第18話 特訓! vsマリー&イクシリア!

 戦闘訓練開始直後、先に動いたのはアユムだ。すかさずカーぼうに攻撃指示を出す。


「カーぼう! 新技で決めちまえ!」


 アユムの指示でカーぼうはその小さな翼で空中に飛び上がると、小刻みなフェイントを織り交ぜつつ、きりもみ飛行の要領でイクシリアに突撃を仕掛けた。ただの単調なひっかき攻撃ではない。ルビー:カーバンクルの飛行能力を生かした三次元的攻撃、それがカーぼうが編み出した新しい術技――《特攻裂空撃アクセルスラッシュ》である。

 ちなみに技名はカーぼうが勝手につけた。


 イクシリアは非常に高い戦闘レベルを持っているが、あくまで二足歩行のレムレス。飛行能力を持ったルビー:カーバンクルの三次元的攻撃に対処するのは容易ではないと思われた。

 勝利の条件はイクシリアに攻撃を当てること。かすり傷でも、アユム達の勝利だ。


「甘い!」


 アユムの浅はかな作戦など、マリーにはすっかり筒抜けである。

 カーぼうの爪撃が当たると思われた寸前、イクシリアの体がぐにゃりとひしゃげた。

 その様子に既視感を覚えるアユム。そう……試験の時に彼自身が使ったイトミクの術技――影分身である。分身体はカーバンクルの攻撃で霧散して消えてしまった。

 すぐさま本体の居場所を探る二人。だが、もう遅い。イクシリアはすでに彼の背後をとっている。


「イクシリア、《影銃弾シャドーバレット》」


 イクシリアがかざした手から、拳大の黒い光弾が発射される。

 回避する間もなくまともに受けるルビー:カーバンクル。見た目のわりに凄まじい威力を秘めており、術技をくらったカーぼうは一撃で光の粒となってしまった。


 一応、死んだわけではない。魔力生命体であるレムレスは体力が低下すると、危険を回避するため、魔素の光子となって姿をくらませる。人間と契約しているレムレスの場合は、最もエネルギーを使わない安全な状態――すなわち結晶石に戻ってしまうのである。

 普段の状態を維持できるようになるまで、レムレスの種類やそれぞれの特性によっても異なるが、おおむね半日~一日たてば回復することがほとんどだ。


 とはいえ、訓練にしてはいささか、過剰な攻撃と言えなくもない。


「……やり過ぎじゃねぇか?」


「あら? 言ったでしょ、荒療治って。それとも諦める?」


「まさか。まだカーぼうがやられただけだ」


 アユムは続けてイトミクを召喚する。イトミクもカーぼう同様、やる気十分の様子である。

 アユムは手持ちの呪文札を確認しながら、次の作戦を考える。


 単純な攻撃はかえって危険……先の攻防でアユムはそう思い至った。イクシリアのとてつもない威力の攻撃術技……カーぼうが一撃でやられたことを考えると、イトミクが耐えられるとは考えにくい。くらったら終わり……そう思っていた方がいい。

 何よりも厄介なのはあの影分身だ。本物と見分けがつかない精度の影分身にうかつに攻撃すると、さっきみたいに大きな隙をつくることになってしまう。

 だが、影分身を使えるのはこちらも同じだ。あとは呪文札の組み合わせ次第か……。

 様々ある呪文札の設定効果のうち、アユムが現在まともに使えるのは、【ファイアボール】と【ウィークネス】くらい。その二種についても、カードの色は黒のまま変化していないため、マリーに言わせるところの中途半端な効力でしかない。マリーとイクシリア相手には大した効果は期待できないだろう。わかってはいたが、アユムは悔しさを感じずにはいられなかった。だが、威力に期待できないとはいえ、気をそらす程度にはなるかもしれない。試してみる価値は、あると思う。


 マリーはアユムが何やら作戦を立てていることはわかっていたが、特に手出しをすることはしない。一応、訓練だし。彼女としても、アユムがどんな戦術を組み立てるのか楽しみでもあったのだ。


 やがて、考えがまとまると、アユムはイトミクに指示を飛ばす。


「イトミク! 相手と距離をとりながら、《サイコキネシス》で攻撃だ!」


 ライセンス取得試験の際、アユムが試験勉強する傍ら、実技試験の対策として、イトミクとルビー:カーバンクルは特訓をしていた。二匹のレムレスのコーチはイクシリアである。

