第10話 どっちが好きですか?


 「ってことなんです伊野さん」

 「どうした急に」

 「いやだから、ミウミウにオススメできるゲームなんかありませんか? 昨日の配信でミウミウが、俺に向かってオススメのゲーム教えてね(猫撫で声甘々大天使ボイス)って言ってたじゃないですか」

 「推しの配信をこっちが必ず見てる前提で話すんじゃないよ。昨日は忙しかったから見れてないんだよ。あと多分ミウミウはお前だけに向かって言った訳じゃない。」

 「えっ!? ミウミウの配信って国民が視聴する義務があるんですよ? だから視聴料金としてスパチャをですね。」

 「N〇Kかな?」


 休憩時間、隣でお茶をすする伊野さんはこちらを見て呆れながらも、スマホを弄る。ちょうどいいことに、今日は久しぶりに伊野さんと休憩時間が重なっていた。


 「うーん、ミウミウって麻雀以外だと、やってたことあるのは、モンポケと…スプラと…」

 「昔はハンモン、単発だとホラゲのツギノヒ、……本当に最初の頃はエペもやってたみたいですけど、そのころを知らないんですよね…悔しい」

 

 俺の知らないミウミウが、確かにいる事実に、もっと早く出会っていればという感情がこみ上げてくる。過去に飛びたい。

 でも今のミウミウ大好きなんだよなぁ。

 そう考えるとやっぱり今が一番! 現在進行形で一番愛してる!

 情緒が縦横無尽に暴れている俺を尻目に頼りになる上司は、ゲームの最新人気ランキングが載っているサイトを見せてくる。

 

 「流行ってるって意味なら、スイッチなら、ゼルキン」

 「流行を抑えるスタイルも悪くないですよね。合格ラインではあります。まぁミウミウはそれに囚われず、好きなゲームを楽しくしてほしいですけどね」

 「誰視点なの? スマホゲーなら……あ、俺の好きなゲームからでいいなら、ウサ娘だな。まだまだ人気だし」

 「おっ それなら自分もやってますよ。ウサ娘! 」

 「えっ! 言えや! 推しウサは!?」

 「圧倒的アンゴラウサギしか勝たん」

 「スゥゥゥゥゥ……いいよな。あのモフモフ……俺は、ロップイヤー……ほらみろこのファン数を!!この垂れ耳をぉぉぉ!」

 

 伊野さんはウサ娘を起動しホーム画面に垂れ耳のウサ娘が眠そうな目をこすったのち微笑んだ。


 「俺のロップイヤーが今日も天使……」


 この人も俺と同じで、好きなことに全力投球タイプだからなぁ。

 ウサ娘とは、実在するウサギをモチーフにした、ウサ娘と呼ばれる擬人化キャラクターたちと絆を深め、トップアイドルに育成していくゲームだ。

 それぞれのウサ娘には、実際のウサギの特徴がしっかりと継承されており、例えば私が前プレイしていた時の好きなウサ娘アンゴラウサギは、見た目は圧倒的モフモフなお姉さんタイプ、ついでモフモフ膝枕イベントは神。

 育成ゲームと侮るなかれ、高クオリティの3Ⅾライブシーンは感動するし、なにより、それぞれのウサ娘のストーリーがどれも最高。

 メインシナリオも感動の連続であり、現年号トップ水準を走るゲームの一つであることは間違いないだろう。

 正直に言うと、推しに胸を張って面白いと言えるゲームだ。

 個人的懸念事項はあるにはあるが、それを差し引いてもこのゲームをミウミウにやってほしい気持ちはある。

 ミウミウがウサ娘に可愛いって言ってるシーンが容易に想像できた。ついでにそんなミウミウが可愛いのも容易に想像できた。ミウミウのほうが可愛いよ最高!!

 

 「さすミウです伊野さん」

 「さすミウは使い方違くない? あ、じゃあミウミウにおすすめしとこーっと」

 「ぐぅぅぅぅぅ…俺がオススメしたかったです。 そしてありがとうって褒められたい…」

 「すっごい本音出すじゃん。でも女の子ってウサ娘やってる人……お、ちょうどいい人材が、空風さーん。ちょっといー?」 

 

 休憩時間となった空風さんは頭に疑問符を浮かべつつ、テテテ、と俺たちに近づいて首を傾げて、タブレットに文を打ち込んだ。


 『何かありましたか? 』

 「聞きたいんだけど、今時の若い女の子ってゲームとかってするの?」

 

 空風さんの動きがピキッと停止した。……やっぱり今時のリアルが充実してそうな女性はゲームとかあまりしないのかな。


 「伊野さん、空風さんが困ってますよ。空風さんみたいな綺麗オシャレ女子は、俺たちがするみたいなゲームとかしないと思いますが…あ、ごめんね空風さんも座って。お茶持ってくるからさ」


 確かに、推しの活動に関わる重要案件でもあるので女性の意見もしっかりと聞きたい。

 俺は、設置されているドリンクサーバーからお茶を汲んで空いてる席に置くと、空風さんが一度頭を下げて席につく。

 

 「実は、昨日俺の推しが新しいゲームやってみたいから、オススメのゲーム無いかって言っててさ。 女性でも楽しめそうかつリスナーも楽しめそうなゲーム何かないかなぁって」

 

 空風さんは何故か、胸を撫でおろすようにほっと息をついたのちに苦笑する。


 『すみません。私もそういった流行のゲームとかよく分からなくて。好きなゲームはあるんですけど』

 「へぇゲームするんだ。何やるの?」

 

 意外なことに華やかな空風さんもゲームをするらしい。

 空風さんは嬉しそうに文を書いていき……しかしふとその手が止まった後、急いで手を動かす。書き直しているように見えたが、色々あるのかな?

