第27話 固有術式


 僕は英雄に憧れていた。

 絵本に出て来る魔法使いの様に。

 僕もなりたかった。


 でも、なれなかったんだ。


 ずっと、僕の上には本物が立っていて。

 僕は所詮脇役で、彼等が魔王や邪龍と戦う傍ら、僕は人を殺していた。


 そんな僕が、英雄など烏滸がましい。


 けれど……

 そうならなければ家族を守れないのなら。

 13秒間だけ、その領域に踏み入る事を許して欲しい。



 固有術式。

 栄光夢想ウィッシュ・ブレイブ



 その効果は、魔力の超回復。

 魔力は自然を循環している。

 生物は、ごく自然に空気中の魔力を吸収して生存している。


 その循環効率を超加速させる。

 それが、この術式の効果。


 それは1秒間で僕の最大魔力の。



 ――20000%



 程を回復する計算になっている。


 効果時間は13秒間。

 それ以上の使用は魔力過多によって、僕は最悪死亡する。


 けれど、それだけ時間があれば十分だ。


「――行くよ」


 僕の身体が、あり得ない速度で移動する。

 さっきの宿儺の動きよりも断然に速い。


「何!?」


 拳を握り込み。

 大きく振りかぶって。

 その顔面を殴りつける。


「ぶぅぅぅぅうッ!」


 呻き声を上げ、宿儺の身体が後ろへ飛ぶ。


 だがまだ死んではいない。

 僕は直ぐに足へ魔力を集中させる。


 僕が使っているのは単純な身体強化。

 けれど、制御している魔力量は今までの比ではない。

 全身に行き渡らせた魔力を制御。


 硬化、加速、反射。


 全ての能力が、今までよりも超強化されている。


 身体を包む白銀の魔力。

 決して黄金には至れない凡人の魔力。

 それでも、磨き上げ、研ぎ澄ませれば。


 僕の矛は、英雄へ届く!


