[2] サカモトくん

「それは難しい話っすね」

 とサカモトくんは言った。

 1か月もペットショップに通っていれば知り合いもできる。スライムのコーナーを担当してるバイトの青年のサカモトくんがそれだった。

 スライムの水槽を眺めていたところ向こうから話しかけてきて、それきっかけに相談を持ちかけるまでになった。それだけの期間、買う踏ん切りがつかなかったとも言える。


 サカモトくんは学生でスライム飼育を専門に学んでいるということではないが、昔から飼ってるとのことでずいぶん詳しい。そういう人の話は本で読むよりわかりやすい、こともある。

 どの種類のスライムを買ったらいいのかわからないという私の話を聞いて、サカモトくんはちょっと考え込んでから口を開いた。


「スライムだから見た目は変幻自在で基準にならないっす。性格のあいそうな子がいいんじゃないっすかね」

 なるほど確かに一理ある話だ。考えることが半分ぐらいに減ってだいぶ気が楽になった。

「もちろん個体差はあるっすが、一般的なスライムの性格はざっくりわけて3つに分けられるっす」

 わかりやすくて助かる。最近ちょっと知識を追い求めすぎて迷子気味だったから。


「まず飛んだり跳ねたり元気な子っす。このタイプはちゃんとしつけらんないと手がつけられなくてまずいっす」

 積極的に反応返してくれるのはいいなあ。でもしつけがちゃんとできるかちょっと不安。

「次にわりと大人しめな子もいるっす。始めは距離とってる感じっすけど次第にうちとけて向こうからくっついてきてくれるっす」

 それもいいなあ。ただ仕事で時間とれなくて寂しくさせるかも――いやいやがんばって触れ合う時間作ればいいんだ。

「最後は気まぐれタイプっすね。要するに向こうの気分次第で行動してる、何考えてるかわかんないような子っす」

 うーん、甲乙つけがたい。別段こっちのことなんて気にしなくても楽しそうにしてるところ見るだけで癒されるもんな。


 それにしてもサカモトくんのセールストークは上手かった。なにしろその日やっとのことで俺はスライムを買って帰ったのだから。

 水槽もいっしょに買ったので結構な大荷物になってしまってタクシーを呼ぼうと考えていたところ、サカモトくんが配達ついでに軽トラで送ってくれることになった。ありがたい。

「今後ともうちの店をよろしっくす」

 うーん商売上手。


 帰宅。

 子供だったらまずスライムを出してみるところだが俺ももういい大人なのでそのあたりは落ち着いている。いやいい大人は突発的にスライムを買ってきたりしないか。まあそんなことはどうでもよろしい。

 水槽の置き場所を考える。横1mはないけど50cmはゆうにこえていて奥行もそれなりにある。1人暮らしのアパートの一室にどこでも置けるというような大きさではない。

 ざっくりリビングか寝室か。

 ちょっと考えてリビングにする。というか寝室は散らかっていて場所を作るにも少々片付ける必要があった。後々置き場所を変えるにしてもひとまずリビングでいいだろう。


 東側に開いた大きな窓のそばに水槽を置く。

 距離をとって眺めてみた。床に直置きというのは見た目がよくない。低い台かあるいはマットでも敷いた方がいいかもしれない。考えておこう。

 濡れたタオルで水槽を拭いていったら砂利を流し込む。それから隅っこに水飲み用のトレーを設置して完成。まったくいたって簡単である。


 さあいよいよだ。

 テーブルの上にそっとのせていた小さな包みを手にとる。包装をひとつひとつ丁寧に取り除く。

 サカモトくんによれば簡易的な水槽になっているから短い期間であればその箱に入れたままでもだいじょうぶなんだそうだ。といってもせいぜい2、3日が限度らしいが。

 青色の半透明のぷりんとしたゼリー状の物体が現れる。

 そいつと目があった、ような気がした。


 そもそも向こうには目がないのだからあうはずがない。

 がしかしスライムにはスライムなりの感覚器官があるわけで、それが確かにこちらの感覚器官と合致した。つまりはなんだ、お互いをお互いとして初めて認識したということだ。

 運命的なものを感じた、と言ってもいいかもしれない。

 いやさすがにそれは言いすぎか。自分の感覚を説明してるだけなのにひどくばかばかしくなってきた。

 とにかく何か通じ合うものがあったのは確かでそれ以上分け入って説明しようとすると神秘主義的なところに立ち入らなければならないような現象がその時発生した。


 手のひらにのせてやる。感触はやわらかくて少し冷たい。

 それは落ち着かないのか、肌の上でぶるりと身を震わせた。

 かわいい! そのまま手のひらにずっとのせていたくなったがぐっとこらえる。

 慎重な足取りで窓際まで移動すると、水槽の中に入れてやった。


 自分のいる場所を確かめるようにじんわりと広がっていく。しばらくそうしたのち、きゅっとその身を縮めると水飲み場に向かってちょこちょこと近づく。

 ぴよっと1本だけ透明な腕を伸ばすと水の中に入れる。その腕を伝ってごくごくと水を吸収していくのがわかった。余程喉が乾いていたのだろう。

 その様子を俺は寝転がって頬杖ついておっさんらしからぬ姿勢で眺めていた。とうとう我が家にスライムがやってきたのだ!

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