第3話「兎と少年の邂逅」

 

 そして、2日後。

 俺があの少年、ハノンとめでたく契約する事になる運命の日である。

 時刻は朝。日が昇ってから鐘が二回なってるから、6の刻くらいだろうか?


「さて少年、君を改めて呼んだのは他でもない。今後の方針について話しておきたかったからだ」


「は、はいっ」


 いつものギルドマスターの執務室にて、アルバートとハノンが向かい合って話している。

 アルバートの眼光にびびっているのだろう。ハノンは全身をこわばらせ、視線を泳がせていた。

 なんとも気弱を全面に押し出した態度だ。俺があのくらいの歳にゃあ、既に剣と盾持ってグリーンキャタピラーを追いかけ回していたんだがな……まぁ、これも時代かね?


 そもそもなぜあの日、あの場にハノンがいたのだろうか? アルバートは、スラムの手前で拾わざるをえなかったと話していた。

 アルバートが、仕事としてスラムの視察を終えてギルドに帰る途中のことだ。いきなりハノンがアルバートに抱きついてきて、保護して欲しいと泣きついたらしい。

 アルバートはその時、数枚の硬貨を握らせて返そうとしたらしいのだが……同伴していた女性冒険者が「隠し子ですか!?」と叫んだもんでさぁ大変。

 周辺がざわつき始め、視線が突き刺さりまくる中、アルバートはそいつに拳骨を落としてやむなくギルドに連れて帰ったとの事であった。


 俺が死ぬ思いしてた(実際死んだ)時に、なんて面白いことしてやがんだこいつら。

 その場に居合わせる事が出来なかったのが本気で悔やまれる。爆笑してやったのに。

 あ、ちなみに俺は、アルバートの執務机の下で2人の様子を観察中だ。機を見て呼ぶらしい。


「少年。この2日間で君の体を少し調べさせてもらったが……体内に魔力反応が見られた。つまり君は、ギルドとしては貴重な魔力持ちということになる。これを名目に、君をギルドで囲う事にする。異論はあるかね?」


「い、いえ、そんな! 保護してもらうのに異論なんてっ」


「よろしい、ならばその方向で話しを進めよう。……そして、もう一つの懸念についても聞いておこう。君はこの2日で、誰かにあの事・・・を話したりしたかね?」


「は、話してません……!」


 あの事ってのは、当然俺に関することだわな。

 あえて聞く辺りが厭らしい。部下に監視させていただろうに。

 まぁ、ハノンもそんな予感はしてたんだろうな。2日間おとなしいもんだったみたいだ。


「よろしい、君を信用して正解だった。……しかし我々としては、その沈黙がいつまで続くかは疑問であると言わざるをえない」


「ぼ、僕、誰にも言いませんよ?」


「君が言わないと決意を秘めていても、世の大人たちはその口を割る手段なら多く所有している。ヴォルフガングの失踪を嗅ぎつかれたら、いずれその場にいた君に手が回ってくるやもしれん」


「そ、そんな……」


「こればかりはな。君が知ってしまった秘密は、それほどまでに大きいものだ」


 恐怖で涙目になるハノン。その姿を見ると、人はおそらく庇護欲か嗜虐心のどちらかを刺激されるんだろう。

 ハノンの恐怖を煽るだけ煽ったアルバートの眼鏡が、ここできらりと光る。


「だが、ある契約を結んでくれれば、そんな君に護衛を付ける事ができる」


「っ……ほ、本当ですか!?」


「あぁ、本当だとも……この書類にサインしてもらえればね」


 安堵させたのちにまた不安にさせ、手に入れた安心を手放せないようにしてから本題をぶつける話術。

 詐欺師だ! 詐欺師の手口だ!


「……従魔師テイマー、資格証?」


「素晴らしいな。文字が読めるのか」


「は、はい……あの、これ……」


「うむ、君のボディーガードとして、モンスターと契約してもらいたい。非常に頼りがいのある魔物でね、私も一目置く存在だ」


「そ、そうなんですか……あの、でもたしか従魔師って、冒険者の……」


「うむ、そうだな」


 ここでようやく、アルバートがハノンに微笑んでみせた。

 その笑顔に何を見出すかはハノン次第だが……俺には人を騙すキツネの顔にしか見えねぇな。


「結論から言おう。君には今後、冒険者として活動してもらいたい」


「……え、えぇぇぇぇ!? あの、ここで雇ってもらえるんじゃ……!」


「残念ながら、人件費の関係上これ以上職員は増やせない。言っただろう? 余裕が無いんだ。特に、ヴォルフガングが死んだ今はな。……冒険者なら、1人空きが出来たところだ。丁度いい」


