第30話後始末という存在その二



 ヴィットーリオ伯爵はロタの代官からの知らせを受け取り、替え馬を乗り潰しながら昼夜駆けどうしで王宮にたどり着いた。



 拝謁を願い出てからは控えの間で従者に金品を持たせ工作に動く。老齢を感じさせない精力的な普段とは違って、その姿はみすぼらしいものだった。



「いやいや、私には何ともお力になれないようで」


 軽薄さしか身に付けていない男爵に、怒りを叩き付けたい気持ちを抑えた。


「陛下におすがりしては如何ですかな」


 言外に皮肉を感じる。それが簡単に出来ればそうするのだ。



 ヴィットーリオ伯爵は唇を噛んだ。



 本来であれば争っている境界線をめぐり、ククリ族と一戦繰り広げるところだったのだ。



 用意した傭兵はスオメン帝国から雇い入れた連中で、金は掛かるが歴戦の兵だ。いかに屈強のククリ族とはいえ戦争は数である。



 それに王家の力が衰えたいま、多少の無茶なら押し通す自信があった。


 内戦ならともかく、ククリとの諍いに王宮は口を出しづらい、冬に入る直前に奪えば既成事実として王宮も口を挟まないだろうと狙っていたのだ。



 ヴィットーリオ伯爵は王を下に見ていた。


 自分も血筋だけで見れば始祖エドワー一世の末裔でもある。たとえ、ごく薄い血であろうともだ。



 なにより敬虔なサーム教徒として、この国の事を考えている者は他にいないのだと思っていたのだ。



 酷く傲慢で身勝手な考えだが、年老いた今でも自分の血筋こそがこの国の王に相応しいとさえ思っていた。



「くそっ!」


 孫のローザに産ませて次代の王とするのだと考えていたのに。


 秤の神殿の一言で覆されたことも。



「くそっ!」


 最近何をやっても上手くいかないことも。



「くそっ! くそっ! どうなっている!」



 金貨の重みを感じる皮袋はヴィットーリオ伯爵にとって命の次に大事なもの。何事にも変えられぬ貴族同士の繋がりの証だというのに、受け取りもせず尽く送り返されてくることも。



