第6話 契約

「ふーん。マリーの説明でその結晶石っていう石にイトミクやイクシリアが出し入れできることはわかったけど……、俺にはそのレムレスってのが、まだいまいちわかんなくて」


「レムレスとは何か……ね。単純だけど難しい質問よ。私の研究テーマでもあるし」


「研究……て、マリーは学者か何かなのか? まぁ白衣着てるけど」


「へへん。これでもエラーイはかせなのよ。白衣着てるでしょ。ちなみに論文は一つも書いていないわ」


「それって学者って言えるの……?」


「話を戻しましょう。レムレスとは何か。簡単に言うと、いくつかの共通項を持つ魔力生命体のことを、私たちはレムレスと呼んでいる。そして、レムレスを操り、育成し、戦わせる者を『操獣士テイマー』と呼んでいるわ」


 自称学者のマリーによる熱の入った講義が始まった。見ること聞くこと新鮮なことばかりで、アユムは非常に熱心な生徒だった。



 レムレスとは何か――。これは現代の学会でも議論が繰り返されており、その定義は学者によって異なる場合もある。マリーがアユムに説明しているのは一般的な定義としてのレムレスである。


 レムレスはここイーノス地方に確認できるだけでも100種類以上いて、生態も様々なのだが、共通している点がいくつかある。

 結晶石と呼ばれる特殊な鉱石を用いて人間と魔力的契約を結ぶことで、使役することができ、その際、結晶石がレムレス自身の持つ魔素に反応して青白く発光するのが特徴だ。

 二つ目に、体の構成物質のほとんどが魔素であるため、魔素がなくなると消滅してしまう。

 人体を構成する細胞の大部分はタンパク質でできているが、それが魔素に置き換わっていると考えてもらっていいだろう。魔素は窒素や酸素などの原子と同じように空気中に含まれているため、通常であれば枯渇こかつすることはなく、したがってレムレスの寿命は永遠なのではないかという説もあるが、この点については推測の域を出ず、疑問視されている。

 何らかの要因で魔素が枯渇したレムレスは消滅してしまう。消滅したレムレスは長い時間をかけて空気中の魔素を取り込んで体を再構築し、世界のどこかに出現するとされているが詳しいことはわかっていない。いずれにしろ魔素に由来した魔力を集めるのがレムレスの基本的な行動原理、本能行動と考えられている。

 結晶石が反応する。体が魔素で構成されている。この二つの特徴を持つ生物がレムレスと呼ばれ、人間の長い歴史の中で共に暮らしてきた。


「魔力っていうのは、まあ筋力と同じようなもので、誰でも少なからず持っている。もちろん個人差はあるから、魔力が大きい人も少ない人もいる。レムレスは基本的に魔力を求めるから、人間と契約する時も、魔力が大きい人だとスムーズだったりするわね」


 マリーは空の結晶石を一つ手に取り、アユムに手渡す。


「論より証拠。色々説明したけれど、まずやってみた方が早いわ。それに何かがきっかけで君の記憶が戻るってこともあるかもしれないし」


「結晶石……これを俺にどうしろと? 俺はマリーみたいな魔法は使えないぞ」


「魔法じゃないわ。誰にだってできる技術よ。アユム君には今からその結晶石を使って契約をしてもらう。その結晶石をイトミクに向けてみて」


 言われるまま、アユムは結晶石をイトミクの方へ向ける。すると、イトミクの体に反応するように結晶石がまとっていた燐光りんこうが強くなる。


「契約の方法は実にシンプルよ。空の結晶石を向けて祝詞をつむげば、レムレスを封印でき る。あとはレムレスの封印された結晶石を己の魔力で縛れば契約完了よ。結晶石を持ったまま、契約の言葉をつぶやくの。祝詞のりとはこうよ………『我が名はマリファ・ヴィオラート。我が願いにこたえ、いにしえの盟約を結びたまえ』。さ、やってみて」


 イトミクはぱっちりした目でアユムをじっと見つめている。攻撃してくる気配はない。


「よし。イトミク。今から契約? をすることになるんだが、準備は大丈夫か?」


 アユムの言葉を理解してるのか、イトミクは前髪の奥に隠れた瞳を一瞬のぞかせ、にこりと微笑むと胸の前で小さくぐっと拳をにぎる。どうやらいつでも準備OKらしい。


「我が名はアユム。我が願いに応え、古の盟約を結び給え」


 アユムはマリーに教えられたまま祝詞をつぶやいた。言葉を言い終えた瞬間、カッ!と結晶石が一際輝くと、イトミクが石の中に吸い込まれていく!

