第30話 代償

「これでよし。ステータスボードを見てごらん?」


 魔法の改良はあっという間に終わった。それこそ、5秒くらいである。そんな簡単にできるなら、他の隊員も色々やって欲しい。


「たしかに、創造魔法が進化しているな……あれ、合成魔法は?」


「合成魔法も何かを作る、っていう点は変わらないから『真・創造魔法』と複合されたよ。これで、新しい魔道具作りにも精が出るね?」


 ステータスボードを確認すると、創造魔法は『真・創造魔法』に進化し、合成魔法は消えていた。これで、チート魔法具作り放題ってわけだ。


「ふう……これで、ボクの仕事は終わりだよ」


「ありがとよ……って、お前、体が光ってるぞ?」 


 メアリに目を向けると、なぜか淡い光に包まれていた。


「アハハ……ボクも初めてだから、こうなることは知らなかったな」


「初めてって? 誰かの魔法を改良することとか無かったのか?」


「無いよ……神力を使い切ってしまうからね」


「そりゃ、こんな馬鹿みたいな魔法を好きなように授けるわけにもいかないのか。ゆっくり休めば回復するんだろ?」


 神力とやらが回復したら、また好きな魔法を与えてもらうことも出来るだろう。

 そんなことを考えていた俺の心を読んだのか、メアリは呆れたように話し始めた。


「まったく、君は現金なやつだな……。それはもう難しいんだ。君に託すことにしたからね」


「託す? それってどういう……?」


 俺がそう尋ねようとした時、聞き覚えのない女性の声が俺の耳に届いた。


「メアリ!!!」


 いつの間に現れたのか分からなかったが、俺と同い年くらいに見える若目の女性がメアリに駆け寄った。白いドレスのようなものを身につけているが……他の世界の神か?


「あれ、フランソワさん。来ちゃったんだね……」


「あんた!! 自分が何をやったか分かってるの!?」


 フランソワ、と呼ばれた女性はひどく怒っているようだった。しかし、一方のメアリは困ったようにヘラヘラしているだけだった。

 なに?こいつまた何かやらかしたの?


「あの……フランソワさん? 邪魔であればそろそろお暇したいんですけど……」


 さすがに人の説教を聞きたい訳ではないので、俺は元の世界に戻してもらおうとした。

 しかし、フランソワと呼ばれた女性の様子がおかしいことに気がついた。宝石のように綺麗な目からは大粒の涙が溢れていたのだ。


「……あなたね? メアリから力を授かったのは?」


「ええ、邪神を倒すのに必要な魔法を授かりましたけど……メアリ、何か悪いことでもしたんですか?」


 フランソワさんがなぜ泣いているのか、なぜメアリが怒られているのか分からなかった俺はそう尋ねた。


 すると、フランソワさんは俺とメアリの顔を見比べてしまった。


「メアリ、あなたまさか、説明しなかったの……?」


「いやあ、説明すると断られると思ってね……。そこの多々良くん、プレッシャーに弱いみたいだし」


「ほんとにもう! あんたって子は!!」


 フランソワさんはそう言うと、メアリのことを抱きしめた。

 正直、俺たち魔法隊は蚊帳の外である。帰りたい。


「……私が納得いかないから説明するわ。多々良君、でいいのよね?」


「はい、多々良拓也です」


「私はフランソワよ。メアリの……姉みたいなものかしらね。ところであなた、神力が無くなった神がどうなるか知ってる?」


 ポロポロと涙をこぼしながら、フランソワさんは俺に問いかけた。もちろん、そんなことは知る由もないので首を横に振る。


「メアリは、自分の神力以上の力を使ってしまったの。今まで溜め込んでいた神力を一瞬で使い果たすほどの魔法を、あなたに授けたということよ。……そして、メアリの神力はなくなった」


「まあ、そこまでは理解できますが……」


「そして、足りなかった神力の分、魂をすり減らしてまで力を使った代償がこの姿なのよ」


 そう言われたメアリは照れるような笑顔を浮かべ頭をかいていた。メアリ、フランソワさんは絶対誉めてないと思うぞ。


「それじゃしばらくメアリは休まないといけないってことですか?」


「…………のよ……」


「はい? 今なんと?」


 フランソワさんの声が聞き取れず、俺は聞き返した。


「……こうなったら神力は戻らないのよ!」


「戻らない? なんでですか?」


「魂を代償にしたからよ……。もう、メアリはどこの世界でも存在できなくなったの……」


「…………まさか死ぬってことですか!?」


 俺はそこで、フランソワさんが取り乱している原因を理解した、理解してしまった。その瞬間、全身に凄い勢いで鳥肌が立っていくのが分かった。


「あなたたちが考える生物としての死じゃないわ。魂も消え去って、この世界のどこにも存在できなくなる。生物としての死とは比べ物にならないほど、残酷なものよ……」


「……お前は! 俺にいくつ隠し事をすれば気が済むんだ!?」


 自分の魂を代償にするなど、一言も言わなかったメアリに対し、俺は腹の底から湧き上がる怒りを抑えることができなかった。


「そんなに怒らないでよ……。君って本気で怒ると怖いよ?」


「ふざけるのも大概にしろ! お前の魂を削ってまで、俺に投資しなければいけなかったのか!? 邪神は、そんなに、強いのか……?」


 そこで俺は、自分が泣いていることに気がついた。感情の昂りが抑えられず、我慢出来なかったのだ。


「泣かないでよ……。ほら、君らしくないよ? それに……ボクにはこれくらいしか出来ない。地球の神として、人類を救う人間は多々良くん、君しかいないと感じたんだ」


「馬鹿言え! 神なら邪神くらいどうとだって出来るだろ! 人間の力なんて無力だ! お前らみたいに長生きできる訳でもない、アイガス教の奴らにさえ殺される、弱い生き物だ!」


「違うよ、多々良くん。世界を救うのは君たちしかいない。君は魔法隊と言う素敵な環境で育つことができる。それに、君には人を想って泣いてくれる優しさがある。そういう心を持った人間は間違いなく強い。ボクはそう信じている」


 そこで、メアリを包んでいた光が一段と強くなり、メアリの体が透けていることに気がついた。


「もう、時間が無いみたい……。フランソワさん、この子達をお願いしますね」


「……まったくもう! 最後まで世話の焼ける子なんだから!」


「最後に、多々良くんお願いがあるんだけど良いかな?」


 メアリは今にも消えそうだと言うのに、恥ずかしそうな表情を浮かべてそう尋ねてきた。


「……おう。なんでも聞いてやる」


「最後に、抱きしめてよ。人の温もりを感じたいんだ」


「分かった」


 俺はそうして、メアリを強く抱きしめた。

 その存在を忘れないように、強く。


「強すぎるよ多々良くん……でも、温かい。きっと、君の心が温かいからだろうね」


「……絶対、邪神を滅ぼしてみせる。お前の力で、必ず……!」


「頼んだよ。最後に君に会えてよかった。ありがとう……」


 そうして、メアリを包む光が目も開けられないほど強い光になる。

 

 光が止んだ俺の胸の中には、すでにメアリの姿は無かった。

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