第13話 【SIDEハウリー】同じ存在

「……ミシェラは出来れば私の団に入ってもらいたいと思っている。協力してくれ」


 何気ない口調で告げられた言葉に、シュシュはカッとしてハウリーに詰め寄った。


「あの子は、魔術について全く学んだことがないんですよ! 今更、魔術師団の仕事についていけるはずがないです。それに、スカイラ師団長が自ら教えたいだなんて!」


 シュシュにとって、ハウリーはずっと雲の上の人だった。

 師団長の中でも、実力は飛びぬけていた。


 魔術を使うと圧倒的で、化け物だなんてささやかれることもあったが、それも当然な気がするほどだ。


 それなのに、驕る事もなく誰に対しても優しく気さくだった。ハウリーをあからさまに憎んでいる人にでさえ、笑顔をなくさなかった。


 ハウリーが特別に誰かを可愛がることもなく、そういう意味でもハウリーは平等だった。


 シュシュも、そんな人と話せるだけで嬉しかった。

 それなのに、急に現れた子供を自ら教えて部下にしたいなんて事、咄嗟に受け入れられない。


 初めてみる特別扱いに、シュシュは動揺した。


「あの子供は……きっと、俺と同じだ」


 ハウリーが呟いた言葉が、シュシュには信じられなかった。

 あんな子供が、ハウリーと同じだなんて事があるのだろうか。


 ずっと生贄として育てられ、虐げられ慣れた子供。賞賛され、絶対的な地位を築いている師団長。


 何も共通点を見いだせないまま、シュシュは口を開いた。


「それでも。……周りは、納得しないと思います」

「納得しなくてもいい。だが、魔力が豊富なのは間違いない。回復だって出来ていた。きっと術式を教えれば出来ることは多い。回復にしても彼女に負担がない方法で、皆の役に立つこともできるはずだし、納得も得られる」

「私だって、回復には自信を持っています!」


 シュシュは努力してきた。

 ハウリーに憧れ、彼みたいにはなれないとわかってからも、どれか一つでも認められたくて。

 後方支援は、シュシュが選んだ道だった。


 それを、あの子供にやらせようなどと言うのか。

 感情のまま強い語気になったシュシュを見て、ハウリーはふっと笑った。


「もちろん、そうだ。シュシュが居てくれて助かった場面は数えきれない。誰だってわかっている。今も、これからも頼りにしている」

「……はい」


 ずるい。

 どんな風に言われたとしても、シュシュは笑顔ひとつで許してしまう。それどころか、一転して嬉しくなってしまった。


 なのに、ハウリーがつづけた言葉は、シュシュをずたずたに引き裂いた。


「……彼女を、ほおっておけないんだ」


 下を向いてかすかにはにかんだ彼の顔には、誰に対しても一定の距離を保っていた彼とは違っていた。

 ずっと見てきたシュシュにはそれがわかってしまった。


 シュシュは俯いて、ハウリーを視界から外した。


「……師団長の意見なら、従います」

「ありがとう。シュシュ」


 *****


 集会場に戻ると、心配そうなミシェラが部屋のドアの前で立っていた。団員のダギーが、ミシェラの事を守るようにそっと腕を回している。


 何をくっついているんだ、とハウリーは思わずじっと見てしまう。

 戻ってきた二人に気づいたダギーが指さすと、ミシェラが走って近づいてきた。


「危ない事はなかったですか?」


 眉を下げて心配そうな顔をしたミシェラの頭を、ぐりぐりと撫でる。


 ダギーがミシェラにくっついていたのが一番の危険だった気がした。

 しかし、強い心でそれは黙っておいて、代わりに質問する。


「特に問題は何もなかった。ミシェラ、君の部屋を見てきたが……何か持ってきて欲しいものはあるか?」

「あの部屋に私のものはないので、大丈夫です」


 ミシェラは今何も持っていない。という事は、ミシェラのものは何一つないという事だ。


 ハウリーはミシェラをぎゅっと抱きしめた。


 ミシェラの身体は薄く、小さく簡単にハウリーの腕の中に納まってしまう。

 戸惑ったように少し暴れていたが、しばらくしたら大人しくなった。


「離してあげてください。ミシェラちゃん苦しそうですよ」


 手を離すと、ミシェラは涙目でダギーさんと呟いて、彼の腕に掴まった。


 ハウリーとシュシュが部屋の確認に行っている間に随分なついたようだ。

 腕の中からなくなってしまった存在に、恨めしい気持ちで自分の部下を見た。


「えーざんねん……」

「怯えさせないでください!」


 シュシュに強めに怒られて、ハウリーは仕方なしにミシェラを伴い部屋に入る。


「ミシェラ。明日はちょっと忙しくなるかもしれない。今日はゆっくり寝てくれ」


 ミシェラは戸惑った顔のまま、頷いた。


 今はまだ、彼女はただ保護されただけと思っているはずだ。しかし、状況を伝えて混乱させても仕方がない。

 真っ白な髪の子供。きちんと育てなければ、大変なことになる可能性がある。


 だからだ。

 だから、自分が直接育てるのだ。


 変な言い訳だとわかってはいたが、自分の執着心に関してはそれで納得することにした。

 ハウリーの視線を感じたのか、ダギーはミシェラを隠すように彼女の背中に手をまわした。


「ミシェラちゃん、あっちに行って私とお菓子でも食べようかー」

「おかし、ですか?」


 なんですかそれ、と首を傾げるミシェラを見ながら、ハウリーはそっとため息をついた。

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