第24話 冬篭りの準備という存在 その二



「どうやらカラになったようだ。ひひひっ」


 街道を進む馬車を見送り傍らに控える者に声を掛けた。


 しわがれた声を聞くと老人に見えるが、肉は厚く見た目ほど老けている様子は無い。



「手はずは済んでおるのか?」


「はい。前もって砦に何人か送っております」


「ふむ、手だれを選んでおるのだろうな? 当面は繋ぎの手段だけ設けておけば良い」


「はっ!」


 短い返事と影は気配を消した。



 さて、ひと仕事させてもらうとしようかと呟きながら荷馬車に乗り込んだ。


 ニンマリとした半端な笑顔は狡猾さを隠すことも無く嬉しそうだ。



「エルフの田舎村でお宝に出会えるとはついてる」


「あら? ドヴォルグったら、緊張してるのね」


「はぁ!? どこがだ!」


「うふふふ、だって可哀想なくらいに強張っているもの」


 そう言って服の上から股間に手をやる。


 うんざりしながらドヴォルグは家畜のように追い払うと。


「ミゼット! ふざけた事をしてんじゃねぇ!」


「あはは、良いじゃないか。今度は夫婦なんだろ?」


「ふん、お前に手を出したらケツの毛まで抜かれてしまうわい」



 この二人。世間では闇もぐらと呼ばれる盗賊である。


 ゆっくりと進む荷馬車はローズウッドに向かう鍛冶屋夫婦に変わっていった。




        ※※




「冬を前に珍しい。鍛冶屋夫婦かい?」


「ああ、ここを最後に稼いで南で冬を越すわ」


 がははと豪快な笑い声で村人に話しかけると、荷物を並べた。



「さあさあ、見てくれ。その辺じゃトンと見かけねえ一品だぞ」


 鍋釜に包丁と出した金物を見せながら辺りを見渡した。


 冬篭りを前にした村人は、突然の訪問客に驚きながらも嬉しそうに集まってくる。


 辺境で行商人は人気のある商売なのだ。



       ※※




「もっと寂れているかと思ったが、宿は立派だし、こりゃ噂は本当だな」


 二人が目をつけたのは、王都から運ばれた金貨の噂を聞いたからだ。


 王宮の騎士が列を並べて運んでいると聞いたのだ。



「警備の兵士もいないし、ここは楽園かい?」


「ちげぇねえ! がははは!」


 鍛冶屋を装いながら村を調べてみたが、兵士はおろか柵も無ければ自警団も組織されていないようだ。


「冬篭りの前の一働きにはぬるすぎて眠くなりそうだな」


 鼻息も荒くなる。



「お宝は領主の館だと思うが、こりゃ! 楽勝かもな」


「ロタの砦の方は大丈夫なのかい?」


「ああ、たっぷりと鼻薬をかがせてある」



 今回の仕事はスヴェアの兵士を巻き込んであった。


 国境を守るロタの兵士は食い詰めた連中が多い。


 元々育ちの良い中央の兵士と違って、普段から盗みや押し込みなど表に出てないだけでよくある話だ。


 今回も砦の守備隊長から持ちかけてきたくらいであった。



「雪が積もるぎりぎりで襲って逃げ出せば、追いかけて来ても逃げ切れる」


 砦まで逃げ込めば後は知らぬ存ぜぬでどうとでもなる算段だ。


 守るものがいないエルフの村など遊びの様なものとドヴォルグは早速酒を取り出し飲み始めた。




        ※※




「おい! 鎧は置いてけ!」


 二人一組となって身分や所属が分るものを外していく。武器はありふれた短剣で、弓は猟師が好んで使うもので揃えてある。


 槍は棒に短刀を括りつけただけ。


 どう見てもまともな砦の守備隊には見えなかった。



「よし、どこかで見られても盗賊ってとこだな。もっとも本物の盗賊なんだがな、がははは!」


 豪快な髭を蓄え笑う男は守備隊の隊長だ。


 普段なら部下にやらせる仕事だが今回だけは別である。


 金額がでかすぎるからだ。



「獲物を横取りされたらかなわねぇからな」


 部下のことは一番知っている。信用なんて出来る訳が無いのだ。


「うぅうう、寒い」


 寒さをしのぐ防寒用の毛皮をまとい、砦の男たちはローズウッドを目指した。




        ※※



「イネス先生。お願いします」


「うむ、任せよ」


 若干芝居がかった二人が何をしているかと言うと。



「それっ! ドーン!」


 声を出す必要は無いのだが、イネスの掛け声にあわせてムクムクと地面が隆起する。


 精霊魔法で地面を丸くドーナツ型に整えるのだ。



「うーん、もうちょっと深くても良いかな」


 それをアレスが確認しながら指示をだす。


「排水の穴を開けて」


「うにゅぅー!」


 いちいち掛け声を出しながらイネスは精霊に指示する。


「おお! 良い感じ」


 しばらくすると、そこには土で出来た風呂場が現れた。



「ねぇ? このまま水を入れたら泥だらけになるよね?」


 仕事をする気で、いつ自分に声をかけて貰えるかと待っていたカーラ。まったく必要とされずに若干イライラしている。


 それは爪先でグリグリされた足元を見ればよく分るだろう。



「ふふふふふ」


「何よ? その気持ち悪い笑いは」


「カーラ、良い所に気付いたね」


 何度も呼んでいるうちに「カーラ」と自然に出るアレスが偉そうに答えた。



「じゃじゃじゃーん!!!」


「あら? それも精霊水なの」


「そうだよ、これは前のと違って土の精霊水だけどね」



 そう言ったアレスが土で出来た巨大ドーナツに精霊水を振り掛けると、掛かった所から石に変わっていく。


「後はイネス、お願い」


 魔法で浮かび上がれないアレスに代わってイネスがフワフワと浮かびながらかけていく。



「うーん・・・・・・結構使うな」


「でも凄いじゃない。完全に石よ」


 カーラが言うように赤みがかかった土は岩をくりぬいたようになっている。



「んっ、後は排水溝に木でフタをして、コイツを入れれば」


 あっという間に精霊魔法は働き水が一杯となった。


「で、火の精霊で仕上げっと」



「おぉおおおおおおおお!!!」


 お約束の掛け声はイネスだ。


「あっという間に露天風呂の完成だ! どうだ!」



 もっともまわりはガラ空きで、板塀で囲み脱衣場と洗い場を作らなければ使えない。



 しかし、ここは常識の無いエルフ領。



「ちょっ! カーラ!!!」


「ん!? 何よ!」




 そこには、かまうこと無く脱ぎだしたカーラがいたのだった。

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