 すべてが腹立たしい。



「ご苦労をされているようですな」


 サーム教の神官であり、スヴェア国内で大司教のビグヴィルは同じ穴の狢だ。


 ながらく権力にしがみ付き、うまみだけを味わってきた。



「おお、大司教様のお力をこの哀れなヴィットーリオにどうぞお貸しくだされ」


「ふむ、お困りのご様子。私のほうからも出来うる限りの事はいたしましょう」


 ようやく巡り逢えた対応に、ほっと安心した。



「なにとぞよろしくお願いします」


 ヴィットーリオ伯爵は、金貨を懐にそう言い残して行くビグヴィルに頭を下げ、次の手はどうしようかと考えた。



        ※※※



 青天の霹靂とはこのことかと誰もが思っただろう。


 スヴェアの王宮は重苦しい空気に包まれた。



 エルフと事を起こす。


 この意味を知らない王族はいないのだ。


 しかも。


 国軍が野盗を働こうとしたのだから、さらに始末が悪い。


 事実なら戦争になる。



「陛下、事態は深刻ですぞ」


 宰相の言葉を聞くまでも無い。


「エルフから具体的な要求はあったのか?」


「そ、それが……」


 王の問いに要領を得ないヴィットーリオ伯爵。



 実を言えば返答をよこせと言われただけで、具体的に何かを要求された訳では無い。


 普通は国家間の争いならば争点があり、互いの主張のやり取りが外交となる。


 これは良い悪いの問題でなく国家とはそういうモノなのだ。



 普通なら賊に罰を与え、金品で償うのが一番でも「恩あるエルフの地に、盗みに入ったのが国軍の兵士だ」などと間違っても言えないだろう。



「国として全面降伏するのは悪手としても。いうならばこちらで考えろと言われている様ですな、対応に間違いがあれば民は怒りだしますぞ」


 宰相の言葉が全てを物語る。



 国民は等しくソナム妃殿下が受けた祝福を知っていた。『虹の加護石』は逸話となり吟遊詩人の手により語られているし、大々的に宣伝したのだからこれは仕方が無い。



 特に祝福を授けたのはエルフの地に住む精霊からで、王家との橋渡しをしたのがエルフだと分かっているから、一歩間違えば王家の威信は地に落ち信頼も失うだろう。



 しかも冬はもうそこまで来ている。街道が閉ざされるまで時間も無いのだ。



「よい、追って沙汰を言い渡す。それまで控えておけ!」


 王の厳しい言葉をうけたヴィットーリオ伯爵は屈辱をこらえて頷くと退出した。



        ※※※




 宰相も消え、一人残された王。



「まるでスヴェアという国を試されているかの様だの?」


 誰もいない王の間、背後からすっと影が現れた。


 片膝をついて「恐れ多くも申し上げます」と紡ぐ。



「許す。答えよ」


 普段なら直答など許されるはずも無いのだが、いまは王しかいない。


「仔細は伺えませんが、この度の事は教会が仕組んだかと思われます」


 影の男は王の抱える暗部の者だった。



「ふむ、さようか」


 顎に手をやり思案にふける。


「国教とはいえど、単独で行うとは考えずらいのぉ」


「はっ、必ずや調べてと思いまするが、ローズウッドに忍び込ませるのは、いささか無理でございます」


「暗部の力を以てしても無理なのか?」


「さようにございます」


「よい、出来うる限りでかまわぬ。今度は遅れを取らぬようにな」



 今回のロタの守備隊長の件は事前に暗部が計画を掴み泳がせていた。


 遅れとは、境界を越える前に首謀者の身柄を押さえるはずが、先にエルフに討たれたのてしまった事を指す。



「畏まりました」



 暗部のものは影をまとって消えていった。






        ※※※



 時は数日だけさかのぼる。


 エルフ領にスヴェアの賊が侵入してきた夜。



 ドワーフの二人組みを観念させたあと、ローザとヘリアが二人の賊を捕らえて戻って来た。


 もちろんアレスの目に触れないようにしてある。



「あひゃん、アレスさまぁ」


 でろでろのベロンベロン。盛大に酔っ払ったローザがアレスにしがみつく。


「ひやぁんひやぁん」


「ちょっ! ちょぉおお! なになに!」



 壊れたローザ。頬を真っ赤に染めひたすらアレスに甘える。


 周りは、どうひいき目に見ても、愛犬が褒めろといった仕草に苦笑しているし「アレスぅさまぁ」とローザも期待の目で見ている。



「ど、ど、どうしろと!?」


 ドン引きの雰囲気の中「アレス、諦めなさい。そうなったローザは止められないわ」と爆笑しながら連れて行くように言った。


 しかもカーラは「ローザ、ご褒美をあげる」と、笑顔でドアを指差し「アレス、今夜はローザと寝なさいね」と命令したのだ。



「えぇえええええええ!!! うそぉおおお!!!」


「ローザはさっさと連れて行きなさい。あっ、明日はゆっくりで良いわよん」



 カーラの笑顔は──ニヤリと音がしそうだ。



「ふわぁーい」


 チョット待てと抵抗するアレスをひょいと抱き上げるローザ。


「ちょっと! 待って! あれぇえええ!」と聞こえても、誰もかもが聞こえない振りをしていた。



        ※※※



 微妙な雰囲気の中。



 ヘリアからの説明を聞いた。尋問に答えた商人は教会と繋がっているそうだ。


「やっぱりね」


 ヘリアを労うと「で、どうする?」と何かを企む顔のカーラ。



「もちろん、皆殺しにしてもかまわないのよ」


 この場合の皆殺しとはスヴェアを指す。文字通り皆殺しである。



「過去、エルフは侵略を受けて黙っていたことは無いから」


 これは事実である。無断でエルフ領を犯して無事だった者などいないのだから。


「まあ、でも今回は良いわ。アレスは望まないでしょうから」


 その言葉にうんうんとイネスも頷いている。


「で、利用する?」



 この一言で今回の事件を利用する事が決まった。



 ククリの里との国境線では緊張が高まっていた。ギレアスが調査に出ているが、ヴィットーリオ伯爵の雇った傭兵との開戦は近い。



「ヴィットーリオ伯爵とかいう小物なんてどうでも良いけど」


 ロタの町はヴィットーリオ伯爵の領地。ならばそれを利用して失脚させれば良いと。



「まあ、少し脅してやれば、王宮も考えるでしょう。王もヴィットーリオ伯爵とかうざいと思うし」


「ありがとうございます。これで父も楽になる事でしょう」


 ルオーは感謝した。



「あら? ククリがどうなろうと、私には関係ないわ。あと、ちゃんと奪うわよ、きっちりとね。少なくとも国境線を下げさすくらいは認めさせないとダメだわ」


 国境線を下げさせるということは、ヴィットーリオ伯爵の領地を奪うということだ。


 これもククリ族の事を考えているからで、言葉とは裏腹にカーラの態度は優しいのだ。



「それでもです」


「まぁ、そう言うなら、いちおう礼は受け取っておくわね」



 皆が寝静まった夜更け。企みの作戦会議はいつまでも続いた。

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