「いや、でも、その、ヴォルフガングさん? っていう人、蘇生してもらえるんじゃ……!?」


 うん? こいつ、町の外から来た人間か。

 まぁ、そうだろうとは思ってたけどな。自慢じゃねぇが、ここで俺の名前を知らない奴はそういねぇし。


「ふむ……君には話しておかねばならないな」


 アルバートは、まるで今思い立ったかのように話題を切り出してくる。本当は、ハノンの方から俺の蘇生についての話題が出るのを待っていたんだろうに。

 奴はおもむろに立ち上がると、執務机まで歩き……俺を抱き上げた。

 そのままゆっくりとハノンの所に戻り、俺を机の上に座らせる。


「少年よ、これを見たまえ」


「…………?」


「……フスッ」


 俺とハノンの目が合う。

 困惑にまみれた視線が俺に纏わりつくが、そんな顔されても俺にはどうにもしてやれないわけで。


「これが、今のヴォルフガングだ」


「……はい?」


「だから、彼がヴォルフガングなんだ。だから蘇生はできない」


「…………んぅ?」


 ハノンはきょとんとした顔で小首をかしげる。なんとも様になっている姿だ。

 この小動物的な姿をみて、コロッと落ちる婦女子も多そうだな。


「ふむ、仕方ないな。今から全てを教えてやろう。何故彼がこのような姿になったのかをな……」


 アルバートは、更に深い所まで少年を引きずり込むために語りだす。

 見事にズルい大人の策略に飲まれ、少年はそれを聞いてしまうのであった。

 あぁ、人生ってままならねぇよなぁ、坊主……同情するぜ。





     ◆  ◆  ◆





「ど、どれだけ特大の貧乏くじを引いたらそんな事になるんですかぁ!?」


「だろう。私もそう思う」


「……フスッ」


 まさか一般市民の少年にまで一言一句同じツッコミを入れられるとは思わなかったよ。

 いや、こんな話し聞いたら、どんな奴でも同じツッコミいれるのか?


「故に、だ。このヴォルフガングが元に戻るまでの間、我がギルドには一切の余裕がない」


「そ、それはわかりましたけどその! ぼ、僕、冒険者なんて……!」


「出来ない事はない。冒険者として登録するには、なんらかの技能が必須になる。君はこれから魔物と契約を結び、従魔師テイマーの技能を手に入れるから、登録は可能だ」


 アルバートは、淡々と続ける。


「君にはボディーガードが必要であり、それには契約が一番だ。その契約獣は角兎だが、中身は金貨級の冒険者として名高い剛健のヴォルフガングその人。これほどに心強く、冒険者のノウハウを教えられる師匠は中々いないぞ?」


「で、ですから! 冒険者なんて危ない仕事はですね……!」


「ちなみに、だが……ヴォルフガングの秘密を全て知っている君を野放しにするほど、私は愚かではない」


「!?」


 ここでようやく、ハノンはアルバートの思惑に気付いたのだろう。

 しかし、もう手遅れだな……。


「もし君がここから逃げ出す、というのであれば……私もまた、私の持てる権限全てを用いて君を追い詰めよう。秘密を洩らされたくないからね」


「だ、誰にも言いません、から……」


「言っただろう? 君の口を割る手段などいくらでもある……だから、我々が君を守る・・・・・・・と言っているんだ。そして、君を一人前に強くしてやろう。よかったじゃないか……もう震えて逃げ回る心配はないんだ」


 口元は笑みを浮かべているが、その目はまるで獲物に近づく麻痺蜘蛛のように一切の感情を感じさせない。

 ハノンは、頭の中でグルグルと言い訳を考えているようだが、その螺旋らせんを描く目を見ればどうにもなってないのが目に見えている。

 つまり、次の一言は……


「……わ、わかり、ました……」


 知恵熱。後の、降伏。


「ぼ、冒険者として、働きます、から……許して、ください……」


「歓迎しよう。よろしく頼む、ハノン少年」


 宣言と同時に、長耳は少年の手を取って握りしめていた。

 その時のアルバートの笑顔を、ハノンは生涯忘れないだろう。

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