 アユムは全身が熱くなるように感じた。体中を流れるエネルギーが手にしている結晶石の方へ流れ込んでいくのがわかる。

 全身の血管がどくんどくんと脈打ち、いつしか額には汗が浮かんでいた。これがマリーの言う魔力というやつなのだろうか……不思議な感覚だ。まるで見えない力を引っ張り合っているみたいな感じがする。

 結晶石を通して、何かが自分の中に流れ込んでくる。手の中の結晶石はさっきまでとは比較にならないくらい、重く、熱く感じる。思わず手放しそうになったところ、


「手を離しちゃダメ! そのまま握り続けて!」


「そうは言うけど……っ!」


 契約を完了するには自分の魔力で結晶石を縛らないといけない、とマリーが言っていた。

 だが、魔力の扱いなんてアユムは知らないし、今は見えない力の綱引きに負けないようにするので精一杯だ。結晶石から感じるエネルギーの流れを制御するなんて、とてもそれどころじゃない。


「落ち着いて、アユムくん。流れ込む魔力を感じ、己のものとするのよ。熱くならずに、結晶石から流れる魔力を受け入れるの」


 アユムは目を閉じて、結晶石から流れてくるエネルギーに集中した。このエネルギーがおそらくイトミクの魔力ってやつなんだろうと思う。契約を完了させるには、この魔力を自分のものとして制御しないといけないらしいのだが……苦しい状態が続いている。だが負けじとアユムは結晶石を離さず握り続けた。だが、魔力の奔流をとどめるのは今のアユムには高難度だった。

 やっぱり知識も何もない自分が、初めてで契約を成功させるのなんて無理だったんじゃないか……アユムがそう思い始めた時、ふと彼の脳裏に声が響いた。可愛らしくも凜とした不思議な声色だった。


『――不思議な人。こんなに澄んだ心を見たのは初めてよ。きっとあなたなら本当のわたしを見つけてくれる――そんな気がする』


 声はそこで遠のいていき、意識がはっきりしてくる。ぱちりと目を開けると、手の中に収まった結晶石は穏やかに発光していた。


「どうなったんだ……?」


 今も結晶石を握る手からエネルギーの流れみたいなものを感じるが、先ほどまで激流のごとく感じていたそれは、今は嘘みたいに落ち着いていた。


「いやぁ……まさかホントに契約できちゃうとは。やるじゃないアユムくん」


 契約に失敗した場合は、魔力が暴走して結晶石が砕け散る。今、アユムの手の中にある結晶石が穏やかな光を放っているのが、無事に契約に成功したという何よりの証である。

 魔力の扱いすら碌に覚えていないアユムが結晶石の契約に成功するとは思っていなかったマリーはひそかに驚きの念を抱いていた。

 アユムは手にした結晶石を見つめる。このピンポン玉程度の大きさの小さな石にイトミクが封印されているとは、なんとも不思議な気持ちである。


「マリー、この石に入っているイトミクを出してやるにはどうしたらいいんだ?」


「簡単よ。石を握りながら、召喚の祝詞を口にする。そうすれば、結晶石の封印を解いて、中のレムレスが姿を現すはずよ」


「なるほどな。じゃあ……召喚、イトミク」


 アユムがつぶやくと同時に、結晶石がパキパキと音を立てて崩れだし、イトミクが姿を現す。ちなみにマリーの説明によれば、結晶石は見た目上砕け散ってしまっているが、契約と同時にレムレスの体と同化しており、自在に結晶石の形をとることができるようになっているんだとか。アユムにはぼんやりとしかわからなかったが、イトミクがアユムの意思で結晶石の姿に変身できるようになった感じなんだそうだ。


「さてと。ひとまずレムレスとも契約できたわけだし、アユム君に一つ提案があるのだけど」


 マリーはカップに熱いコーヒーを注いで飲む。そーいえば、大事なことをすっかり忘れていたことに今更ながら気がついたのだ。

 玄関先から聞こえてくる怒号……アユムには聞こえていないようである。マリーはカップにコーヒーを注いで、アユムにすすめる。


「少し疲れたでしょう。コーヒーを飲んでから、外に来なさい。話があるわ」


 それだけ言って、マリーはすっくと立ちあがり玄関から外に出る。


 玄関先には彼女がすっかり忘れていた存在……子犬のようなレムレスがひどく不機嫌な顔で罵詈雑言ばりぞうごんを言ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る