第6話精霊と偽精霊石という存在



「ここに来たのはアレスが初めてじゃ!」


 イネスと出会った場所から歩くこと二時間、ローズウッドの森の奥深くは一種の聖域だ。



 人族もエルフも誰も訪れた事が無い世界。


 一本の大木がそびえたっている。根元には小さな泉、本当にちっぽけなだけど湧き出している水からは命を感じた。



 静寂な空間に圧倒的な質量を持った存在。



 天まで届くかのようなこの木は樹齢何年だろう? 千年、いやもっとか。


 まるで世界の始まりからあったと聞いても疑問に思わない位に存在感があった。



「凄い・・・・・・凄いよ」


 自分がいかにちっぽけな存在で在るか思い知らされた。


 これは価値観が変わる。


 まとわり付いてくる赤や青の精霊。


「あはは、何かくすぐったい気分だ」



 ここは驚くほどに実体を持たない精霊たちや妖精が多い。精霊の目を通した世界は幻想的で、もしかしたら彼らはここで生まれているのかもしれないとさえ思う。




 さてこの場所で何をしているかと言うと。





「ダメダメダ──! お前才能ナシ!」


「そ、そんな! 見捨てないで!」


「頼まれたからこうして見てやってるケロ、ホント無駄な時間使ってるわ」


 思いっきり上から目線で僕に駄目出しをしているのはカエルさんとアメンボさんで、どちらも只者じゃ無い。



 はい、どちらも高名な妖精さんでした。



「しっかし、これほど魔法のへたくそなエルフも珍しいもんじゃ。ケロケロ、ほれ、もう一度やってみるケロ」


 転生を経験して、この世界の事を結構なファンタジーだとは思ってましたが、すみません・・・・・・舐めてました。


 いや、まさか僕の魔法の師匠がカエルさんとアメンボさんだなんて。



「もっと練るケロ! 身体から漏らすな!」


 何をしているかと言えば、体内の魔力をコントロールしてます。


「何だかナー! こうググッとやれよ──」


 泉の中でスイスイっと動きながら波紋で魔法陣を書いている。


 僕がコントロールしやすいように補助してくれているのだ。



 ある日「泉の石に魔力を注いで欲しい」と精霊石を作れる事を知ったイネスに頼まれた。



 精霊たちは突然に生まれる。


 生まれたては、存在も希薄で意識さえ持たないけれど、本能のまま世界に定着を目指していく。



 やがて在るべき場所を見つけると、精霊はその中でじっと時を過ごす。


 それこそ千年以上の時を掛けて世界に定着した彼らは、高位の精霊に生まれ変わる。



 在るべき場所の一つがここ。



 泉の中にある高さ一メートル程の石柱に魔力を込める。特に難しいことでは無い。


「んっ!」


 時間にして一分。


 僕の魔力はイネスによれば非常に心地よいらしい。


 魔力に違いなんてあるのかね?


 やがて誘われるように中に入り込む赤い光は、二度三度と僕にお礼を言うように光ると石柱の表面は元に戻った。



 流石に魔石のように全体の色が変わる事は無いのだ。


 この作業を、ほぼ毎日続けていたら声を掛けられたんだ。



「ケロっ、森人にしては美味なる魔力。名はナント言う?」


 突然の問いかけに周りを見渡すが誰もいない。


「ムー! ムシするな! 馬鹿もん!」


 それが太古の大魔導師にてアメンボのエムブラさんと、神階の賢者であるカエルのアスクさんとの出会いだった。




 僕が石柱に魔力を込めた報酬は、魔法の訓練を付けて貰う事だった。


 僕は恥ずかしながら魔法が苦手だ。


 いや正直に言う・・・・・・実は魔法が使えない。


 魔力は持っているんだ! その証拠にほら? 指の先からだって出せるだろう?


 でもさ、何故か属性のある魔法は使えないんだよね?



