第21話 電脳術式


 僕は今、気分がいい。

 何せ、僕と同じ事をしている人が居る。

 その事実を知れたからだ。


 この世界の魔術師は、科学が嫌いだ。


 才能を持つ者、選民にしか使えない魔術と違い、科学は誰でも公平に使用できる。

 それを、異能者は不遜だと思ってる。


 だから、科学を魔術に取り入れる何てことはしない。

 もし、そんな者が居れば侮蔑の対象だ。


 気が合うといいけど。


 そう考えながら、キーボードを叩く。

 セリカちゃんに貰ったサイト名を入力すると、そのサイトは見つかった。



『復讐代行致します』



 サイトのタイトル。

 一番目立つ場所にそんな内容が書かれていた。


 ページにあるのはメールフォームが一つ。

 そして、送るメールの内容についての規則が書かれていた。


 自分の本名住所を含めた個人情報。


 更に。


 復讐相手の。

 名前、住所、性別、生年月日、電話番号、髪の色、好きな色、身長、体重、……etc.


 そして罪。


 その全項目を埋めなければならない様だ。

 そして行方不明になったのは、このサイトに復讐対象として送信された人物であると。


 そういう事なのだろう。


 って事は、僕の情報を入力すればいいのか。


「キキョウさん、悪いけど今回は一人で行くよ」


「どうしてですか?」


「書き込んだ人間にも何か危害が加わる可能性があるから、一般人の名前は使えない。

 だからキキョウさんの名前で、僕の情報を入力して欲しい」


 そもそも、どうやって復讐相手の端末にサイトを出現させているのかも不明なのだ。


 その術式範囲は、日本中、もしくは世界中に及ぶ可能性すらある。

 そんな所に書いていい名前の知り合いは居ない。


「僕が帰って来るまで、ネットに繋がってる物には触れちゃだめだよ?」


「仕方ないですね。

 分かりました……」


 キキョウは物分かりが良くて助かる。

 セリカじゃきっとこうはいかない。


「罪の欄はどうしますか?」


「僕が埋めるよ」


 椅子に座って文字を入力していたキキョウの横から、キーボードに触れて情報を入力していく。


『殺人。強盗。洗脳。窃盗。拷問。暴行。詐欺。上記の教唆。自殺教唆。非人道的人体実験。強姦加担。情報操作。犯罪の隠蔽。児童虐待。種の根絶。大規模破壊兵器の製造加担』


 まぁ、これ位書いて置けばいいだろう。

 嘘は何も無い。


 そこにどんな事情があっても、やった事は事実だ。


「これ、本当の事なんですか?」


「引いたかい?」


 キキョウの顔を見ずに、そう聞く。


「もう、理由が無ければしないんですよね?」


「理由か……

 僕が僕の為にやるんだから、普通の犯罪者と動機に違いは無いよ」


「……普通の犯罪者とは何を重要視しているかが全然違うと思います」


「ありがとう。

 でも、そんなお世辞は要らないよ。

 僕は僕の事を善人だとは思ってない。

 でも、善人に負ける気もない。

 そういう普通の悪人さ」


 僕はそのままマウスを動かして、メール送信ボタンを押した。


「……はい」


 納得というよりは、同意だった。

 別に、君の事をどうこう言ったつもりはないけれど。


 きっと、君はまだそういう事を自分に当て嵌めて落ち込めるような、善性を持っているのだろう。


 なら、僕から言える事は何も無い。



「凄いな」


 スマホを見る。

 まだ、メールを送って5分程だ。

 なのに、僕のスマホにはそのページが表示されていた。



『貴方は参加者に選ばれました』

『このゲームをクリアした場合、貴方には魔法が与えられます』



 ソーシャルゲームの歌い文句にしても、もう少し良い物があるだろう。


 黒い画面に赤い文字というページデザイン。

 その文字は異質感を放っていた。


 文字の下にあるのは『参加』ボタンだけ。

 不参加も無ければ、ページバックも無い。

 再起動しても同じページが開くだけ。


 この端末をゴミにするか、参加を押すしか選択肢は無い訳だ。


「それじゃあ行ってくるよキキョウさん。

 一応、コンセントは全部抜いてるからこの部屋で何かが起きるとは思えないけど、もし画面に何かが表示されても絶対触らないでね」


「分かりました。

 ご武運を……」


「ありがとう」


 そう言って、僕はスマホの画面を押した。




 ◆




 巨大な顔が目の前にある。

 おかめ仮面を怪異的に変貌させた様な顔。

 恐怖を掻き立たせる為だけの様なデザインに思えた。


 その口が、開く。


『貴方のカルマポイントを測定します』


 黒い床と天井、赤い壁。

 部屋の広さは少し広めのトイレ程で、密閉感を感じた。


 僕は椅子に座らせられている。

 しかも、手足や首を完全に拘束されて。

 動けない。


 魔力は練れる。

 魔術は使える。

 脱出は容易。


 しかし、問題は何も情報が無い事だ。

 ここで脱出して、その後はどうする?

