第17話オルネ皇国の思惑という存在



「どうやら、スヴェアにしてやられたようだ」



「ランディ皇子、どうされたのですか」


 ここはスヴェア王都でも一等地に設けられたオルネ皇国大使館。


 従者から渡された書類を読んでいた、皇子の表情が変わっていくのに気がついた大使が声をかけた。



 爵位を持つとはいえ法衣男爵でしか無い大使を飛び越えて皇子に渡っていく情報。


 若干不快に思いながらも顔に出さないあたりは老練である。



「・・・・・・大使、エリク七世をどうやら見くびっていたようだ。これを読んでみたまえ」


「ふむ、拝見いたしましょう。なるほど、百年分割となっておりますな」


「そうだ」


 書かれた情報は祝福で受け取った精霊石に対して、名目上はスヴェアから百年間の経済支援を行うというものだ。


 注釈が加えられており、詳しい会談の内容が事細かに記されている。



「精霊石一つに三千万ソナムとは思い切った事を、秤の神殿がどこまで協力したかは不明ですが、これで予定が狂いましたな」


「ああ、戦略をあらためて見直さなければならないだろう」



 スヴェアが精霊石を手に入れた事実は掴んでいた。


 エルフから与えられた精霊石は世界最大で、その事実に驚愕していたのだから。



「しかし、今後スヴェアは重い借財を抱え国力の低下は免れません。スヴェアにとって悪手とはなりませんか?」


 金貨九千万枚の負債は小国に取って重く圧し掛かるだろう。



「なに、安全保障を金で買ったと思えば安いものだ。今後は長い時間を掛けて、この場合はエルフを商圏に巻き込む事を考えていけば良いのだ。僅かでもつながりが出来れば可能だろう」


「ではわが国も同じように」


「馬鹿者! 我がオルネ皇国が、どこかの属国のような真似ができる訳が無かろう」



 エルフに百年の負債を持つという事は、百年守って貰うと同意義だと考えられる。


 もっともこれは、あくまでオルネ皇国の認識だったのだが



 こう考えるのには理由があった。


 今回ランディ皇子がスヴェアを訪れていたのは精霊石を手に入れるためであった。


 もっともこれは、オークションで手に入れた精霊石の事では無く、市中に流れる一般的な物の方だ。オークションはたまたま運が良く参加できたのだから。



「市中で手に入れた精霊石は、すべて小粒だがこれ以上は無理だな」


 ヨールの祭事は近隣はもとより遠方からも商人が訪れ珍しいものが売られる。


 珍品名品に混ざり持込まれる精霊石も多く、今回はざっと二百個近くを手に入れることが出来た。



 ここまでして集めているのは、スオメン帝国で開発中の魔道兵器の一部を入手したからだ。通常の火薬を使用する大砲と違い魔石もしくは精霊石が必要な魔道砲がそれに当たる。


 要するに魔法を撃てる大砲と言う訳だ。



「苦労して帝国から入手した魔道砲も弾が無ければガラクタにすぎん」


 開発を続けるにしろ、実戦で使うにしろ弾が無ければ話にならない。



 この魔道砲の威力は使用する魔力により変化した。


 通常の魔石使用でも、新型の後装砲並みかそれ以上の破壊力がある。


 後装砲は十二ポンドの弾を六マイル(十キロ)先まで飛ばせた。


 それが精霊石を用いると桁外れに威力が上がるのだ。


 市中で手に入れた精霊石で試したところ、厚さ一インチ(二.五四センチ)の鋼板を打ち抜いた。


 小指の先ほどしかない精霊石でこの威力だ。


 ランディ皇子がオークションで入手した精霊石の場合、試算上では堅固な城壁どころか城まで一瞬に破壊出来ると思われた。


 一種の戦略兵器にも成り代わるのが精霊石なのだ。



 現在はスヴェア王家が手に入れたと同等の精霊石を入手するために、策を練っていたところローズウッドに金貨を運ぶ幸運に恵まれた。これで、今後の付き合いに発展させる可能性も出てきたと喜んでいたのだが。



「世継ぎ誕生の祝福とは上手い手を考えたものだ。しかしスヴェアが対価を払って手に入れた以上、わが国はそれ以上の支払いが必要となる。そして、いかに強力としても一発撃つのに三千万ソナムという現実は、事実上魔道兵器の威力を制限する事になるだろう」



 強力な兵器である反面、経済性に難がある。


 一発ごとに使い捨てのため最低でも金貨十枚。最大で二億枚では強国といえども気安く使える物では無かったからだ。



「ローズウッドの領主、そのアレスという子供を手に入れる手段はどうです?」



 大使の提案はもちろん非合法の手段のことだった。


 表向きにしていないだけで、オルネ皇国にも専門の部署がある。誘拐暗殺はもとより、政治工作から諜報まで暗部と呼ばれる組織だ。



 ランディ皇子はゆっくりと首を振るとため息を吐き。


「君はエルフと事をかまえたいと言うのかね? それこそ愚の骨頂で最善とは言えない。世間には知られていない話だが、二度にわたってエルフを攻めた国がある。どうなったと思う」


「存じません」


 エルフを攻めた国の話など記憶に無かった大使は興味深そうにしていた。



「一度目は十万で攻め、二度目はそれを上回る三十万で攻めたそうだよ」


 その数に大使は唾を飲み込んだ。想像もつかない大軍だったからである。



「結果は全滅だ。解るかね? 全滅だよ! 一兵残らず帰ることは無かったそうだ。その後国はどうなったか想像出来るかね?」


「い、いえ・・・・・・」


「・・・・・・滅亡した」



 今は無きイリアス大陸最大の王国が在ったのは、はるか昔である。滅亡後、国は分れ乱世を経て現在の情勢となっていた。



「僅かに皇家に残る言い伝えの話だ。もちろんスオメン帝国にも伝わっているだろう」


 これは、末裔がオルネ皇国にもスオメン帝国にも流れていたからだ。




 夜が更けるまで大使と話し合ったランディ皇子は大使館を後にした。



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