第2話 機獣、襲来

 突如飛来した光線はアユムの髪の毛をわずかに焼きがすに留まったが、後ろを振り返ると、光線が通った後は惨憺さんたんたる景色へ変貌へんぼうしていた。

 光線というより、多大なエネルギーを持った熱線と言った方が近いだろう。熱線にあてられた木々は燃焼を通り越して、赤熱した状態のまま一部が溶岩のように解け出している。恐ろしいまでの温度であることが伺える。


「なんだよ……これ……!」


 今自分は夢を見ている――そんな感覚を捨てざるを得ないような光景だった。自分の周囲で融解した木々や、燃えている地面から伝わってくる熱が、夢であってほしいという幻想を否応いやおうもなく打ち砕く。これは夢なんかじゃない……ホントの現実なんだ……迫りくる危機に対して危険信号を鳴らし続けているアユムの本能が、甘ったれた夢想を否定する。

 絶望的な現実と向き合いながら、アユムは己の勘違いを恥じていた。

 イトミクは光線を何らかの力で事前に察知し、強引な突進で破壊的な威力の光線からアユムを守ってくれたのだ。


「お前、守ってくれたのか……?」


 しかし、ただではすまなかった。イトミクは突進の際、右足の先端をわずかに光線に当てられたらしい。肌が赤くなってひどい火傷になってしまっている。


「お前、足が……!」


 イトミクの角が未だ青い発光を続けている。危険を感じている証拠だ。

 それを裏付けるように、再び赤い閃光が飛来し、眼前の木々が熱光線でなぎ倒される。もうもうと土煙が上がる中、アユムの目の前に機械的な駆動音と共に、赤い閃光の主が現れた。


 恐竜のような姿をしているが全身が鋼鉄に覆われたロボットのような姿。体中に大きさがバラバラな歯車がいくつもついており、激しい駆動音を発しながら回転している。二つの機獣の目は赤く点滅していて、友達になれそうな雰囲気は微塵みじんも感じられない。

 木々を溶かすような熱光線を放ったのは間違いなくこいつだ。そして、どういうわけか知らないがアユムはこいつに敵と認識されている。倒れているイトミクには見向きもせず、アユムの方だけを不気味な赤い視線が捉えている。


 機獣の体の歯車が高速で回転し始めた。ギュイイィィン――と、明らかに危険な音を発しながら、奴の口元に赤い光が収束し始める。歯車の回転が一瞬ぴたりと止まり、次の瞬間口から赤い閃光が正面の全てを焼き尽くす。アユムは間一髪でかわすことができたが、再び機獣の歯車は高速回転を始め、次の攻撃の準備に入っている。


 あのフザけた威力の光線は何度も連続で発射できるものではないらしい。光線を撃つ前に歯車が高速回転を始めていることから一定のインターバルが必要のようである。あの威力の光線を連続で撃たれたらひとたまりもない。この辺り一帯が焼け野原になるのも一瞬だろう。攻撃のタイミングさえ見切れれば、けられるかもしれないが……。

 だが……避けてその後どうする? 機獣の体は見るからに硬そうで、生半可な攻撃じゃびくともしなさそうだ。対してアユムには武器らしいものは何もない。辺りをさっと見回すも、小石や小枝が落ちてるくらいで、そんなもの投げつけたところで奴にはなんらダメージを与えられそうにない。


 そんな時アユムの横で、イトミクが火傷した足を押さえながら立ち上がった。


 イトミクは両目に機獣をしっかと見据えて両手を掲げる。イトミクの周囲にかすかな風が巻き起こり、地面に落ちていた拳大の石が付近の砂ぼこりや葉っぱと共に浮かび上がる。宙に浮かんだ石はイトミクが機獣の方に腕を指し示したのに合わせて、意思を持っているかのような動きで飛んでいく。

 共に巻き上げた砂礫されきや落ち葉とともに、石は機獣の脳天に直撃して、光線の充填じゅうてん作業を中断させた。機獣にとっても、全く意図していない攻撃だったのだろう、ギ、ギ、ギ、ギ……と不気味な駆動音を発生ながら、赤く点滅する眼でイトミクを見据えている。明確に敵として認識したらしい。光線のチャージ態勢に入っている。


 一方のイトミクは何らかの力を使い果たしたのか、明らかに疲労した様子で、立っているのもやっとのようだった。あのままじゃ、あいつ……光線に撃ち抜かれちまう…………。


 考えるよりも咄嗟とっさに体が動いていた。機獣の光線が放たれる寸前、アユムはイトミクを抱きかかえて、前方に飛び込んだ。光線の直撃こそ間一髪まぬがれたが、左の肩口をわずかにかすったようだ。光線がかすった箇所が黒く焼き焦げている。


 機獣はすぐに次の光線の準備に入っている。奴に対抗する術は何もない。絶望感が全身にからみついて足がすくんで動かない。ホントに死ぬかもしれない。そんな残酷な現実がアユムを恐怖で縛り付けていた。


