第17話 アメジスト「みんな頭おかしいよ」

「…ふぅ。たダい……ま?」


魔神軍を撃退し、店へと戻った店長を出迎えたのは、娘たちの冷たい視線だった。

明らかに機嫌を損ねている皆を前に、店長は軽く冷や汗を流す。

と。弟子である帰宅部が詰め寄り、彼を半目で睨め付けた。


「どこ行ってたんすか?

帰ってくるまで、大変だったんすよ?」

「あ、えト…、不審者いテ、皆を狙ってるみタいだっタかラお灸を…」


実力的には、この場に店長を抑え込めるほどの力を持つ人間は誰も居ない。

が、しかし。店長はその体躯に見合わないほどに肝が小さかった。ミジンコに踏み潰されてしまうくらいには小さかった。

怒りによるナチュラルハイが無ければ、犬の鳴き声にすらビビり倒すような男なのだ。

そんな男が、帰宅部の放つ圧に勝てる道理はなかった。


「…居ましたけども、相手すんのも面倒だから放逐してたんすよ。

もし仕掛けてきても、こっちも戦闘要員揃ってるからボコれっし。

なーんか途中から気配消えたなーって思ったら、まさか店長が相手してたなんて…。もう二度と外歩けねーっすよ、ソイツ」

「えぇ…?ボク、そンな怖くナいと思うケどなぁ…」

「鏡見ろ。兄貴にも『殺戮の申し子』とかさんざっぱら言われてるだろうが」


殺人的に悍ましい容姿に加え、拳の風圧でステルス戦闘機を落とすような馬鹿力だ。

そんな怪物と対峙するなど、普通の人間であれば心が根本から折れる。

帰宅部は深いため息を吐き、店長の肩に手を置いた。


「アンタがいない間、アメちゃんがいるのをバレないように、放送部が魔法少女たちの対応してたんだぞ?

せ・め・て、出るなら一言くらいくれませんかねぇ、ええ?」

「ご、ごメんなサい…」

「パパ。帰宅部の言う通りだと私は思ってますからね」

「誠に申し訳ござイまセんでシタ」


ファザコンでも怒る時は怒るのである。

その謝罪で気が済んだのか、放送部は「じゃ、後片付けよろしくです」と、2階の部屋へと戻っていく。

店長は落ち込みながらも、厨房の中へと入る。

と。積み上がった皿を前に、彼はキャラ作りをかなぐり捨てた絶叫をかました。


「…なんじゃこりゃぁああっ!?!?」

「さーあ、パパ?洗い物くらいは1人でやってくれるよね?

なにせ入って一ヶ月も経ってない私だけでコレ回してたんだからねー?」

「頑張れ、店長。新人1人に調理全部押し付けたんだから、このくらいはできるよな?」

「………はイ。頑張らセてイタだきマす」


哀れ。この場で最強の人間は、立場的には最弱であった。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「あー…、なんかめっちゃ疲れた。

…クッソ腹減った。母ちゃんも父ちゃんも留守だし、晩飯どーすっかなー…。

引き返すのも悪ィし…ってか、あそこのメニュー、晩飯に向かねぇし」


独り言を吐きこぼし、帰路につく帰宅部。

魔法少女らが喫茶店のリピーターにならないといいが、と思いながら、そこらの店を吟味する。

田舎らしく、チェーン店の輝きに埋もれるように、個人経営の店がひっそりと看板を照らしている。

行きつけの店でもいいが、安く済ませるためにチェーン店に入るというのもアリだ。


「……いつもの店にすっか。

と。その前に…」


帰宅部は言うと、夜の闇へと目を向けた。


「手芸部。お前、なにしてんだ?」

「あらあらぁ?バレてしまったわ」


間延びした声と共に、かっ、かっ、とヒールブーツがアスファルトを鳴らす。

現れたのは、世間一般で言う「ゴシックロリィタ」と呼ばれる服装に身を包んだ少女。

その手に握っているものは、誰かの腕。

闇に隠れた腕の根本を見やると、ズタボロになった全裸の男が、だらり、とアスファルトに力無く倒れていた。


「……なんそれ?」

「魔神軍」

「うん。それはわかる。

お前ら、法破る割には『暴行罪』とかわかりやすい地雷は避けるだろうが。

それを差し引いて法的に手ェ出してもいいやつなんて、それくらいしかいねーだろーよ。

俺が聞きたいのは、なんでお前がそいつ引きずってんだって話」

「お買い物中に急に襲ってきたから、返り討ちにしたの」


言って、何処からか巨大な鎌を取り出し、片手で軽く振るう手芸部。

デザインと機能から考えるに、工学部と科学部あたりに頼んだのだろう。

帰宅部はそれにため息を吐くと、男の体についた傷を確認する。

…幸いと言うべきか、大きな裂傷は見当たらない。

ただ、男として、人として、あらゆる尊厳が破壊されてるだけで。

なんとも卑猥かつ屈辱的な単語が、油性のマジックでこれでもかと書かれた肌に同情を向け、帰宅部は手芸部の方へと視線を戻す。


「…コイツどうすんの?」

「それをあなたに聞きに来たのよぉ。

殺すのも面倒だし、このまま帰すにも、何処に放ればいいのかわからないし」

「お前のことだから『飼う』とか言いだすかと思った」

「嫌よ、こんな汚いの飼うなんて」


人を『飼う』と表現することに対するツッコミはないらしい。

手芸を生業としていて、何故こうも倫理観が終わっているのだろうか。

帰宅部は暫し考えた後、携帯を手に取った。


「もしもし警察ですか?