 特にイトミクは、イクシリアと同じ念属性なので学ぶことも多かった。ルビー:カーバンクルはお察しの性格のため、そうそうに飽きてサボっていたが、イトミクは違った。

 主人の助けになることを信条とするイトミクは特訓によってめきめきと力を付け、《影分身》の他、新たに二つの術技を会得していた。


 そのうちの一つが今、放った術技――《サイコキネシス》である。

 《サイコキネシス》は念属性の基本術技の一つであり、習熟度によって威力が大きく変わる。イクシリアのように大木をねじ切れる程のメチャな威力は出せないが、実戦でも充分通用する精度になった。


 イトミクが繰り出した渾身の術技だったが、イクシリアは平然とした顔ですましていた。

 ぜんぜん効いていない。《サイコキネシス》による念波がイクシリアの目の前で霧散してしまったようだ。


「念属性の術技は捉えにくいし、回避も困難。……普通はね。でもイクシリアの属性は念・影属性。普段から念属性の術技を使い慣れているレムレス相手に、付け焼刃の念力なんて効かないわ」


 マリーの言葉通り、イクシリアはイトミクが繰り出した《サイコキネシス》を同じ《サイコキネシス》で正面から消し飛ばしてしまったのだ。それだけ二匹の力の差は大きいということを、アユムは今更ながら思い知る。


「……っ! なら、こうすりゃどうだ? イトミク、突撃だ!」


 イトミクは身体能力に長けたレムレスではない。それゆえ、物理的な攻撃は不得手としている。だからこそ、マリーの虚をつける。そう考えたアユムの作戦だったが……。


「意外性を活かすのはいい着眼点だったけど、残念だったわね」


 イトミクなりに渾身のビンタを見舞ったつもりが、イクシリアの姿が煙みたいに突如として消えてしまった。


「まずい! かわせイトミク!」


 攻撃したと思った瞬間、イクシリアは《影分身》を発動させたのだ。カーぼうがやられた時と同じ術中にはまってしまった。

 イクシリアは隙だらけになったイトミクに《影銃弾》を射出する。

 空ぶった反動でかわせるはずもなく、黒い光弾が命中し、イトミクの姿は消えた。


 そう……消えてしまったのだ。


 思い描いた通りの展開にアユムはほくそ笑む。計画通りとはまさにこのこと!

 種は単純。イトミクもイクシリア同様、《影分身》を使ったのだ。イクシリアと違って、一回使っただけで魔力を大分消費してしまうが、隙を作り出すことには成功した。

 アユムは呪文札を使って、さらにたたみかける。


呪文札起動スペルオン――【ウィークネス】!」


 瞬間、イクシリアは足に重しがついたように動きが鈍くなる。

【ウィークネス】は基本的な弱体効果の一つであり、アユムの中途半端な呪文札では持続時間は少ないが、一応相手にデバフをかける効果は発動した。


 僅かな隙さえできてしまえば……すかさずイトミクがアユムの指示でもう一つの新技をしかける。

 念動力で亜空間を作り出し、任意の場所に瞬時に移動する術技――《テレポート》。

 高度な集中力を必要とするため、連続しての使用はできず、使った後に一定のインターバルをおかなければならないし、移動できる距離かなり短い。イクシリアほどのレムレスなら、主人と一緒に遠くの街まで一瞬で移動できるが、イトミクにはまだムリである。だが、相手の攻撃を瞬時に避わしたり、隙を突いて背後を取ったりと応用の効く技である。


 《テレポート》により、イトミクが再びイクシリアの背後を取った。イクシリアはまだ【ウィークネス】によるデバフが残っていて、イトミクの攻撃に対応できない。


「これでチェックメイトだ!」


 威力こそ、カスみたいなものかもしれない。だが、イトミクのビンタ攻撃がついにイクシリアに到達しようとする……その刹那。


「それはどうかな?」


 マリーがぽつりとつぶやいた。その顔は不敵な笑みをたたえている。


呪文札起動スペルオン――【ショック】」


 マリーが掲げた呪文札から、凄まじい速度の電光が飛び出し、攻撃動作に入っていたイトミクを貫いた。


 ――電光一閃。


 マリーが発動した呪文札による一撃で、イトミクは体力が尽きてしまい、結晶石の姿に戻ってしまった。


 あまりにも呆気ない幕切れに、アユムはがくりと膝をついた。

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