第4話 降りてきた

「ウオオオオオオオオ〜」

「いくぞおおおおお〜!」


ギルバートさんの声にレクスオールの兵士が呼応して一気に士気が上がったのがわかったが、俺には恐怖しかない。


「若! 皆のものにひとことお願いいたします」

「え!?」


ギルバートさんの突然の言葉に固まってしまう。


「お願いいたします」

「あ……」

「是非に!」

「み、みなのもの……」


そう言葉を口にした瞬間、周囲の視線を一身に浴び完全に頭が真っ白になってしまった。

こんな状況でこれほどの人を前に話をしたことなど一度もない。

焦りを通り越して、真っ白になった俺に降りてきたのは以前読んだレクスオール戦記に出てきた最初の戦いで主人公ラティスが口にしたという一節。


「皆のもの聞いてくれ! 確かにリクエ子爵軍の数は多い。ただ大義のない軍などアリの集まりと変わらない。レクスオール家の紋章はグリフォンだ! グリフォンの化身たる我らにとってアリなどエサにもなり得ない。我らは空かける勇! 勝機は我らに! このラティスの命はお前らと共にある! お前らの命を俺にくれ! 俺の命もお前達に預けよう! いくぞ! リクエを食い破れ! 向かってくるアリを踏み潰し殲滅するぞ〜!!! 」


「うぉおおおおおおおおっっ〜」

「ラティス様、この命ラティス様のために〜!!」

「我らグリフォンの化身!! レクスオール家の意地を見せてやるぜ!」

「そうだ〜アリなど恐るに足らん!」


俺の言葉に全ての兵士が呼応して、敵を迎え撃つべく出陣が始まった。

そして士気は最高潮へと達していた。


「あれ……この状況は。突然なんであの一節が頭に浮かんだんだ」

「若、このギルバート先ほどの言葉に感服いたしました。それほどの想いをお持ちであればもう何も申し上げる事はございません。このギルバートの命も若と共に!!」

「え!? は!?」


そしてギルバートさん達に誘われるままに俺は五人に囲まれるようにして行軍する事になってしまった。

やばい。真っ白な俺に突然降りてきたレクスオール戦記の1節。

なぜか口にしてしまったが、とんでもない事になってしまった。

この状況、今更逃げ出す事は不可能だ。

怖い。怖すぎる。冗談でもなんでもなく本当に今から殺し合いが始まり、自分も死ぬかもしれないと思ったら恐怖しかない。

この信じられないような今の状況。

俺は本当に過去へと来てしまったのか。

この状況、もうそれ以外に考えられない。

ご先祖様が生きた時代へ来てしまったらしい。

それも今はレクスオール戦記の冒頭部分だろう。

今、この場はラティス・レクスオールが歴史の表舞台へと登場するきっかけとなったリクエの戦いとしか思えない。

ただ、擦り切れるほどに読み込んで俺の記憶にあるレクスオール戦記とは決定的に違う事がある。

それはレクスオール戦記の主人公たるラティス・レクスオールが既に死んでしまっているという事だ。

主人公を失ったレクスオール戦記は既にレクスオール戦記足りえないのではないか。

やはり、これは俺の知っている歴史とは異なった世界なのではないか。

移動しながら馬上で頭の中をぐるぐるとまとまりのない考えが駆け巡る。

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