露出魔を捕まえました。場所は…、N市の大宮町です。

あ、はい。よろしくです。

同行者がゴスロ…、ちょっと特徴的な服着てるんで、すぐわかるかと」


露出魔として突き出す。

それが帰宅部の導き出した結論だった。

「警察が来るまでに、油性マジックで書かれた罵詈雑言を消さないと」、などと帰宅部が考えていると。

手芸部が可愛らしく首を傾げた。


「…いいのかしら?

檻から逃げ出しそうだけど」

「そこまで責任持てん。

それに、魔神軍の一員を偶然にも捕獲したってなりゃ、防衛省が黙っちゃいねーだろ。

ガッチガチに拘束するはずだ」

「……ボドゲ部が『チャート崩れた』って文句を言うのが目に浮かぶわぁ」

「そう思うなら、ハナっから相手にすんなよ。お前なら逃げられるだろ」

「嫌よ。『可愛くて最強』が、私のモットーなんだから」

「魔法少女じゃないくせにそんな物騒なモットー掲げんな」


本当に手芸部なのだろうか。

そんなことを思いつつ、帰宅部は男の体に刻まれた屈辱的なタトゥーを、持ち合わせていた日焼け止めを塗って落としていく。

男のシンボル周りに一切書かれていなかったことは救いだった。

完全に消すことはできないが、ある程度は消せたことだろう。

帰宅部はほっと胸を撫で下ろすと、手芸部に目を向けた。


「引き渡しと聴取終わったら飯食いに行こうかって思ってんだけど、一緒に食うか?」

「あら、じゃあ奢ってあげるわね」

「お前に貸し作ると何要求されっかわかんねーし、自分で払うわ。

いつものラーメン屋でいいか?」

「ええ、いいわよ」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「ねぇ、お姉ちゃん。

ペルセウスのスーツって、元はお姉ちゃんが着る予定だったんだよね?」

「そうなりますね」


その頃、喫茶店の2階にて。

部屋に集まり、ゲームに興じる傍ら、アメジストが放送部に問いかける。

その意図が読めない放送部が「何ですか、急に?」と問うと、アメジストは慌てて続けた。


「あ、いや。その、さ…。

文化部のみんなって、魔神軍と戦えるくらい強いのかなって、気になって…」

「…生身で戦えるのは、私と演劇部と帰宅部…、手芸部くらいでしょうね。

あとは頭脳労働とか、開発とかの担当です」


言って、放送部はゲームをポーズ画面へと移行し、アメジストの手を握る。

アメジストがそれに怪訝な表情を浮かべたその時、万力を彷彿とさせる力が込められた。


「ぁあいだだだだだだっ!?

痛っ、痛いっ、痛いって!!」

「魔法少女の体は恐ろしく頑丈です。

が。私には、魔法少女のあなたがこうやって痛がるくらいの握力はあるんですよ」

「わかった、わかったから!

痛いから離してくださいはやぁく!!」


日頃の恨みがこもった攻撃に、思わず悶絶するアメジスト。

放送部は満足げな表情を浮かべると、ぱっ、と手を離した。


「とまぁ、私は戦闘員もできるくらいには強いわけですが、残念ながら帰宅部と手芸部には手も足も出ません。

順で言えば、パパ>超えられない壁>帰宅部=手芸部>超えられない壁>シュレちゃん=メカ三郎>あなた=私=演劇部>魔法少女=魔神軍>生物部>一般人>そのほかの文化部…という感じですかね」

「…手芸部、なんだよね?」

「『趣味で作った服が数百万で売れた』とか言ってましたし、そっち方面の才能もきちんとありますよ。

ただ、それ以上にバグった強さしてるだけで」

「…なんで?」


手芸部に武力が必要になるものなのか。

アメジストが訝しげに首を傾げると、放送部は淡々と言葉を返した。


「『可愛くて最強になりたかったから』だそうですよ」

「……うん。なんで?」

「アニメに影響されたそうです。

『鎌を振るうゴスロリ少女って、めちゃくちゃ可愛い』とか思ったらしくて」

「それで強くなれたら、全国の魔法少女たちも苦労はしてないと思うよ」


少なくとも、他の魔法少女が聞いたら「ふざけるな」とガチギレすると思う。

アメジストの呆れと困惑を込めた視線に、放送部は揶揄うような笑みを浮かべた。


「動機はアレでも、かなりヤバい修行経ての強さらしいですよ。

その内容聞いたパパがドン引きしてましたからね。『帰宅部とどっこいだ』とか言ってました」

「どんな修行してたの?」

「どっちもやってたので言うと、クマを罠無し武器無しの素手で殺すまで山籠り」

「それ、修行じゃない。手の込んだ自殺」


やはりと言うべきか、帰宅部も頭がおかしかった。

アメジストは走る頭痛に、深いため息を吐いた。

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