夜明けの窓外

 夕方。


 仕事が早めに終わって定時で上がれそうだ。

彼女が早上がりできると聞いている。

久しぶりに夕飯食べれるかもと心躍る。


 彼女と、マンションで同棲開始してから一年以上。

出会いは、この会社。

今は転職してしまった彼女にアプローチして付き合い始めた。


 いそいそと帰り支度をしていると、スマートフォンが揺れる。

ここ何年も連絡をとっていなかった相手。

田舎にいる時に付き合っていて、上京した時に自然消滅した元カノ。


 メッセージには、重い病気で入院していて明朝手術なので会いたいとある。

今から田舎に帰ると今日中には戻ってこれない。

でも、会いたい。



 夜が来た。


 田舎に向かう電車に乗っていた。

元カノは負けず嫌いで強がりで、弱音を吐くタイプではない。

メッセージが送られてきた時点で行かなきゃいけないと思った。


 一晩寝かせたカレーが大好きで、ミルクと砂糖を入れた甘々なコーヒーしか飲めない元カノ。

一緒に過ごした思い出が頭に流れる。

なんで別れたのかも思い出せない。


 車窓から外を眺めてみる。

真っ暗で吸い込まれそうな夜に、時々街の灯りが見える。

流れていく光を、ぼんやりと眺めていた。


 ふと、同棲している彼女から帰りの時間を聞かれていたのを思い出す。


 今日は仕事が忙しくて帰れない、と書く。

 残念、カレー作って待ってる、と返ってくる。

 ごめんね、明日の朝食べるよ、と一言送った。


 彼女に嘘をついてしまった。

素直に言えばよかったかもしれない。

でも、元カノの顔と思い出が浮かんで嘘をついてしまった。


 つい、嘘をついてしまった。



 夜が更ける。


 病院に着いた時にはもう深夜だった。

夜間受付窓口に行き、名前を書くと事前に話が通っているらしく中に入れてもらえた。

病室に向かうと、元カノの家族が病室の前で泣いていた。

促されて中に入ると、そこには既に動かない元カノの寝顔があった。

一晩おいたカレーはおいしい、と主張する元カノの笑顔が重なる。


 涙が出なかった。

ふらふらと病室から出て自販機に行き、ブラックのコーヒーを買う。

缶から漂う香りを感じながら、病室の方をぼんやりと眺める。


 涙が出ない。

元カノとの思い出が次から次へと浮かんできて、動きたくなくなる。


 時間が過ぎていく。



 夜が明ける。


 結局眠れなかった。

冷めたコーヒーと、一晩寝かせたカレー。

結局帰らなかった。


 だんだんと明るくなっていく外に出て、朝日の光を浴びる。

眩しさに浮かぶ涙を拭いつつ、病室の窓を眺めていた。

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