 

 『今はモンポケにはまってます!!』

 「あーモンポケね。確かに俺もメッチャ好き。」


 俺は空風さんの回答に、まぁそうだよなと頷く。

 モンポケは男女問わず楽しめる、約束された神ゲーだしな。現にうちの妹も劇ハマり中で、休日は無言でひたすら厳選をしている。

 流石に空風さんが、そこまでのモンポケ廃人というわけではないだろうけど。

 空風さんは、ウサ娘が起動しっぱなしの伊野さんのスマホを見つめる。

 伊野さんは、おっと嬉しそうに画面を空風さんにずいっと近づける。


 「ウサ娘やってるのか?! 推しのウサ娘は!?!?」

 「落ち着いて伊野さん」

 「止めるなマッシー。数値上、ウサ娘をやってるユーザーは結構いるはずなのに、身近には意外といないんだ! 同胞を逃す理由はない!」

 『すみません。やってはいないんですけど』

 

 目の前が真っ暗になった伊野さんが机に頭を強打した! 

 一撃で瀕死になった伊野さんを横目に、空風さんが続ける文章を読み進める。


 「っと…あ、伊野さん『興味があるので教えてくださいますか?』だって」

 「俺はその言葉を待っていたよ!」


 伊野さんは1秒足らずで自己蘇生した。

 だが残念、時計は無情にも、俺と伊野さんの休憩時間の終わりを告げている。


 「あっ伊野さんそろそろ自分たちの休憩時間が」

 「……ちょっと空風さんにウサ娘のプレゼンしてからいくから先に俺の分も仕事行ってて!」

 「えぇ……マジで言ってます? 」


 空風さんは苦笑しながら、タブレットに文字を書き始める。同時に伊野さんは俺をまっすぐな目で見つめる。


 「ミウミウがウサ娘やるようになったあかつきには、ウサ娘育成アドバイザーとしているからそれで手を打ってくれ。俺は新規ユーザーを獲得する。ウィンウィンだろ!」

 「仕事二人分行ってきます!! 空風さん悪いけど少し話だけきいてあげて! 」


 それは魅力的すぎる! 推しに楽しく配信してほしい!!

 伊野さんの指示厨ではなく、分からない時に的確に出してくれるアドバイスは、配信をスムーズにしてくれるのだ。さすいの。

 特にミウミウのリスナーの生態を把握するに、伊野さんのウサ娘の情熱度はトップクラスだ。安心して任せられる。

 故にこの取引は、利害の一致。互いに――――ウィンウィン!

 俺は自分とウサ娘顧問の分の仕事を全力で遂行する!!



 やがて、お客様の対応に一区切りついたタイミングで、伊野さんが隣にやってきて、肩にポンと手を置いてくる


 「……押野、ちゃんと俺、ウサ娘の魅力を伝えられたよ。あとやるかどうかは、空風に任せることにした。いいプレゼンが出来た。悔いはない。」

  

 達成感と満足感に満ち溢れていた男が、そこにいた。


 「ミウミウへのウサ娘プレゼンも、お願いしますよ? 」

 「任せろ。あとあとで、ウサ娘のフレンドコード教えて」

 「草」


 あとからやってきた空風さんは、心なしか、若干疲れたような表情で休憩スペースからやってきた。

 あっ……ごめんなさい空風さん。うちの上司の熱が強すぎて。あとで飲み物おごります……。

 

 「空風さん、ごめんね、付き合わせて」

 

 空風さんは苦笑しながら、文を見せてくれる。

  

 『大丈夫です。いい勉強になりました。』

 「あの人も、好きなものにはガチだからさ…本当に嫌だったら言ってね」

 『大丈夫です! 熱心なことはいいことです! 素敵だと思います!』


 女神かこの人は?

 大人な対応に心から尊敬しているなかで文章は続けられる。


 『押野さんも、ウサ娘、好きですか? あんごらうさぎちゃん?が好きと聞きました』

 「ん? あぁ…そうだね。大声で言えることでは無いけど、結構課金するくらいには好きだね。なんで?」

 『推しのミウミウさんとその子、どっちが好きですか?』

 「ミウミウ」


 俺は一切の間を置くことなく、至極当然の回答を口にした。

 考えるより先に、心が回答した。

 空風さんは、まるでその回答が分かっているように、口元に手を当てて微笑んだ。


 

 

 

 

 

 

 

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