第23話 帰宅部「遊び疲れは健康にいいんだよ」

「……そこはかとなく視線を感じるんだが」


結局。ゴスロリ衣装で外に出ることになったリヴェリアは、周りの視線が気になるのか、初めて制服に袖を通した小学生のように縮こまる。

ただ、彼女の思うような侮蔑や怪訝を込めた瞳はなく、好奇の目だけが体をちくちくと刺す。

隣に立つ帰宅部は、手芸部や演劇部など、美貌の暴力とでもいうべき女たちとの付き合いで慣れているのか、なんでもないように口を開いた。


「まあ、ンな絶世の美少女がゴスロリ着てたら目立つわな。

気味が悪くて見てるんじゃなくて、可愛いから見てるだけだろ。

演劇部とかも街歩けばこんなもんだ」

「……私にとっては屈辱だ」

「屈辱ならニヤけんなよ」

「っ!?」


帰宅部の嘘に動揺し、数十分前と同じように口元を隠すリヴェリア。

文化部どもではまず見られない初心な反応が楽しいのか、帰宅部はケラケラと笑い声を上げた。


「リフレッシュって言ったろ?

ンな力入れてどうすんだよ」

「……警戒するに決まってる。

お前たちにとってはなんでもない景色なのだろうが、私にとっては敵地。全てが敵だ」


リヴェリアは言うと、ぐっ、と音が鳴るほどに拳を握りしめる。

リフレッシュするどころか、余計に疲れに行っている。

帰宅部は呆れたため息を吐くと、人差し指を上に向けた。


「んじゃ、お前の上にあるモンもか?」

「上…?」


帰宅部の言葉に対し、怪訝な様子で視線を軽く上へと向けるリヴェリア。


瞬間。呼吸を忘れた。


彼女が目に映したのは、広がる青。

ところどころ、白く、ふわふわとしたものが、薄い青色の中を漂う。

何故だろうか。知らないはずなのに、これが「本物の空」だと知っている。

故郷では、おとぎ話か映像でしか見ることができなかった、本物の空。

あの大嫌いな作り物の空とは違う温もりを前に、リヴェリアは思い出したかのように、深く、深く息を吐いた。


「………きれい」

「ここら辺はクソ田舎だからな。

夜になりゃ、星空も見れるぜ?」


「満天とはいかねーけど」と付け足し、リヴェリアの手を引く帰宅部。

しばらくは、まるで意識を吸い込まれたかのように見入っていたが、ふと、自身の視界が少し動いていることに気づき、リヴェリアは素っ頓狂な声を上げた。


「っ、な、何をしている…!」

「クレープ食いに行くんだっての。

ぼーっと突っ立ったまま青空鑑賞会なんて、味気ねーだろ」

「私は、別に…。この空が見れただけで…」

「リフレッシュっつってんだろ。

疲れるくらいに楽しいことしてなんぼじゃねーか」

「……リフレッシュなのだろう?

疲れてしまうのは良くないのではないか?」

「遊び疲れは健康にいいんだよ」


「心の」と付け足し、クレープが売っているキッチンカーへと向かう帰宅部。

リヴェリアは怪訝な表情を浮かべるも、即座に「本物の空を目に焼き付けよう」と、視線を再び上に向ける。

鳥が飛ぶ姿も。

何やら鳥に近い影が雲を引っ張っているのも。

ゆっくりと雲が流れ、動いていくのも。

網膜を焦がさんほどに光を放つ火の玉も。

何もかもが新鮮で、美しい。

仲のいい友人たちにも見せてやりたい、とリヴェリアが思っていると。

帰宅部が自身の肩を強く揺らしていることに気づいた。


「おい、おいって!」

「………っ、な、なんだ!?」


帰宅部の剣幕に驚き、思わず構えを取る。

自分との戦いでもここまで鬼気迫る表情を浮かべなかった帰宅部の様子に、リヴェリアが警戒心を一気に引き上げていると。

帰宅部がクレープ屋のキッチンカーに並んだメニュー表を指し、声を張り上げた。


「期間限定、『抹茶づくし』だってよ!

これでいいか!?いいよな!!

よし、いいってことにしよう!!」

「…………………は???」


一瞬、理解が遅れた。

メニュー表に写った緑色の塊を指さし、興奮気味に詰め寄る帰宅部。

こんなことのために自分に詰め寄ったのか、と呆れを吐き出すリヴェリアを気にすることなく、帰宅部はキッチンカーの中で作業を続ける男に声を張り上げる。


「おっちゃん、とりま、ソレ二つ!

支払いは樋口な!」

「応っ!2940円のお返しになる!!」


山のような肉体から、全てを威圧するような声が放たれる。

リヴェリアが再び警戒心を強めるも束の間。

ふわっ、と、キッチンカーから溢れ出た甘い香りに、力が抜けた。


「お、期待してんなー?おっちゃんのクレープ、クソ美味いから、期待してて損ねーぞ」

「むッ…?今日は初めて見る子を連れているな、りゅ…、帰宅部くん」


作業の傍ら、視線を向けた男が帰宅部に問いかける。

どう説明したものか。

嘘を吐き慣れていないリヴェリアが悶々と頭を悩ませる横で、帰宅部はなんでもないように言葉を返した。


「そーりゃ初めて連れてきた子だかんなー。

超絶箱入りで、クレープすら知らねー子だから、過去1美味いの頼むわ」

「当たり前だ!俺のクレープは、日々進化を経て、さらなる美味の境地へと至る!!

いわば、毎日が史上最高の出来よ!!」

「……あ、暑苦しい」

「まだマシな方だぞ。奥さんと息子さんらが混ざった時が一番暑苦しいかんな」


仕草ですら暑苦しい。

果たして、魔神軍でもここまで濃い男が居ただろうか。

少なくとも、自分が管理を務めている第三支部にはいなかった。

リヴェリアが男に半目を向けた、その時。

彼の手元に、視界が奪われた。

円形に広がった緑色の薄い何かに、氷菓子やら果実やらを一部に乗せているのだ。

何をしているのだろうか、などと思った矢先、男がそれをくるくると巻き、メニュー表に写っていたものと同じモノを完成させる。

包み紙を巻き、「まいど」と帰宅部に手渡された二つの「クレープ」とやら。

帰宅部はその片方をリヴェリアに差し出し、不敵に笑んで見せた。


「ほら。奢ってやらァ。

あ。毒とか疑ってんなら俺が一口食ってから渡すぞ」

「………、いや、いい。いただく」


この男の性格上、毒を盛るなどと言う小細工はしないだろう。

というより、最初から頭になさそうだ。

そう判断したリヴェリアは、渡されたクレープを小さく頬張る。

ふつり、と生地が切れ、トッピングされた少し溶けたアイスが口の中に広がる。

少し苦いが、甘い。上品な味わいだ。

確か、抹茶と言っていたか。

名前の通り、茶に近い風味がする。

初めて食べるが、これは美味い。

リヴェリアがそんなことを思っていると、帰宅部が声を上げた。


「これ、最強だろ?リフレッシュにゃあ甘いモンって相場が決まってンだよ」

「………ああ。…本当に、美味しい」


こんなに美味しいものを食べたことが、これまでの人生であっただろうか。

生まれのことも相まって、気が休まる時などほとんどなかった。

休憩中に、このような甘味を食べることもなかった。

それどころか、この役職に就くまでは、碌に寝ることすら許されなかった。

人生で初めてと言っていいほどの安息を前に、リヴェリアは自身が柔らかな笑みを浮かべていることに気づかなかった。

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