に透けた。

 え? 【腐女神の祝福】って何だよ、何でこんなモンがあるんだ。


 前世、僕は聞いたことがある。

「このBLって何?」

 ネットの小説にそういう区分があって、友人のひとりが教えてくれた。

「男同士の恋愛ものを書いたもんだな。ほら、腐女子とかいうだろ」

「ふうん」

 それだけだ。


 男同士とか何なんだ。隠せ、隠せ、ついでに『色魔法』とかいう変なスキルも隠した方が良さげ。『隠蔽』も、もちろん隠す。

 かくして、レニーは十一歳でスキルなしのただの坊ちゃんになった。

(うん、悲しくはない……)


(それにしても、僕はこの世界に来る前に、神様にも女神様にも会っていない。何でこんな祝福が付いているんだ?)

 とてもチートとは思えない、頭を抱えたくなるような称号であった。



 コンコンとノックの音がして、すぐにエリアスが入ってくる。ベッドの上に座り込んでぼんやりしているレニーを発見して「坊ちゃま」と駆け寄った。


「お休みになって下さい、お医者様が安静にと──」と、レニーを布団の中に押し込んだが「あ」と、気が付いて部屋の外に出て、ワゴンを押して帰って来た。

「コホン、お食事の用意が出来ております。少しでも召し上がりますか」

「うん」

(エリアスって、くそ真面目で堅物でとっつきにくいイメージだったけど、案外抜けている所があるんだな)


 お腹の中がスープと果実水とお薬で満たされた。

 側に付いているエリアスは優しげな顔立ちの黒髪の少年で、前世の記憶を思い出したレニーには馴染みやすい姿形だ。


「奥様が夕方にはお帰りになるそうですので、それまでお休みください」

「うん」

(奥様ってレニーの母親だよね。ええと、名前はレオノーラだったっけ)

 忙しい人で、きびきびした人で、ちょっときつい人だったような気がする。

 レニーは少し苦手だったようだ。


 有能で仕事のできる女性管理職みたいな感じかな。ずっと家にいる感じではないし、父親が商人なので一緒に仕事をしているのかもしれない。


 薬には安定剤とか入っているのだろうか。それとも胃腸薬を飲んだらよく眠れるのだろうか。程よく満足して、うとうとと微睡んだ頭で考える。


 取り敢えず転生に気付いた所が、あんなでかくてゴツゴツした海の男達の真ん中だったのでびっくりしたけれど、レニー付きの従僕もいるし、親はどうも金持ちの商人らしい。自分は大事にされているようだし、王侯貴族か、もしくは奴隷という両極端な身分ではなくてよかったのではないか。

 あとは自助努力を頑張って──。


 そこでちょっと気が付いた。自分のスキルは見たけれど、外見を見ていない。

 前の世界では外見は重要であった。前世、中肉中背で容姿も平均だった自分の周りには女の子が全然居なくて、むさくるしい野郎ばかりだった。

 女の子を連れて歩くモテ男がうらやましかった。外見もお金も暇も無くて無理だったけど、今世の外見はどんなだろう。


 レニーはゆっくりとベッドから身を起こしてみた。先ほどエリアスが食事を持って来てくれた。スープを飲んで果物も少し口に入れた。

(頭痛もめまいもしない。よし、大丈夫だ)

 ベッドから降りてゆっくりと歩く。目当てはもちろん鏡である。


 転生の醍醐味、その二は、鏡を見て「これが私?」と驚くことだ。

 しかし、実際にくっきりはっきりクリアな目で見ると感慨もすごい。


 鏡に映った少年は、白っぽいストンとくるぶしまである肌触りの良い綿の寝間着を着ている。

 髪、これプラチナブロンドだよね、白ではなく金髪の色の薄い奴、天パーだし艶々だし。二重の瞳は薄い紫でキラキラ、肌が白くてすべすべ……、レニーは今十一歳、もう少しで十二歳で……。


 天使の様な美少年の姿にめまいがする。【腐女神の祝福】という変な称号が付いているせいで、ものすごく不安になった。


(僕は前世バイトに明け暮れた大学生だった)

 中肉中背で容姿も平均で、お金もなく、就職も決まらず、途方に暮れていた。

 コンパで羽目を外したのは自棄だったのか、今となっては自分の気持ちも分からない。


 今世、生まれ変わってすこぶるつきの美少年になったけれど、おかしな称号は付いているし、今後どうなるか予断を許さない。素直に喜ぶわけにはいかないのだった。



 母親のレオノーラは夕方帰って来た。執事やら秘書を引き連れて賑やかである。すぐにレニーの顔を見に部屋に寄った。


「レニー、海に落ちたと聞いたけど」

 プラチナブロンドに紫の瞳のレオノーラの顔はレニーより少しきつい感じだ。

 レニーはベッドに起き上がって母親を迎えた。

「お帰りなさい、お母様。もう大丈夫です」


「そうなの? あなたはぼんやりしているから、気を付けないと」

「申し訳ありません」

 レオノーラは少し首を傾ける。前よりハキハキしているような気がする。母親を見ると少し怖じけていた三男であったが。

 大事をとって、まだベッドにいるレオノーラによく似た息子を見る。


 しかし今更期待しても、この子の見てくれはどうしようもないのだ。このまま世間の荒波に放り出せば、飢えた魔獣のような男どもに好き勝手に蹂躙されてしまうだろう。レオノーラは父親のモーリスと同じように、レニーの頭に手を置いてから部屋を出て行った。

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