 そこでイネスに頼んだのさ、本当はローザ辺りに聞けば良いんだけど、僕にも見栄というのがあるのさ。



 これが実に問題で、高位の精霊であるイネスは息をするように魔法が使えた。


 誰に教わることも無く覚えた魔法はからだの一部を無意識に動かすように使えたのだ。


 反則とも言えるのだけど、精霊は個の者では無くすべてが同等であるからだと言う。


 要するに他の高位精霊──見たこと無いけど──が使えればイネスも使えるって事。



 もちろんこれは、アスクさんからの受け売りです。



 だから「ねえ? 炎を出すってどうやるの?」と聞けば。


「おおお! 炎はな、こうドバッと出すのじゃ!」とか「風を奔らせるのはクイッと押せば良いのじゃ!」なんて、実に曖昧な表現が多い。


 元々言語では無く、感覚を共有している精霊はそれで伝わるのだろう。


 でも僕にはちょっとね。



 上手い事教えられないイネスのしっぽは、うなだれていく一方だ。


 見かねたアスクさんが、大魔導師にてアメンボのエムブラさんに相談して僕の魔法教師を引き受けてくれたんだ。



 但し報酬はしっかりと要求された。



「金の鎖だぞ絶対!」


 いわゆるネックレス、それも先に精霊石を付けろとのお言葉だ。


 金の鎖にこだわるのは意外に光物好き? なのかな。



「ホレホレホレ! サボっている暇は無いのよ! さっさとヤレー!」



 そんなこんなで僕の魔法の勉強は続いて行った。





 一五に成ると言うのに背は一四〇センチで童顔の上に女顔。


 正直十歳と言われても反論できない僕には、密かなコンプレックスだったりもする。もっともエルフは成長が緩やかなせいなのでどうしようも出来無いのだけれど。



 そう僕にもエルフの血が流れている。



 生物学上の父であるグレアム・バラン──誰から聞いたか忘れたと言うか、本当に実在の人物か疑っている──は二メートル近い大男だと聞くから成長の余地は残っていると思いたいものだ。


 見たことも無いけどね。



 あー早く大人になりたいよ。



 何でこんな事を考えているかと言うと、目の前には完璧な美を体現したエルフの男性がいるからです。


 あまりの僕との違いに、いささか現実逃避していたのさ。




「それでどうされますか」


 こう言って僕に決断を迫るのはエギル・スカラソンと名乗るエルフでスヴェアの神殿からやってきたらしい。


 隣では深刻な顔をしている村長のデュランさんとロイヤルドさん。


 くっ! 空気が重い。


 彼らは日課の魔法修行を終えた僕を待ち構えて値段を決めろと迫る。



 なんと僕の作った偽精霊石に買い手が付いた。



「ええと、買われる方は誰なんですか?」


「買い手については現状では何とも申し上げられません。もちろん譲って頂くと確約されるのであればお伝えしますが」と何度聞いても同じ答えだ。


 表情をまったく変えずに僕を値踏みするようだ。



 そっと傍らのローザを盗み見てみた。


 ちょっ! なにニコニコして? 助けてよ。



 いやいや売るのは問題ないんだ。デュランさんからも復興の資金にするって話しだし、有意義に使ってもらえれば僕も嬉しい。



 けどね、天秤のオークションってなにそれ? 秤の神様? が値段を付けられない? あったり前だろ! 元は使い古しの魔石だよ?



 本来なら売れて喜ぶべきなのだろうが、これって贋作を売って大もうけする様なもんだよね? 罪悪感バリバリ。もう騙すような気分でどうしようもないんだが。



 そりゃ、ローザからはきちんとした精霊石って言われたよ。


 イネスだって「生まれたての精霊は、寄り代が無いと存在が希薄なのじゃ、アレスの魔力を糧にこの者たちも本望であろう」って聞いたときは良い事をしたと思ったさ。



 で、でも、もしも後からバレたらって言うか、完璧にバレてるじゃねーか! 誰にって? 決まってるだろ! 神様にだよ!!!


 神様は絶対に分ってるから! きっとあれだ、無価値じゃ無いけど、使いきった魔石なんかの値段はつける必要の無いくらい空気読めよって事さ。



 それを何が神器だ、一緒にするなよ! 過去に神器が値段を付けれなかったからって、廃棄物──使いきった魔石──と一緒にするなよ!