 静神流剣術第二秘剣。


「白亜」


 腕を薙いで発生した白い魔力。

 それは、飛翔する刃を為して飛来する。


「ぐぅぅ!」


 宿儺が吹き飛びながら、上半身の4つの武器を構え。

 その斬撃に対して宛がう。


「この程度!」


 4本の腕を同時に振り上げ、白い刃が弾かれた。


 けれど、そこまでの動きを遂げて、未だ……


『残り10秒』


 意識と身体が加速している。

 体感時間が怖ろしく長い。


 凄まじい万能感だ。


 固有術式の制御は全てミルが行っている。

 ならば僕が行うのは、戦闘に必要な術式制御だけでいい。


 そして今、僕は無限の魔力を扱える。


 どんな幻想だって引き起こせる。


 昔から憧れた。

 英雄の様な戦果。

 英雄の様な戦力。


 神話系召喚術式。


星剣の一撃ステラ・スラッシュ


 僕の手に、宇宙模様の直剣が現れる。

 それは、前世で勇者が担った聖剣の模造。

 僕が憧れた、最強の力。


「なんだ……その剣は……」


 その声が、スローに聞こえる。

 その声が言い終わる前に、僕の身体は既に地面を転がる宿儺に迫っている。


「なんなんだ……その速度は……

 なぜ、模倣できない……?」


 当然だ。

 人間の脳が有する程度の演算能力で、この固有術式が起動できるなら、ミルなんて最初から要らない。


 空気中の魔力を全て把握し、その動きを支配して、僕の身体に適合する様に変化させ続ける。


 そんな演算は、人間には不可能だ。

 だからこそ、ミルが必要だった。


 僕の魔力操作は、前世から人より多少優れていた。


 今世で更に磨いた同時操作可能な魔力量は、君のソレを大きく上回っている。


 この13秒間に限って言えば。



 ――僕は無敵だ。



「待て! 儂は!」


 その言葉を待たずして、僕は剣を振り下ろす。


 宿儺の両腕4本が、僕の剣を受けようと武器を構える。

 けれど星剣とは、魔力の全てを斬撃という性能に押し込めた物。


 宿儺の全ての腕を断ち。

 その胴を、上下真っ二つに斬り割いた。


 妖怪よ。

 ファンタジーの産物の威力。

 身をもって知れ。


 返す刃で首を断つ。

 上下半分になった程度で、お前が死んでるなんて思わない。

 首と胴が別れた程度で、死んでいるとも思えない。


『残り5秒』


 僕と君の差は、単純な物だ。

 魔力量という圧倒的な差が消えた今。

 残るのは魔力操作。

 つまり、魔力を操る速度の差。


「っ……」


 その瞳から涙が流れる。

 その理由を僕は知らない。

 予想する事しかできやしない。


 だって僕には時間が無い。

 貴方の悩みも願いも、知見を交わす事すらできやしない。


「火属性召喚術」


 それは、僕が初めて使った属性魔術。

 誰もが始めに憶える基本的な術。


 拳程度の炎を出して喜んでいた僕の隣で。

 後に勇者と呼ばれる少女は、家程の灼熱の塊を召喚して見せた。

 思えば、あれが最初の絶望だった。


 今なら、君に追いつけるだろうか。


「ファイアボール」


 指を天へ向ける。

 そこに顕現するは、極大の魔力を食わせた火属性の塊。


 そのサイズは、コロッセオを包める程。

 それを、奴へ向けて放つ。


「天理王瞰……」


 模倣の術式を呟き、僕のファイアボールをコピーする。

 けれど現れたそれは、僕の物に比べれば3分の1程度のサイズしかない。


 一度に操れる魔力量の差。

 それは、魔術の威力の差だ。


「こんな事が……」


 宿儺がそう呟く。

 僕はその表情を知っている。



 それは、あの時の僕の絶望と全く同じ感情だ。



「さようなら。

 貴方の術式は確かに僕を唸らせた」


 宿儺にだけ聴こえるような小さな声で、僕は最後の言葉を告げる。


「この世界の魔術師でありながら、少なくとも一つ以上の分野で異世界の魔術師を越えた事、称賛する」


「お前は……一体……」


 その言葉を最後に、宿儺の身体は太陽に押し潰され、蒸発した。


『残り0秒。

 術式を強制解除』


 コロッセオの半分を抉り取って、僕の固有術式は終了する。


「うぇ……」


 パタリと自分の身体が倒れた。


「魔力欠乏症か」


『はい。

 眩暈、吐き気、身体機能阻害、思考不明瞭、視界不良、聴覚不良。

 以上の症状を感知』


 指一本動かない。

 魔力も練れない。

 感知もできない。


 何もできない。


 これが、固有術式の代償か。

 いや、一時的にでも英雄の力を使ったんだ。

 この程度の反動は当然か。


「旦那、俺には何が起こったのか全く分かりやせんでしたよ」


 そう言って近づいて来る池崎。


「池崎さん……

 ちなみに今なら、僕を殺せるよ?」


 そう言って笑いかけてみると、池崎もふざけて返して来た。


「またまた、そんな事言って反撃手段の一つでもあるんでしょうが」


 そう言いながら、僕の身体を支えてくれた。

 肩を借りて僕は立ち上がり、スマホを操作していく。


 固有術式を発動したタイミングで、ミルの顕現は解除された。

 スマホの中へ戻ったミルへ命じる。


