第42話 歓待という存在



 アレス一行はククリの里でギレアスと合流、一路オルネ皇国を目指して行く。


 既に季節は春を過ぎて日差しも暑くなってきたが、ここまで混乱する出来事も無く順調な旅だった。



 オルネ皇国北部は海沿いの小さな町が多く、街道を行き交う行商人も少ない。全体的に寂れた印象である。それでも運河が多いこの国の風景は新鮮でアレスの目を楽しませてくれた。


 まだ先は長いけれどオルネ皇国の治安の良さから一先ずは安心である。



 オルネ皇国は地球世界で言えばオランダと似ていた。


 今回の旅の行程を地球に当てはめればデンマークのコリングから始まり、ドイツのザクセン州を抜けて海沿いにオランダに入るルートになる。


 そして目的地で、皇城のある首都『スフラーフェン』は丁度ハーグの位置にあった。




        ※※※



「出迎えが来るって聞いたけど」


「まだのようですね」


 町を囲む城壁の前で待つ一行。


 予定ではここに国軍から迎えが来ると聞いていた。



 オルネ皇国は貿易と工業の国だ。


 ここ、ホドスラフ領ルフイルの街は海港を持ち鉄を精製して輸出している。


 外から見ただけでも活気に溢れ船の行き来も多く見えた。荷馬車も積荷を満載している。


 これを見ただけでも景気のよさが分る。


 領主のホドラ伯爵は、なかなかのやり手のようだ。




「腹が減ったのじゃ」


 イネスの呟きに苦笑いを返していると、遠くに騎乗の集団が見える。


「どうやら来たみたいだ」


「数は六……いや七ですね」


 ロザンが米粒のような集団を見てそういう。ククリの戦士は一様に目が良い。



 現れたのは、おなじみのヤーレン子爵だ。


 赤地に盾が図案され、中央の剣を両脇から獅子が支える。剣の上に王冠が載せられているのは皇族の印しで、この旗に掲げられた紋章が示すとおりに皇子から派遣されたことが分った。


 ちなみに皇王は金の枠に青と白の盾で中央に王冠が大きく描かれていた。



「お久しぶりでございます」


 これぞ騎士といった風貌で、すかさず下馬すると俯いた。


 これではまるでランディ皇子に対する礼のようで苦笑してしまう。



「お立ち下さい。これでは困ってしまいますから」


 慌ててを臣従儀礼を止めさせた。


 回りを行き交う人たちが、何事かと足を止めてしまうほど目立っていたからである。



        ※※※



 しっかりと隊列を組んで領内を進んでいく。


 前後を国軍の騎士が固め、ルオーたちククリの三人は馬車の周りをヤーレン子爵と共に囲んだ。



 今夜はここルフイルの街から南に下がり、領主のホドラ伯爵の館で泊まることになる。


 まだ国賓とは呼べずともランディ皇子の招待客を素通りさせては失礼に当たると、ホドラ伯爵が招待したのだ。



 このようにオルネ皇国に入ってからは、通る領地の貴族から招待を受けるという時間のかかる旅となっていく。


 そしてその度に値踏みを受けるような視線とヤーレン子爵の賞賛を受けて、一体何時になったら『スフラーフェン』に着くのだろうと不安に思う。



 これまでと違い貴族の館での宿泊に少々胃の重たいアレスだった。



        ※※※



 ジャンヌ夫人は、レニエ皇子から歓待の役目を仰せつかった。



 レニエ皇子は男子に恵まれなかった皇王グレアムが最初に決めた養子である。


 実父はギーシュ公爵で皇王グレアムの叔父、つまり前皇王でもあった。



 オルネ皇国は万世一系で継承されているために血筋は厳格に記録されている。ここで三人の血筋を見ると、もう一人のジョセフ皇子は二代前の皇王の孫で実父はフィエット公爵、ランディ皇子は皇王グレアムの弟ブレゼア公爵だ。



 年齢はレニエ、ジョセフ、ランディ皇子の順で、世間では皇王に一番近いのがレニエ皇子と思われている。



「エルフの国から訪れる領主を篭絡しろ」


 手段は問わないとまで言われた。


 聞いていた話では十五になるエルフの少年と聞いた。そのときはほくそ笑んでいたものだ。


 けれど……。


「無理だわ……どう考えても」


 そばに控える舞踏会の花たちも一様に表情は硬い。


 彼女らは周辺の貴族の息女で歓待に花を添えるために呼ばれていた。




「今夜はレニエ皇子より宿泊をここで過ごすようにと言われております」


 皇城のある首都『スフラーフェン』を目と鼻の先にして、ヤーレン子爵が案内したのは皇家の別荘だった。



 皇族から招待されるなど貴族とは比べ物にならない出来事で普通はありえない。アレスとすれば「なに? レニエ皇子って誰?」と驚いたほどだ。


 と、言っても本人は現れず皇子の命を受けた人物が代わりに行うという。



 歓待に現れた人物、ジャンヌ夫人はレニエ皇子の愛妾で、美貌と肉体を武器に皇宮に上り詰め寵姫の座を手に入れた。


 もとは下級の騎士の娘で野心家の彼女だったが、今回の命は難しいと言わざるを言えないだろう。



 なぜならどうみても「十歳くらいにしか見えない子供をどうやって手なずけろというのよ!」という事なのだ。



 ジャンヌ夫人は男の生理をよく知っている。たまにつまみ食いで青い男に手を出していたが、その年頃の男たちは我慢など出来ず誘われれば簡単にはまる。


 だからその豊満な肢体を使って、うぶな男をコントロールするのに夢中になった時期もあったくらいだ。



 がむしゃらな若い性は心の前に身体が反応する。ただ突かれるだけの交わりも実に楽しい事で年寄りに無い魅力でもあったのだ。



 だがどう見ても十歳、いや……それ以下に見えるアレス。



(どう考えても無理じゃない?)


 最初に胸元を強調するドレスで出迎え絶句した。これじゃない感が猛烈に湧き上がった。


 そして侍女のエルフ女を見て引きつった。


 スタイルでも容姿でも負けていたからだ。



(なんという完璧な容姿なの!?)


 一応饗応の席で料理を勧めながら伺ってみても女には当然興味を持たない。


 当然だろう。子供なのだから。



(ひっ!)


 それとなくアレスに触れるとキツイ視線が飛んで来た。



(こ、殺される……)


 いや比喩では無く、本当に物理的に凍らされるような視線なのだ。



(それに、何なの! 男たちの視線! ローザとかいうエルフに釘付け!?)


 饗応役のジャンヌ夫人が女を全面に出した衣装なら、ローザは完璧な侍女服に身を包んでいる。にもかかわらずヤーレン子爵はもとより、同席する貴族の誰もがアレスの後ろに立つローザに夢中なのだ。



(これじゃ、まるっきり私が下品な下町女で、エルフが高貴な淑女に見えるじゃない!)


 中には露骨に声をかけ誘った者もいたが軽くいなされている。


 その姿はまるで物語の姫のような優雅な仕草で、断られてもなお賛美する眼差しで見る男たちに、打ちのめされて次第に元気の無くなるジャンヌ夫人だった。



 同席する精霊様に愛想笑いを繰り返し──食事のお礼を言われた。


 場を何とか取り繕うのが精一杯だったのだから。

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