第7話 魔術師団長

「……あの」


 何かに思い当たったのか青くなった村長がおずおずと声をかけると、ハウリーは今しがた気が付いたように彼の事を見て、不快そうな顔になる。


「グリアード、君はもう下がってくれ。今後の事は、また話し合おうじゃないか」

「は……はい」


 返事をしたことによって、村長の名前がグリアードという事を初めて知った。

 村長が下がったのを確認した後、ハウリーはミシェラの方を見た。


「……ミシェラ」

「は、はい」


 急にまっすぐに見つめられて、ミシェラは上ずった返事をしてしまう。


「大丈夫だったか?」


 優し気に響くその声には親しみが込められている気がして、ミシェラは驚いた。

 ハウリーはミシェラのことを見て、眉を下げる。それは、ミシェラが親しく感じた彼だった。


 思わず先ほどのように話してしまいそうになるが、重要な客人だったことを思い出す。


「はい、大丈夫です。……ハウリー様。お飲み物の用意をしましょうか?」


 村長からは何も話すなと言われていたが、彼は下がってしまった。ミシェラがひとりで対応するしかない。


 森で会った時は偉い人だとは思わずに話してしまったけれど、師団長だと知った今は粗相をするわけにはいかないと力を入れる。


 失礼のないように姿勢を正し、礼をとった。


「そう硬くならなくていい。公式の場ではああしなければいけないが、今はもうそうじゃない」


 気遣うように微笑まれて、なぜか涙が出そうになる。

 ただ微笑まれただけなのに。


 普通の人ならきっと、何でもないことなのに。


 今までずっと一人で頑張ってきたのに、こんな事で崩れそうになるだなんて。

 自分の心の弱さに、ミシェラは悲しくなった。


「さらに言うなら飲み物も食事もたくさんある。消費するのが大変なぐらいに」


 そんなミシェラには気が付かず、おどけたようにハウリーが目の前のテーブルを指した。


 そこには、普段の食事風景を知らないミシェラでも、かなり手の込んだとわかる料理が並んでいる。


 下働きとしてこの集会所にも何度か来たが、珍しい果物やこの村ではかなり高級品とされる肉が今までに見ない程ふんだんに使われている。

 皿も高級品だ。

 最上級の歓待だといえるだろう。


 それでも、その前に座るハウリーたちの方が高貴だと思え、ミシェラはみすぼらしい自分を恥ずかしく思った。


「ハウリー様たちにご満足していただけるといいのですが」

「ミシェラ、君も一緒に食べよう」

「いえ、私は用件が終われば、すぐに下がらせていただきます。村長からもそう言い使っております」


 村長には何もしゃべらないように言われている。どこで見張られているかわからない。

 ハウリーと話したい気持ちはもちろんあるが、早めに戻らないといけないだろう。


 残念に思いながらそう言うと、急にハウリーの隣に居る女性が立ち上がった。


「そんな事いうものじゃないわ。子供はたいていお腹がすいているものよ。ね、ミシェラちゃん」


 立ち上がると、彼女が帯剣していたことがわかった。

 重そうなその剣を気にした素振りもなく、そのまま赤い髪をした女性はミシェラの隣に座った。


 年は二十代後半だろうか。近づくととてもいい匂いがする。

 肉感的な体型と長い髪がふわりと動き、とても美人だ。


 にこりと笑いかけられて、どきどきとしてしまう。


「ありがとうございます……!」

「ほらほら、これなんて美味しいわよ」


 指差しながらミシェラの肩を抱き寄せた女性は、みるみる顔を険しくした。


「なにこれ、細すぎるわ! ちゃんと食べて! お肉? お肉かしら」


 目の前にどんどんと料理を盛られ、ミシェラは目を瞬かせた。どうしていいかわからずに、目が泳いでしまう。


「シュシュ、落ち着け。ミシェラが戸惑っているだろう」

「そんな事言ったって、師団長!」

「……シュシュは、もうちょっと静かに。師団長もシュシュも、まだきちんとした自己紹介すらしてない事を忘れないように」

「本当だわ」

「私はちゃんと名前はもう伝えてはあるけどな」

「怪しい人には変わりがないですよ」

「そんな!」


 あはは、と和やかに三人が笑っている。

 さっきまでの冷たい空気が嘘みたいだ。弛緩した空気に、逆に戸惑ってしまう。


「確かに、良くなかったな。改めて、私はハウリー・スカイラ。国に属す第五魔術師団の師団長を務めている。ミシェラの隣に座っているのはシュシュ・ミカーノ。そしてこっちの不機嫌そうな男はダギー・ファイラだ。どちらも私の部下になる」

「よろしくね、ミシェラちゃん」

「不機嫌そうだとは心外だな。ミシェラ、私達は、君の事がとても気になっているんだ」


 三人に微笑まれるが、全く状況がわからない。

 ただ。


「魔術、師団……?」


 それが何を表すものかわからなくて、ミシェラは首を傾げた。


「そうだ。ミシェラ、君は魔力を持っているだろう?」


 確信を持った声でそう問われ、ミシェラは下を向いた。

 ハウリーの言葉にミシェラはさっと自分の髪の毛を隠すように握った。


 恥ずかしい。

 優しくされて、浮れていた。

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