第2話 貴史が小学校に入学しました(2)鍵っ子強盗

 子供は、少し違うというものに敏感だ。そして、遠慮や忖度というものがない。

「沖田君、どうして昨日はお母さんが来てなかったの?」

「お母さんはいないから。うち、お父さんだけなんだ」

 貴史があっけらかんと答えると、納得する者、関心がない者、納得しない者と分かれた。

「おかしいよ」

「なんで?リコン?」

「片親ってママが言ってた」

 わけが分かっているのかどうか怪しいが、そんな事を言うクラスメイトもいる。

「事故で死んじゃったんだって」

 貴史がそう言うと、流石に子供と言えど、それ以上は言ってはいけない事だと察しが付く。

「かわいそう」

 それには育民と亜弓が目を鋭くした。

「いいだろ、もう。たっくんちにはいっぱい動物がいるしな」

 育民が言うと、亜弓も、

「頭も良くて、仲がいいのよ。だから、かわいそうなんて失礼だわ。あなた何様?」

とその子を見据える。

「いっくん。あーちゃん。いいよ、ありがとう」

 かわいそうと言った女の子が涙目になるので、貴史は割って入った。

「えっと動物ってどんな?」

 中の1人が気を取り直して訊くのに、貴史はにこにことして答える。

「オカメインコのジミーくんと、モモンガのモモちゃんと、針ネズミのハリーじいと、ジャーマンシェパードの隊長と、ハムスターのハムさん」

「うわあ、いっぱいいるんだなあ」

 子供達は目を輝かせて、自分の家には何々がいる、と言い合っていたが、やがて、

「見たい」

と言い出し、放課後、数人が貴史の家に来る事になったのだった。


 尚史は食堂で後輩の池谷と一緒になっていた。

「もう、大変ですよぉ」

 池谷は鍵っ子を狙った連続強盗を調べているのだが、そうグチった。

「先輩、捜一に戻って来てくださいよ。先輩ほど切れる人が庶務課って、損失じゃないですか」

「貴史が、少なくとも中学生になるまではな」

 尚史はそう言ってお茶を啜る。

 恨めし気に尚史を見る池谷に、尚史は苦笑した。

「鍵を開けて家へ入る子に続いて押し入って、強盗するんだったっけ」

「そうです。子供だからかあんまり犯人について供述できる子がいなくて。まあ、帽子とマスクとサングラスで顔は見えないらしいんですけど。

 網を張るにしても、次はどこに出るかわからないし」

 口を尖らせて池谷が言う。

「まあ、パトロールと学校での注意を徹底するくらいしかないかな」

 言いながら、尚史は心配になって来ていた。

(貴史は大丈夫かな。犯行エリアは広いし、うちの周辺に今はまだ出てないと言っても、このまま出ないかどうかはわからないし)

「心配だ。でも、捕まるまで早退するわけにもいかないし」

 真剣に悩み始めた尚史を、池谷は泣きそうな目で見ていた。


 放課後、貴史、育民、亜弓は、家に向かって歩いていた。

 貴史の家に見に来るというクラスメイト達は、一旦ランドセルを置いてから家に来る事になっている。

「今日はお父さん、いつ帰って来るかなあ」

 貴史は丈夫なチェーンに通したピカピカの鍵を手にして、そう言った。

 これまでは尚史の友人の坂本春彦と一緒に待っていたのだが、小学生になったので、基本は1人で待つ事になったのだ。

「春彦、来ねえのかよ」

「たっくん、うちに来ればいいのに」

「僕も小学生だしね。1人で留守番くらいできるよ。たぶん」

 言っているうちに家へ着く。

 鍵穴に鍵を突っ込んだが、話や鍵に夢中で、その気配に気づくのが遅れた。

 気付くと亜弓は見知らぬ何者かに後ろから腕を回され、首にナイフを突きつけられていた。そして、驚いているうちに、その男に、

「家へ入れ」

と命令される。

 ヘタに反撃するのは危ない。そう聞いていたので、貴史は大人しく鍵を回し、ドアを引き開けた。

 と、声がした。

「沖田くーん」

「見に来たよ!」

 ランドセルを置いて、動物を見に来たクラスメイトだった。

 男はギョッとしたようだが、帰すとまずいと考えたのだろう。

「入れ!早く!」

 と命令し、慌てた彼らは急いで家に入り、気付くと全員、奥のリビングへと追い立てられていた。

「ナンダ、ドウシタ」

 バサバサとジミー君が飛び、隊長は貴史の前に立ち、低く唸り声をあげて犯人を睨んだ。

 犯人は帽子をかぶり、マスクとサングラスをしているので、顔はわからなかった。

「お母さん」

 べそをかき始める女子に、犯人はイライラとしてナイフを向ける。

「黙れ!

 くそ、何で急に増えるんだ」

 子供達は一カ所に固められ、そこで、震えたり犯人を睨みつけたりしていた。育民はそこにあった孫の手にそろそろと手を伸ばし、隙を伺っている。

「おい!金はどこだ。出せ!」

 犯人に言われて貴史はゆっくりと立ち上がった。

「そこだけど……ハリーじい」

 犯人が指差した方を見ると、抽斗の前にハリーじいが素早く動き、全身の針を立てて威嚇した。

「針ネズミ!?何で!?」

 犯人が驚いたように手を引っ込めると、貴史は窓を開けてジミー君に言った。

「ジミー君!誰か呼んで来て!」

 それでジミー君が庭に飛び出して行き、

「タスケテー、ドロボー!コロサレルー!」

 驚いた犯人は貴史を引き寄せると、首にナイフを突きつけた。




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