第30話 ある駆け出し探索者の話 ①
俺の名前はアレス。
村の近くにダンジョンが突然出来てから、一端の探索者を目指してこのメルクォディア大迷宮に潜っているんだけど、新しい階層にも挑めず、ギリギリ食っていけるくらいの収入にもならない。だから、こうして農閑期にだけ潜っているような有様だ。
最初のころは良かった。
いっしょに探索する仲間も簡単に見つけられたし、余所の土地から来た探索者から教わることも多かった。
でも、そんな探索者たちも、一人減り、二人減り。最近はもうすっかり誰もいなくなっちまって、ちゃんとした前衛のいない俺たちは第2層にすら潜れずにいる。
今日も、朝から一層でスライム狩りだ。
「せめて魔石が出ればなぁ。1階に出る魔物はスライムだけだし……」
「そんなこと言ってもしかたないでしょ? 私たちは、魔法の契約ができたからまだいいほうなのよ? 純戦士だけだとスライム相手でもそれなりに苦戦するんだから」
「でもよぉ」
小うるさいのは俺の幼馴染みのティナだ。
でも、ティナの言う通り、スライムは火魔法が使えないと倒せない。
剣や棍棒でも倒せなくはないらしいけど、戦士の加護を持たない俺やティナの力じゃ無理だ。そもそも、ろくな武器がない。
鉄の剣や槍なんて、3ヶ月の生活費を出しても中古が買えるかどうかというところ。
「先輩たちがいた頃に、頼み込んで中古を譲って貰っとけばよかったんだよなぁ」
「今さらそんなこと言っても仕方ないでしょ!」
昔は、俺たちみたいな駆け出しもたくさんいた。
俺とティナが潜り始めたのは、11歳のころで、あっちこっちの村から仕事のない3男坊とか3女とかが、一攫千金を夢見てこのダンジョンに集まっていたらしい。
みんなお金なんかないから、武器なんてそのへんで拾ってきた木の棒とか、マシな奴でもナイフくらいのもの。今にして思えば無謀なんだけど、ダンジョンに夢を見ていたんだな。
ここのダンジョンは、管理局というのが入っていないとかで、運が良ければかなり稼げるはずだって先輩たちは言ってたっけ。
でも、現実は違った。
優しかった先輩たちも魔物にやられ、罠にひっかかり、ひとりふたりと数を減らしていった。
俺たちと歳の近い駆け出しの奴らも、無謀な探索で全滅したり、腕や脚を失って村に戻ったりした。
俺とティナが今でもやれているのは、運が良かったからだ。俺もティナも後衛で火魔法が使えたから、1層で安全に狩りができた。でも2層には向かないから、基本的に1層専門。
当時、いろいろ教えてくれた先輩が、強くなるまではひたすら魔物を狩って修行したほうがいいと教えてくれて、俺たちはそれを守り続けていたのだ。
さすがに3年も続けているから、俺もティナも迷宮順化が進んで、強くなっていると思う。
使える魔法も増えている……はずだけど、お布施が払えないから、自分がどの位階に到達してるのかは、まだよくわからない。
何度か成長痛はあったから、強くなっているのは間違いないと思うんだけど……。
「アレス! あそこにスライムいるよ!」
「お、よっしゃ。『火よ! 我が呼び声に応え、槍となれ!』」
力ある言葉により、炎の槍が飛び出しスライムを蒸発させる。
1層ははっきり言って楽勝だ。
炎の槍は等級で言うと2つ目の攻撃魔法だし、小火球とは比べものにならない威力を誇る。
「ふぇぇ、アレス。すごいわね。また少し魔法の威力上がったんじゃない?」
「炎の槍にも慣れてきたからな。これなら、2階層に行ってもなんとかなるんじゃないか?」
「前衛なしじゃ、魔物が3体出てきたらそこで終わりだけど? それでも行く?」
「ごめん。やっぱなしで」
結局、魔法使い2人じゃどうにもならないのだ。
このダンジョンは1階層にスライムしかでないことで、なんとか稼げているというだけで。
「ねえ、アレス……やっぱ他のダンジョンに行く? 私たち悪くない線いっていると思うんだよ」
「そりゃ俺だって、いつまでもスライム狩りだけしてても……とは思うけどさ、魔法使いを2人も仲間に入れてくれるパーティーなんてあるのか? それに……ここなら家から通えるからなんとかなってるけど、他のダンジョンに行ったら住むところも見つけなきゃだし、家賃だって掛かるんだぞ? それに食べ物だって高いらしいし……」
「でも、ずっとここにいてもさ……」
これからの暮らしのことを考えたら、どこかで決断しなきゃならない。
2層に降りるか、それとも迷宮街でちゃんとパーティーを組むか。
家が忙しい時には、畑を手伝ってるけど、それだけで家に置いてもらうわけにはいかない。
「せめて、前衛がいればね……。アレス、今からでも前衛やってみる?」
「おっ、おれ!? 戦士の加護もないのに無理だって……。なにより、装備を買う金がないよ」
