第8話 衝撃的なことが多すぎて困惑中

 翌日、冒険者ギルドから、ダライアス宛に連絡があった。


「流石、貧乏国。仕事が早いな」


 ザラタンの解体が終わり、素材の売出しが始まった旨が書かれた手紙を受け取り、浩之はほくそ笑む。

 その旨を報告するべく父である国王の元へ向かえば、その隣には母である王妃もいた。


「そうか。随分と高値が付きそうだな」

「はい。滅多にお目にかかれない魔物ですからね」


 満足そうに頷いた父王の声は明るい。

 お互いにほくほく顔で書類を眺めていると、侍従が謁見の申し込みがあると、国王に告げた。


「ああ、神官長か?」

「はい」


 事前に連絡があったのだろう、侍従は腰を折り、返事をする。

 とそこへ、ダライアスの妹であるアラーナがやって来た。


「お父様、お呼びでしょうか?」

「ああ、神官長が私たちに話があるそうなのだ。ダライアスも報告でちょうど来てくれたしな。早速、話を聞こうか」


 侍従に連れられ、執務室に入ってきた神官長は、恭しく頭を垂れる。


「セルツベリー侯爵家の件、ご苦労であった」

「いえ」


 貧乏国故に、誰もが忙しく仕事をこなす上役は、余計なことを省くべく、国王への口上を述べることはない。それを許している国王は、労いの言葉に続き、確認を取る。


「して、どれほど絞り取れたのだ?」

「ほぼ、全ての財産を取れたかと」

「よくやった!」


 神殿に多額の寄付をしていたセルツベリー侯爵家は、その実、神官長に『脅されていた』。禁術の使用に加え、奴隷の購入など、法律違反をしている侯爵家に国家反逆罪で国に突き出すと神官長に脅され、財産のほぼ全てを差し出していた。

 他にも確実に極刑まで追い詰めるために、他国への亡命という逃げ道を用意する工作などを仕掛け、セルマの召喚魔法への口添えまでもしていたのだ。


 凡そ聖職者のやることではない所業に、流石の浩之も驚いたが、悪事に手を染め、人命を軽くみていた侯爵家など、この国には必要ない。そしてその財産も良からぬ国に金が流れることを阻止するためにも寄付という形で搾取できるのならばと、国王が黙認したことには納得した。

 そんなところに金を流すくらいなら、自国で活用してやるから寄越せという気持ちはよく分かる。それくらい、この国は貧乏なのだ。


「それで、今日は何用だ?」

「はい。聖女様より、伝言です」

「ほう。予言か?」

「はい」


 王族を前に、にこりともしない神官長は、どこか壊れてしまっているように、浩之には感じられた。

 十年前に娘を失ってから笑わなくなったと、誰もが口を揃えて言う。それほどまでに、心に深い傷を負ってしまったのだろうと、浩之は同情する。


「内容は?」

「黒龍が襲来するそうです」

「そうか」

「それにあたり、この国全体に結界を張るのと、隣国にも結界を張る準備が必要だと仰っています」

「隣国に結界?」

「はい。黒龍は東側の隣国イージリアスを襲うようです。この国だけでなく、隣国にも結界を張らなければ、十年前の二の舞いです」

「この国の結界は聖女が張るとして、イージリアス国の結界は誰が張るのだ?」

「イージリアス国の王子だと聞いています」


 静かに告げた神官長の言葉に、その場の全員が息を呑む。


「確かまだ十二歳だったな。病気で寝込んでいると聞いていたが、結界を張れるほど回復したのか?」


 国王が訝しげに質問をした。


「いえ、命を使って結界を張るそうです」


 一瞬、何を言われてか分からなかった面々は、次いで口々に言葉を発した。


「どういうことだ!」

「何ですの命を使うって!」

「そんなこと!」


 だが浩之だけは口を閉ざし、怒りに震えていた。

 一月前、セルマとイヴと話した際に、イヴが結界について他国との話し合いで解決していると言っていたことを思い出し、これだったのかと戦慄する。

 

 やっていることはセルツベリー侯爵と同じじゃないかと思いつつ、確実にイージリアス国の王子を葬るつもりなのかと、怒りが沸いた。

 そうなれば、マーリーン姫はイージリアス国の女王陛下にならなければいけなくなる。『ダライアス』との婚姻など出来るはずもなく、婚約者候補のイヴが確実にこの国の王妃となる未来が待っている。