 目標も無く動き回っても警戒されるだけ。


 幸い、命の危機は感じないし。

 様子を見るか。


『問1 貴方は殺人を行いましたか?』


「あぁ、行った」


『問2 貴方は強盗を行いましたか?』


 そう言って、質問が続いていく。

 その内容に、僕は心当たりがある。

 キキョウに書いて貰った僕の罪状だ。


 それを、本当に行ったかと再度問うている。


 そして、大体理屈は分かった。

 僕の首に巻き付く拘束具。

 精神干渉系の虚言測定器。

 魔術的な嘘発見器である。


『全問解答終了。

 複数の国家の法律を元に総合的に判断し、貴方の刑期を測定します。

 その年数が、貴方のカルマポイントになります。

 貴方のカルマポイントは【999】です』


 外国だと、そういう寿命以上の刑期が課される事がある。


 実質的な無期懲役だが、減刑するような規則がある場合は、一応生きている内に出所できる人もいるらしい。


 でも、それにしても少し、いやかなり。


「少なすぎやしないかい?」


『これが、この測定で得られるカルマポイントの最高値になります』


「あぁ、なるほどね」


『第一ラウンドでは1000のカルマポイントを集めて頂きます。

 第二ラウンドでは1万ポイントを。

 第三ラウンドでは10万ポイントを。

 そして、第四ラウンドで100万のカルマポイントを集める事で、魔法を獲得した状態で外界へ戻る事が可能です』


 それが、この世界のルールという訳だ。


 この世界は、物理的な世界じゃない。

 僕の使うアイテムボックスの収納能力の様に『虚数領域』に対象を逆召喚する術式によって、僕はこの世界に閉じ込められている。


 この世界の名を、現代に存在する適切な言葉で表すのなら。


 電脳世界か。


 なんでもありだな。


「それで、カルマポイントを得る方法は?」


『他の参加者を殺害する事で、その参加者が保有しているカルマポイントを獲得する事ができます』


 なるほど、分かった。


 これは呪力だ。


 呪力を機械に管理させてるんだ。

 いや、そうなるよね。


 呪力運用のデメリットは精神汚染だ。

 しかし、機械には精神なんて存在しない。

 機械に呪力を管理させれば、実質デメリットは無いのだ。


 僕もちょうど同じ事を考えてた。


 ここを作った人とは、やっぱり気が合いそう。


「ここはサーバーという名前の蟲毒の壺って訳だね」


 蟲毒。

 小さな壺の中に大量の同種を入れて共食いさせ、最強の一匹を創り出す呪術儀式。

 これを、ここで再現しようとしているんだと思う。


 幾つかの国の法律を元に総合的に判断。

 なんて嘘っぱちをよく言った物だ。


 僕の精神プロテクトは完璧だよ。

 それを破っても無い癖に、嘘発見なんか機能してない。


 そもそも、犯罪の件数は入力もしていないし聞かれてもいない。

 それで刑期を割り出すなんて不可能だ。


 だったら、ただ呪力を測定しただけだろ。


 同時に、復讐代行なんて話も嘘。

 呪力を保有してそうな人間を集める為の方法として、適当だったからそうしてるだけ。


 この儀式の目的は、呪力を奪い合わせる事にある。


 犯罪者を集め。

 つまり呪力保有者を大量に集め。

 多くの呪力を一点集中させる。


 現代版、人間版の蟲毒。


「実に面白いな」


 この世界、この時代でなければ、実現不可能な儀式。


『それでは、第一ラウンドへ転送いたします』


 依頼目標、この世界の破壊と魔術の隠匿。

 そして、僕の目標はこの世界を構築している術式を手に入れる事。


 2つの目的を再度確認し、僕は巨大な顔へ頷いた。


「あぁ、準備はできてる」

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