「だよねぇ。アレス……やっぱ、迷宮街行こうよ。2人で2層はどのみち無理なんだし、それしかないもん。私だって……将来のこととか考えると、このままじゃダメだって思うし。2人で頑張れば、きっとなんとかなるって思うし。ね?」
思い詰めたようなティナの顔。
俺だって、このままじゃダメだってことくらいわかっている。
でも、迷宮街で俺たちみたいな駆け出しに毛が生えたようなのが通用するのか不安もあるのだ。
悪い探索者に騙されて囮にされて死ぬ駆け出しも多いって、前に先輩探索者から聞いたこともある。
ただ、ちゃんと管理されたダンジョンはここみたいに不案内ではないらしい。蘇生まで行える寺院があったり、武器防具が安く売られていたり、ギルドもちゃんと仕事をしていて、戻って来ない探索者が居れば、捜索隊が組まれることすらあるという話だ。
はっきり言って、ここ――メルクォディア大迷宮は終わったダンジョンだ。
散発的に新しい探索者希望がやってくることはあるけれど、みんな1層でスライムに食われるか、2層に潜って帰ってこないかのどちらか。
俺たちだって、ここに居続ければいずれそうなる運命なのかもしれない。
「……親に話してみるか。うちはむしろ喜ぶと思うけど」
「私も話してみる」
俺もティナも、いつまでも実家にはいられない。
いつかは決断しなくてはならないこと。それが今日だった。それだけのことだ。
このダンジョンが出来た頃は夢を見ることができた。
強くなって、稼いで、うまいもんを食って、家だって建てられる。そんな夢を。
でも現実は、探索者なんて自分たちを含めてもう1~2組しかいないダンジョンで、その日暮らしにも事欠く収入のために、潜り続けるだけの毎日だ。
将来の不安を吹き飛ばすように、ティナが景気よく魔法を使い、スライムを蒸発させた。
午前中からダンジョンに入り、全部で10匹くらいスライムを倒しただろうか。
そろそろ魔力も限界に近い。
「今日はそろそろ上がるか。魔石は出なかったけど、スライムジェムが2つ出たし、飯代くらいにはなるだろ」
「あ~、なんで探索者ってこんな稼げないんだろ……? そりゃ、みんなやめちゃうよね」
「ちゃんとパーティー組んで6層まで行ければ稼げるらしいけどな。ここでも」
「それ言ってたフィオナさんだって死んじゃったじゃん」
「そうなんだよな……」
フィオナさんは、俺たちにも良くしてくれていた1つ上の探索者で、魔法戦士の適性があり、俺たちにとっては憧れの人だったが、少し前に宝箱のトラップに引っかかり帰らぬ人となった。
このダンジョンでは唯一まともに稼働していたパーティーだっただけに、その衝撃は大きく、実際宿屋のオバさんも、雑貨屋のオジさんも、もう店を畳むと言い出したのはそのころだ。
今じゃ、ダンジョン前の商店で残ってるのは偏屈な鍛冶屋の爺さんだけだ。
第一層ではスライムが突然飛び出してくることがあるため、帰り道でもちゃんと索敵が必要。
出会い頭でスライムに取り付かれて窒息死した探索者なんて、何度も見た。
「今日はスライムあんまりいないけど、誰か他に探索者がいたのかな?」
「俺たち以外に1層で狩りしてる奴なんていないだろ?」
「でも……なんかいつもと違わない?」
ティナの言葉に、背中が冷たくなる。
ダンジョンではその異変に鈍感な奴から死んでいくって先輩探索者もよく言っていた。
「……どうする……?」
「どうもこうも、今日はけっこう奥まで来ちゃってるし、いつも通りに出るしか――」
その時だった。
遠く、ウォオンという地響きめいた獣の鳴き声が耳朶を打った。
散発的にドン、ドンと何かが弾けるような音。
「な、なんだ……?」
「も、もしかして迷宮崩壊ってやつなんじゃ……? 探索者がいないダンジョンは、魔物が下層から外に溢れ出すって」
「でも、ここは生まれてそんなに経ってないから、まだまだ大丈夫だって――」
口論している間にも、音はこちらに近付いてきていた。
複数の魔物の足音が確かに、こちらに――
「……あ」
その吐息めいた言葉を発したのは俺か、それともティナだったのか。
通路を曲がって現れたのは、4足歩行の巨大な犬のような魔物だった。
それに続いて、猫のような姿の魔獣。さらに、その後ろには、大蜥蜴――いや、あれは伝説で聞くドラゴンという魔物だろう。
(終わった――)
隣でドサッという音。ティナが腰を抜かして地面に尻餅をついている。
魔法は……無理をすればあと2発ぐらいなんとかなるだろうか。ティナの援護は期待できない。
逃げるのも無理だ。
それを考えている間にも、3匹の魔物は気楽な様子でこちらへと向かってきた。
デカい。到底、人間が敵うサイズじゃない。
下層にはこんな魔物がいるのか。こんなことなら、さっさと迷宮街に行けば良かった。
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