第2話

 生い茂った雑草を踏みしめながら、僕らは森のなかを歩いていた。

 あたりは木々に囲まれ、空高く長く伸びわかれた枝と葉っぱが陽射しをさえぎり、うす暗く、ひんやりとしている。風がふくたび、木々のざわめきがまるでひとつの獣のうなり声のようにあたりに響いてくる。いや、もしかしたら動物がいるのかもしれない。草と土の匂いにまじり、糞の臭い匂いも鼻についていた。

 僕らは、カクタスを先頭にして、そのうしろにクランと僕のふたりがならんで歩いていた。

「お母さんから頼まれた買い物はよかったの?」

 となりに問いかけると、すぐにこたえが返ってきた。

「大丈夫でしょ。すぐ戻るみたいだし」

 声にはまだ元気があった。足どりもしっかりしている。それに対し、僕は十分ほどしか歩いていないのに、もうすでに足に重さを感じはじめていた。ひたいには汗がにじみ、息づかいも荒くなっている。ふたりとくらべ体力がないのは自覚していたが、それでも情けない気持ちになった。

 会話を続けた。

「でもさ、危ないんじゃない。黒マントの男、剣を持ってるみたいだし」

「そのときはカクタスが守ってくれるでしょ。そのためにいるんだし」

 先頭で歩くカクタスは、手にもった木剣で枝や蔦をふり払いながら進んでいる。彼が、クランから信頼されていることに僕は嫉妬心をおぼえ、そして、そんな感情をもった自分を恥じた。

 三十分も歩くと、僕らの足どりは完全に重くなっていた。長い雑草のせいで歩きづらい地面と、急な傾斜の上り坂。そのふたつが三人の体力を容赦なく奪っていた。いつのまにか会話はとぎれ、クランのひたいにも汗がにじんできている。

 僕は大きく肩を上下させながら、前方に目をやった。

 疲れたのか、カクタスは木剣をふるのをやめ、ただ歩いている。枯れた葉を踏むくしゃという音と、三人の荒い息づかいが森のなかに響いていた。

 ねえ、もう帰らない。前かがみになった彼の背中に言葉をかけようとしたら、そのまえにその足がとまった。ちかくにある大きな木に身を隠し、こちらに顔を向けて手まねきしてくる。僕とクランは顔を見合わせ、彼のもとに集まった。

 彼女がたずねた。

「どうしたの」

「あれ」

 カクタスが人さし指で示したほうに目をやると、そこには陽光が差しこむ空間があった。

 ちょうどひらけた平坦な場所で、うす暗い森のなか、そこだけ透明な陽射しが降りそそいでいる。そのなかにひとつの小屋があった。

「なんだろ、あれ」僕はつぶやいた。

「黒マントの住み家かな」カクタスはいった。「それじゃあ、いってみようぜ」

「あぶないよ」

「ここまできてなにもせずに帰る気かよ」

「でも」

「いいじゃない」クランが口をはさんできた。「せっかくきたんだし、なかになにがあるのかのぞいてみましょうよ」

 ひたいに貼りついた前髪をかきあげるその顔には、にやりとした笑がうかんでいた。

「よし、いこうぜ。なるべく足音をたてないようにな」

 僕ら三人は中腰になり、ゆっくりとまわりこむように小屋にちかづいていった。

「見ろよ」

 入り口の扉付近まできたとき、カクタスが地面を指さした。踏み潰された枯れ葉にブーツの足跡が残っている。大きさから大人のものだ。やはり、ここにだれかいたのか。

「ねえ、ちょっと」

 立ち上がり、窓から室内をのぞいていたクランが手まねきをしてきた。僕らも立ち上がりそちらにいくと、四角形の扉が壊れた窓から見える室内には、不思議な光景がひろがっていた。

 まわりの木を切ってつくったのか、不格好な木製のテーブルと椅子が中央にあり、奥にはなにも置かれていない三段の棚。そして、床に転がっている細い円柱のもの。剣の柄だ。いくつもの柄があたり一面に転がっている。

 カクタスはつぶやいた。

「なんだよ、あれ」

「もしかして、きみのお店から買っていった剣かな?」

 彼はうなずいた。

「だろうな。見おぼえがある。まちがいなく親父がつくったやつ

だ」

「でも柄しかない。刃のほうはどこにいったんだろう」

「わからん」彼は首をふった。「ただ、なんだかいやな予感がする。剣ってのは簡単にはずれないようになってるんだ。それを一日もかからずこんなに分解できるやつなんて、絶対におかしい。これをやったやつはまともじゃない」

 彼のほほから流れる汗は疲労からではなく、目の前の光景を見てあふれる冷や汗のようだった。

 僕はいった。

「ねえ、そろそろ帰ろうよ」

「そうね」クランがうなずいた。「とりあえず帰って、なにか起こるまえに町長に相談したほうがいいかもしれない」

「そうだな。でも、こんな小屋、いつのまに建てたんだ」

「むかしからあったんじゃないかな」僕はこたえた。「この小屋、だいぶ古びてるし、最初からここにあったのを使ってるんじゃないのかな」

「それじゃあ、こんな森のなかにだれが小屋なんてつくったんだ」

「もしかして」

 それまで黙って考えこんでいたクランが口をひらいた。

「これ、おじいちゃんたちが若いころ、狩りで使っていた小屋じゃないかしら」

「狩り?」

「ええ。いまはもうだれもやらなくなったけど、むかしはよくこの森で狩りをしていたそうよ。そのときに、休憩場所として使っていたんじゃないかな」

「たしかにそうかもしれない」

 僕はうなずいた。

 腐敗し、カビが生え、変色した木の壁。壊れた窓の扉。小屋をかこむように長く伸びた雑草。室内はほこりが積もり、あちこちがうす汚れ白くなっている。年季のはいった古さだった。

「とりあえず、戻ろうぜ」

 木剣を腰に差し直し、カクタスがいった。

 僕らがうなずいたところで、背後から声がかけられた。

「おまえら、なにものだ」

 振り向くと、黒のマントを頭からかぶったひとりの男がいた。

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