 もしも神様騙して調子に乗って売ったら・・・・・・神罰喰らいそうだし「そんな値段じゃ売れませ────ん! 本当は価値など無い唯の魔石なんで────す!」って正直に言ったらどうだろう。



 あああああああ、贋作者、神様に捕まる。絶対これ一直線じゃねーか!


 自分の未来が容易に想像出来るのが怖い。


 神罰も怖い怖い怖い。



 でもさ、ホントにいまさら言えるわけ無いのよ、あれだけドヤ顔で「構わないよ。て、言うか。返さなくても良いよ」って宣言したばかりで、しかも「残りは村で保管するなり、売るなり好きにして良いよ」ってまで、感謝の気持ちまで受けてさ? それが単なる廃棄物の利用で好奇心から作った品でした。


 なんて言えば? どうなるか一目瞭然だわ。


 駄目だ、言えないっす。


 そ、そう言えばローザから口止めされていたのはこういう事だったのか。



 うわぁあああああああああああ!!! 出来るなら! あの時の自分を殴り飛ばしてやりたい!



 あの時僕は、何を偉そうに領主気分に浸ってたんだろう。




 結局その場では結論などでる訳もなく、多少の時間を貰ったのだ。








「はぁ・・・・・・」


 ため息を吐きながらとぼとぼと一人村の中を歩く。考えれば考えるほど憂鬱になる。


 僕には偽精霊石の値段なんて決めれないというのが正直な気持ちだった。



「でも、決めないと駄目なんだろうな」


 そんな事を考えながら館から村へと足を運んだ。


 ちなみにイネスは侍女と一緒に厨房で何かやっていた。最近どうも皆が餌付けに目覚めた様で、暇があればイネスをかまいたがるのだ。



 現在館で働く人は十五人ほどいる。日中だけ通う人が七人いて、どれも奥さん連中なのに仕事が終わるっても家に帰らずイネスと遊びたがる。



 他には昔から仕える侍女と女中が六人いて、誰もがホント働き者で、はい。助かってます。



 家の家宝だよね。うーん女子率高いな。


 もっともここまでが女性陣で男性もきちんといる。庭師のジョルダンさんと馬丁のダンさん、どう見てもお爺さんなのに元気に働いている。。



 あとギレアスという執事もいるが、こいつだけは普段何してるんだろう?


 昨日は客間女中のマリエスのお尻を触ったとかで、家中総出で追いかけられていたし。


 この間はローザ秘蔵のブドウ酒を盗み飲みしていたとかで、一晩吊るされていた。



 いい加減四十になるらしいから、誰か奥さんでも貰えば大人しくなるかな? 黙っていればそこそこ男前なのに。



 森の手前で明かりが見えてきた。


 向かっているのは薬師を務めるリーヴさんの家で、石鹸の製作を手伝って貰っている。



「やあ、こんな時間にどうしたんだい?」


 ノックの音ですぐに出てきた背の高いリーヴさん。


「どうぞ、おいアレスくんだ。お茶の用意をしてくれ」


 癖のある赤毛を指で弄びながらいつもの様に迎え入れてくれた。


 奥さんと一緒にローズウッドに移り住んできたリーヴさんは人族だ。


「はい、館の石鹸が切れそうなので貰いに来ました。それと試して貰いたい事が出来たので、出来れば時間を頂けますか?」


 石鹸の在庫が少ないのは事実だけど、それなら明日でも良かった。


 夜にもかかわらずこうして訊ねてきたのは、当初目論んでいたローズオイルの効果を残すヒントをアスクさんから貰ったからだ。



「ほう、精霊の泉。その源泉か」


 リーヴさんが手にしたビンの中には、泉から湧き出ていた水が入っている。


 豊富な魔力に満ち溢れているローズウッドだが、その源は精霊の泉だ。


 僕の目ならキラキラと輝いて見えるのだけど、リーヴさんにはどう見えているのかな?


 興味深そうに光に照らして眺めている。



「うん、凄い魔力を感じるよ」


 魔術師でもあるリーヴさんは何かを感じたようだ。


「分った。石鹸とは少し違って来るかもしれないけれど、試す価値はありそうだな」


 そう言って心地よく了承してくれた。



 上手くいけば念願の特産品になるかも? そう思った僕は憂鬱の種も忘れて館までの道を駆け上がって行った。




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