「ミル、この世界から人間を全て転送元へ追い出して。

 この世界は公開ネットから隔離する。

 それと、データ収集だけど」


『はい、この世界に関する全てのデータは既に保存しております』


「オーケーだ。

 それじゃあ、僕等も帰ろうか」


『了解しました。

 この世界に存在する全ての人間を、現実世界へ送還します』


 スマホの中から、ミルがこの世界を操作していく。

 何度も体感したあの転送の感覚がして。


「それじゃあ池崎さん、またね」


「えぇ、旦那。

 またいつか、会う事があれば」


 そんな言葉を交わして、僕等は現実へ戻った。




 ◆




 かなり広い畳の部屋。

 互いに黒い衣服の男女が、座布団に座って向かい合っている。


「それで忍。

 天羽修についての情報はこれだけですか?」


 まとめられた紙の資料を眺めながら、黒い和服に身を包んだ女がそう聞く。


 その相手は、黒いスーツの男だ。


「卓越した魔力操作。

 圧倒的な感知範囲。

 魔糸操々という汎用術式。

 そして、魔術に対する高い見識と日本のどの流派にも属さない独自の魔力運用。

 これだけ調べたんだ、報酬はちゃんと頂きますよ。

 土御門婦人?」


「分かっていますよ。

 それよりも、天羽修は魔糸操々以外の特殊な術式は使っていなかったのですね?」


 そう問われ、忍と呼ばれた者は一瞬考える。

 そして。


「えぇ、何も」


「あの男を殺すチャンスも無かったと……」


「ずっと警戒されてたんで」


 その返答に、女は短く漏らす。


「使えない……」


 その罵倒に、けれど男は何も返さない。


「報酬は振り込みました。

 もう行きなさい」


「それでは、毎度」


 そう言って、男の姿が和室から消失する。




 その姿は、屋敷の玄関先に停まった車の後部座席にあった


「ッチ、ムカつく女だぜ」


「どうされたのですか、ボス。

 まさか、踏み倒されたとか……」


 運転席に座る黒髪ボブの女。

 同じくスーツを着ている。

 まだ若く見えるその女が、鋭い視線をルームミラーを通して男へ向けた。


「金は貰ったから心配すんな」


「それならいいですが」


 そう言って車が動き始める。


「さてと、どうすっかなぁ……」


 独り言のように呟かれた言葉に、女は疑問の言葉を口にする。


「どういう意味です?」


「土御門家と篠乃宮セリカは、国内じゃほぼ同戦力だったんだ」


「個人が組織と戦えるというのも恐れ入る話しですけど。

 ていうか、陰陽師って案外弱いんですね」


「まぁ、セリカが化物なのは皆知ってる事。

 だが、陰陽師だって長年構築して来たシステムや人員がある。

 仕事量だけ見ればセリカより上だ」


「まぁ、国防の要の座は奪われましたけど」


「相変わらず毒舌だな結月ゆづき


「単なる事実ですよ。

 それで『どうすっか』というのは?」


「今回の調査なんだがよ」


「天羽修という男の調査ですよね」


「そいつ、セリカのとこの一味なんだよ」


「へぇ、2人しかいなかったのに。

 やっと3人目ですか。

 ていうか、そもそも少なすぎでしょ。

 それで陰陽師と仲も悪いとか結構頭悪い状況ですよね」


「まぁ、あいつ等は少数精鋭って奴だ。

 だがその中でも、新しく入ったそいつはやばかった」


「やばい……というと?」


「単体の性能でセリカに匹敵する」


 そう言った瞬間、ミラー越しに結月ゆづきと呼ばれた女の眼が開く。


「何言ってるんですか?」


「だよなぁ……

 俺等は先祖代々勝馬に乗って勝って来た。

 今は、セリカが勝っても陰陽師が勝ってもうまい汁据える様に調整してる訳なんだが……」


 男は……池崎と名乗っていた男は思い出す。

 あの世界を崩壊させた知性と手腕。

 そして、呪いの王を打倒した戦闘能力。


 何よりも、あの圧倒的な覇気。


「旦那……ちょっと規格外すぎるぜ……」


「ボスよりも強いと?」


「俺なんかじゃ相手にもならねぇよ」


 吐き捨てられたその言葉に、女の頬を冷や汗が流れた。


「セリカ、キキョウ、天羽の旦那。

 対して陰陽師6万人。

 どっちが勝つかねぇ……」


「どっちでもいいじゃないですか。

 私たちはどっちが勝っても大丈夫な様に。

 もしくは、その戦いの疲弊の隙に喉元へ食いつけるように準備しておくだけなんですから」


「ま、そりゃそうなんだがな。

 天羽の旦那はなんか……」


「……?」


「俺等と同じ匂いがすんだよな」


「同じ……匂い……?」


 そう、繰り返す様に疑問を洩らした。

 その瞬間。



 プルルルルルルルルル。



 池崎の携帯が鳴り始める。


「誰だよ全く……」


 非通知で鳴る電話。

 だが、非通知で掛けられる事など、家業的には日常茶飯事。

 特に気にする事も無く、電話に出た。


 すると、電話口の向こうから。


『やぁ、池崎さん』


 と、気さくな声が聞こえて来る。


「あ……天羽修……?」


 それは、数刻前まで共に居た少年の声だった。

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