Ⅱ 『えめらるど・たぶれっと1984』創作ノート公開


 

・主人公は十四才の中学生の女の子。

・本当の家族を探す、ひと夏の冒険。

・舞台は竜が棲む王国。川の流れる肥沃な土地で、海は禁忌として人々から遠ざけられている。主人公は、その水源のあるところから川を下って海へと向かう。

・仲間はいるけど恋愛は無し(綾乃には「両想いの話は無理」って言われた。余計なお世話だよ。恋愛なんてしたことないもん。でも、したことしか書けなかったら、こんな、王様やお姫様が出てきて魔法戦争が起きるような異世界冒険ファンタジーなんて書けないじゃん!)。

 ここまで書いて、ノートを閉じた。絵ばかり描いてあるけど、これは小説のための創作ノートだ。あたしは本文を書く前にまず地図を描く。あとは登場人物の顔とか服装とか、そういうの。この小説が、今までで一番苦労してる。頭のなかにイメージがありすぎて、どうやってそれを書いたらいいかわからない。だってこれは、夢で訪れる不思議の国、竜がいて、たくさんの川が流れる豊饒の土地、そこは、あたしの本当の居場所……。

 な~んてね!

 子供ってそういうの考えるよね? この家がほんとうの家じゃないって思うフロイトの「ファミリーロマンス」と同じで、馴染めない現実に傷ついた自分をそうやって慰撫しているだけだ。あんたはうまくやってるじゃないと綾乃には言われそうだけど、あたし、小説を書いちゃう時点でもうダメだと思う。パパを代表選手にするわけじゃないけど、小説家ってなんだか情けない人が多い気がする。教科書で習うような小説家の人生ってなんか悲惨。そりゃまあ例外もいるだろうけどさ。現実生活で幸せなら、この世の誰も小説なんて読まないし、ましてや書いたりなんて絶対しない。不幸だから書くって言ってるんじゃないの。ほんとに希望も何もなく、どうしようもなく不幸でも書けないと思う。たぶん。

 あたしが初めて書いた小説は夢のはなしで、綾乃に絶賛された。他の子には伏線のはり方も下手すぎて話しの意味がわからないって言われたのに、綾乃はそんなの全然気にならないと笑った。次の恋愛小説は、クラスの女の子ほとんど全員が読んでくれたのに綾乃はつまらないとバッサリ斬った。なんでって聞いたら、リアリティがないときた。ちゃんと取材して書いたよって返したら、自分の恋愛から逃げてるって叱られた。たしかに。あたしの書く男の子はかっこよくて優しすぎる。でも、女の子ってそういうのが好きだと思うんだけどなあ。現実にない夢みたいなことを書くってことも、小説には必要なんじゃないのかな? でもな。


 【だれもが自分の知っていることについて書けといわれる。ぼくらの多くにとって、問題は、人生の早い時期においてぼくらが何でも知っていると思うことだ――】


 って、今年でたパパの短編集の序には書いてある。

 そういえば、こないだまでちょっといいなって思ってた先輩にデートに誘われたらきゅうに冷めた。今はどうでもいい。綾乃に呆れられたけど、むこうから来られるとうざったくなる。なんだかわかっちゃうっていうか、楽しくない。小説と似てる。やさしすぎるとつまらない。そう言ったら、あんたって絶対悪い男につかまるよと嘆かれた。好きになってくれる人のほうがいいって言う人の気持ちはわかるけど、いったん手に入れてしまうとそれって大して価値がないみたいに見える。我ながら酷い言い草だ。でも、恋愛って差別以外のなんでもない。

 あたし、ママに似てるんじゃないかと思う。こわくて誰にも言えないけど。

 

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