 機獣の口から収束しきった光が発射される。


 光が自分を貫く! そう思った時、草葉の陰から火球が飛び出し、機獣に命中する。その衝撃で狙いが外れてアユムは九死に一生を得た。


「なにぼさっとしてんだ! こっちだ! 早く!」


「え、お前……さっきの?」


「死にたくなけりゃ、走れ! 次の光線が来るぞ!」


 飛び出してきた子犬が手招きしながら叫ぶ。

 選択肢などあろうはずもなく、アユムはイトミクを抱えて子犬が呼んだ方に駆け出した。


 あちこちに木の根が張り巡らされていて足元が悪い中、アユムは必死に走り続けた。

 時折、背後からぞっとするような閃光が飛来してくるのを、イトミクの指示で回避しつつアユムは走り続けた。どれくらいの距離を走ったのかわからない。前を飛ぶ子犬についていくまま、他のことを考える余裕もなく走り続けているうち、歯車の駆動音は聞こえなくなった。

 呼吸をするのも忘れて走っていた反動が今になって襲ってきて、アユムは嗚咽おえつとともに近くの樹に背をもたげた。腕の中に抱いているイトミクはひどく衰弱している。思ったよりも光線がかすった時の傷がひどいらしい。頭の角は頼りなげに、か細く光っている。


「ここまでくりゃ、一息つけそうだな」


 先導していた子犬のような生物もさすがに疲れたのか、近くの枝にちょこんと座って舌を出してぜえぜえいっている。限界だったのはアユムも同じだ。


「はぁはぁ……ッ、なんだったんだ、あのロボット野郎。わけわかんねぇ。マジで死ぬとこだったぞ……」


「そこのチビ助。さっきの一撃は見事だったぜ。ま、奴には大して効いちゃいなかったようだけど。あれじゃ全然足りないね」


 先ほどのイトミクと機獣のやりとりを子犬が偉そうに分析している。

 どうやら草むらの陰に隠れてアユムたちのことをずっと観察していたらしい。子犬が咄嗟とっさに機獣のタイミングをずらす攻撃を仕掛けてくれたおかげでなんとかなったが、それにしても随分えらそうな物言いだ。非常事態だったからスルーしていたが、そもそもしゃべる子犬ってなんだ? どう考えてもおかしくないか?

 一見して子犬っぽいなと思ったが、よく見ると普通の子犬らしからぬ特徴が見受けられる。背中には小さな翼が生えてるし、ひたいの真ん中、眉間みけんの上あたりにひし形の赤い宝石がついている。

 だが、明らかに変な子犬とはいえ、会話ができるのは助かる。

 突然襲ってきたあのロボットは何なのか? そもそもここはどこなのか?

 アユムには聞きたいことが山ほどあったが、口を開く前に子犬が出し抜けにつぶやいた。


「なぁお前、ちょっといいか? こんなこと聞くのもなんだが、ここ……どこだ? さっきのアイツやばすぎだろ。なんであんな怒ってんだよ? 知ってるなら教えてくれ」


 アユムは二の句が継げないでいた。質問をしたいのは自分の方だったというのに、子犬の方も現在地について詳しくないらしい。頼みの綱が瓦解がかいするかのようにショックを受ける。


「……俺もわからない。どうやら記憶喪失ってやつらしくて、気が付いたらさっきの場所に倒れてた。正直、ここがどこなのかわからないし、状況についていけてない。記憶がない中でなんだが、子犬がしゃべるのもなんか変だと思うし」


「おれは犬じゃねえ! ……にしても、お前も記憶喪失だとはな。まいったぜ、こりゃ」


「お前も……ってことは、まさか犬。お前も記憶喪失なのか?」


「だから、おれは犬じゃねぇ! ご生憎さま。俺も記憶があやふやでな。今の状況がさっぱりわからねぇ。お前、名前は?」


「下の名前はアユム。それだけしか思い出せない。名字もあったはずだけど」


「アユム……変な名前だな。ま、名前も思い出せないおれよりマシじゃねえか」


 出し抜けに人の名前をバカにするとは失礼な奴である。

 名前も忘れてる俺の方が大変だと、無駄に悲壮感を漂わせつつ、犬っぽい生物はここに至るまでの経緯を説明してくれた。

 川のほとりで目を覚ました彼は、自分が記憶をなくしていることに気が付いて、慌てていた。腹が減っていたので、ひとまず腹ごしらえをせねばと思い、木の実を探して川の付近を散策していたところ、先ほど襲ってきた機獣に遭遇そうぐうした。機獣は彼を見つけるなり、大きなうなり声を上げ、突然攻撃してきたという。