 それは偽ヒロインの願いが叶うということだ。

 たくさんの命の犠牲にして得られた偽ヒロインによるハッピーエンド。余りの胸糞の悪さに、浩之は吐きそうになった。


 だが浩之は冷静になれと自分に言い聞かせる。仮説ではあるが、王子を救う方法は分かっているのだ。

 黒龍を被害の出ない安全な場所で狩ればいいだけの話だ。もし王子の病の原因が黒龍の呪いでなかったとしても、結界を張るために命を差し出す必要はなくなる。


「そのことについては、俺……失礼、私に考えがあります」


 未だ憤怒している家族に、浩之が怒りを抑えた声で制した。


「考え?」


 全員の目が浩之に向かう。国王の問いかけに、浩之は頷いた。


「はい。私に任せて頂きたい」

「それは王子の命が助かるという意味でいいのか?」

「……それは……」


 すぐに理由を述べようとしたが、神官長の存在に気づき、躊躇った。このことを偽ヒロインに話されては厄介だと、保留にする。


「後ほど詳しくお話します」

「……分かった」


 チラリと浩之が神官長の方に目を向けたのを見逃さず、国王はすぐに引き下がる。


「では、隣国の結界についてはダライアス殿下にお任せいたします」


 その言葉にホッとしたのも束の間、神官長は無表情で爆弾を投下した。


「自国の結界については、聖女様とダライアス殿下との『夜伽』により発動するそうです」


 全員がその言葉で呆けてしまう。

 そして浩之は『夜伽』って何だっけ?と思った瞬間、意味が分かり、飛び上がった。


「はあ?! 何で!」

「理由は存じませんが、発動条件が夜伽のようです」


 「嘘だろ」という呟きと共に、ここが乙女ゲームの世界だと思い出し、浩之は項垂れた。


「うげー、まさかの成人向けゲームだったのかよ」


 この場にその発言を理解する者はいなかったが、浩之の前世の記憶を共有していた『ダライアス』は別だ。浩之が成人向けゲームの内容を頭に思い浮かべたのも良くなかった。

 その光景は上半身裸でベッドに横たわる自身の姿で。そのあられもない姿が、『そういう娯楽』を目的としてゲームをしている人々の目に晒されたのかと思うと、羞恥などという生易しい感情だけでは足りず、いっそ気絶してしまいそうだと『ダライアス』は思った。


「ああ、だからあんなにベタベタ身体に触ってたのか。最初から筋肉ムキムキだって知ってたから……」


 その浩之の呟きに、とうとう『ダライアス』が衝撃の余り、意識を手放した。それを感じ取った浩之は、『ああ、ダライアスってちょっと潔癖なところがあるんだっけ』と、同情する。


 ここで神官長の言葉で呆気に取られていた国王が立ち直った。と同時に、狼狽する。


「そ、そのすまない、神官長。そのだな……。ダライアスは今まで執務に追われていてな……。その、だからな……そういう教育はまだ受けていないのだ」


 しどろもどろで言う国王に、その場の全員が居た堪れなくなる。

 早い話が、閨教育が出来ていないと言いたいのだろうが、ダライアスの名誉のため、一生懸命に言葉を濁しているその姿に、浩之は悲しくなった。救いは『ダライアス』の意識が既にないことだろう。


「そういう教育、と申しますと……」

「だからな! 少し待ってほしんだ!」


 神官長がその言葉を言う前に被せて来た国王は、かなり必死だった。


「そういうものは、いざ本番になれば何とかなるものですよ」

「いやいや、こういうのはな、結構大事なことなんだぞ! 最初は緊張して、使い物にならなくなったりしてな、そうなると、後々尾を引く」

「はあ、まあ、そういうこともあるかもしれませんが」


 思わずその国王の必死さに、浩之は『体験談か?』と突っ込みそうになった。


「それにな、相手に怪我を負わせてしまう危険性もある。ダライアスは怪力だからな。ちゃんと理性を保っていないと、怪我では済まされないんだ」

「……確かに、それはそうですね」


 ここで浩之は『ダライアス』が魔族の血を引いているということを思い出す。そして神官長が納得したのを見て、彼もまた知っているのだろうと確信した。それとは対照的に、王妃と妹は首を傾げている。家族なのに知らされていないのかと、浩之は何故なのか後で国王に聞いてみようと、心にメモをした。


「取り敢えず、我が国の結界についても保留ということですね」

「ああ、そうしてくれ」


 ホッと息を吐き出した国王に、神官長が念を押す。


「ですがあまり時間はありませんので、お早めに。ダライアス殿下もそのおつもりでいてください」

「ああ、分かった」


 全力でお断りしたいと心の中で想いながら、浩之は面倒を起こさないために、了承の意を口にした。

 モヤモヤとした嫌悪の感情が渦巻く中、退出していく神官長を見遣り、息を吐き出す。


「ダライアス、大丈夫か?」


 国王の言葉には、何故か憐憫の情が込められている。そして王妃と妹も、残念な子を見る目になっていた。

 いやいや、閨教育を受けてないからって、そこまで憐れまなくてもと、浩之は憤慨する。

 そのせいか、少々自暴自棄のように投げやりな言葉を発した。


「父上、取り敢えず黒龍を狩ってきます」

「ん? そうか。気をつけてな」


 ちょっと散歩に行ってきます的なノリでそう告げたダライアスに、国王も行ってらーくらいの軽い感じで返事をした。

 だが、王妃と妹は驚愕に目を見開き、止めようとする。


「な、何を言っているのです! そんな遠征に出かけるだけのお金、ありませんよ!」

「そうよ、お兄様! 軍を動かすとなると、また借金がかさんでしまうわ!」


 怪我や命の心配よりも金の心配をする二人に、浩之はとても悲しくなった。いまだ意識が戻らない『ダライアス』が聞いていないことに感謝するくらいに。


「大丈夫ですよ。すぐ終わらせて戻って来ますので」


 そう言って、浩之は転移魔法でその場を後にした。



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