「あいつ絶対、頭イカれてるぜ。んで、まあ夢中になって逃げてたら、アユムたちと遭遇したってわけさ」


「なるほどな。ちなみにお前が目覚ましたのってどれくらい前だ?」


「どれくらい……んー、太陽はまだ東向きだったな。ちょうどこんくらいだ」


 子犬は前足の指を器用に折り曲げてみせる。アユムは空を見上げた。木々に隠れてよくは見えないが、太陽の光はちょうど頭上から注いでいるように見える。ここが北半球なのか、南半球なのかもわからないけど、子犬の言葉本当なら太陽の向きから考えて、彼が目覚めたのとアユムが目を覚ましたのは、ほぼ同時刻くらいに思われた。

 偶然か? それとも何か関係があるのか……? 考えるにしても情報が少なすぎる現状では、単なる憶測の域を出ない。

 アユムが考えにふけっていると、子犬が怪訝けげんな目つきでつぶやく。


「なぁ……さっきから気になってたんだけど、お前が持ってるそれ……なんか光ってるぞ。なんだそれ?」


 子犬が長い尻尾で示したのは、アユムが見つけたまっさらな表紙の本だった。機獣から逃走する際にイトミクを抱えるのと合わせて咄嗟に持ってきたが、確かに彼が言うように本はほたるの光みたいにじんわり光っている。本全体が光っているわけではなく、特定のページが光っている。イトミクの解説文が浮き上がって来た時と同じだ。今は二か所が光を帯びていた。

 アユムは本を手に取って、光っている箇所のページを開いた。


「これは……また、新しい文章が書いてある」


「もともと書いてあったんじゃねえのか?」


「ああ。俺が拾った時はすべてまっさらな白紙だったんだ。お前たちがやってくる前、本が光って、白紙だったページにイトミクの解説文が書いてあった」


「じゃあまた光ってるってことは……」


「ああ。また何かの解説文らしい。読んでみるよ。


『名称:ルビー:カーバンクル。分類:幻獣種。属性:無。大きさ:0.7m。重さ:5kg。解説:ふさふさの体毛は武器にもなる優れもの。好物はうめぼし。』


 ……だって。なんだこれ? ところどころ読めない箇所があるし、誰かわからないやつの好物を知ってどうしろっていうんだ?」


 ところどころ空欄になっていたり、判別できない箇所があるぎ状態の文章が羅列られつされている。説明もざっくりしていて大雑把おおざっぱだ。

 本をながめていた子犬が、なんだか照れたような顔をして言う。


「この文章、もしかしておれのことが書いてあるかもしれない」


「え? このルビー:カーバンクルっていうのが? ……まぁ、言われてみれば、そう思えなくもないな」


 解説文を読んだ後、アユムはあらためて子犬をじっと観察する。額の部分に赤い、宝石らしきものがついてるし、毛はふさふさ。大きさもそのくらいだ。アユムは謎の子犬をルビー:カーバンクルと認識することにした。とはいっても、ルビー:カーバンクルがどんな生物なのか彼自身にもわからない。結局よくわかんない生物ってことは変わらなかった。こいつがなんで普通に会話できるのかも書かれてないし。


「なんか急に自分が解説されるって、ちょっと恥ずかしいな」


「俺に言われても困る。勝手に本に文字が浮かんで来たんだ」


「何か思い出せるかと思ったが、さっぱりだな。それにこの本に書いてあることが本当なら、おれの仲間たちはだいぶ数が少ないらしい。だいぶ心細くなってきたぜ」


「……にしてもお前も、イトミクにも同じ記述があるな。《レムレス》っていうのはなんなんだ?」


 すると、ルビー:カーバンクルはより一層怪訝な目つきでアユムを睨む。


「あらためて言われると答えにくいな……。ま、おれ達みたいなやつのことを人間は《レムレス》って呼んでる」


 要するによくわかんない生き物の総称か。学術書の専門用語的なもんだろうと納得し、アユムはもう一度本の記述に目を落とす。本のページを流し読みした時、全部を詳細に見たわけではないけど、確かに白紙だったはずだ。何らかの条件で本が光り、文章が浮かび上がる。それはどんな条件で? 


「アユム。とりあえずもう一つのページを見てみようぜ。光っている箇所がもう一か所あるだろ」


 ルビー:カーバンクルにそう言われて、アユムは考えを中断し、淡く光を帯びていたページを開く。さっきのページもそうだったが、開いた瞬間、光は消えてしまうようだ。原理が謎過ぎて、深く考えると頭が痛くなりそうだ。

 光っていたページにはやはり何かの解説文が記載されていた。


『名称:ギアノロイド。分類:機獣種。属性:鋼。大きさ:1,9m。重さ:180kg。

 解説:ネジロイドが深化した姿。鋼鉄の体はさらに堅くなり、並の攻撃を受け付けない。大人しく争いを好まない優しい性格――』


 そこまで読んだとき、ドシン!という地響きがして、足ににわかに振動が伝わってきた。


「……話は後だ」


「ボクもそう思う」


 だが、今一歩遅かった。二人が走り始めた途端、赤い閃光が飛来した!

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