第12話 青仮面の吟遊詩人


 翌朝、シンディはいつものように朝食の席についていた。

 目の前には甘ったるいお菓子のような朝食が並んでいる。


 テーブルの向こうには、ミートキッシュを美味しそうに頬張るルーカス王がいた。


(うう。美味しそう。私もミートキッシュが食べたいのに……)


 黙々と食べ進めるルーカス王の顔を初めてじっくり見てみると、やっぱり爽やかで若々しい。

 鼻筋が通っていて、変なちょびひげなんてはえていない。

 サラサラの黒髪は健康的で、変な外はねカールもなくて素敵だ。

 もちろん顔に白粉おしろいなんて塗りたくってなくて、健康的な肌色をしている。

 服装もいたってまともだ。

 赤い瞳は深みがあって、昨日もらったルビーのように透き通っていた。


(どう考えてもルーカス陛下の方が百倍素敵なのに……)


 ルーカスを嫌って吟遊詩人マロと浮気するシンシアの気が知れない。


「なんだ? 何か言いたいことでもあるのか?」

「!」


 気付けば、ルーカスが眉間を寄せてシンディを見ていた。

 しまった。ついじっと見つめてしまっていた。


「あ、いえ。美味しそうに食べていらっしゃると思って……」


「こんな野蛮な料理をよく食べているなと言いたいのか?」


「い、いえ。そんなつもりでは……」


 シンシアがルーカスに興味を示すのは嫌みを言う時だけだ、という関係性ができている。

 それも仕方ない。


 むしろ自分の妻があんな変な男と浮気されていることも知らずに……と思うと気の毒になってくる。


 いや、私のしたことなんだけど。

 いやいや、私はしてないけど……。


 どうしてシンシアは、それほどルーカスが嫌いだったのだろうか、と思った。

 結婚相手として、決して悪い感じではない。

 むしろ好ましいとシンディは思う。


(私なら……政略結婚とはいえ……ちょっと嬉しかったかもしれないのにな……)


 またしても見つめてしまっていたシンディと、ルーカスの視線が再び合った。


「!」


 どきりとして、少しときめいてしまうシンディだったが……。

 ルーカスは迷惑そうな顔をして、急に立ち上がった。


「君にジロジロ見られていると、落ち着かない。悪いが先に失礼する」


 そう言い残して、行ってしまった。

 大嫌いなシンシアに見つめられて食欲がなくなったらしい。


 自業自得は分かっていても、ちょっと傷つく。

 嫌ってもない人に嫌われて、弁解もできないって悲しい。



「ところでゆうべは、マロがずいぶん早く帰ったようですが……」


 ヒルミは部屋に戻って二人きりになった時に、声をひそめて尋ねた。


「あ、ええ。ちょっと無理をして、体調が悪くなってしまったから……」

「まだ、病み上がりのお体には良くなかったのでしょうか。申し訳ございません。少しでも以前のシンシア様を取り戻していただきたくて」


「あ、ううん。いいのよ。ヒルミが私のためを思ってしてくれたのは分かっているの。それでなんだけど……」


 シンディはゆうべシリと立てた作戦をさっそく実行することにした。


「久しぶりにマロに会ってみて、ちょっと飽きてしまったなって感じたの」


「飽きた? あれほど気に入っておられたのに……」


「え、ええ。死にかけただけに好みも変わってしまったのかも。もっと……陰のあるというか……謎のあるような人の方がいいな、なんて思うのだけど……」


「まあ、ではさっそくそのような吟遊詩人が近くにいないか探してみますわ」


「本当に? 嬉しいわ、ヒルミ」


「いいえ。シンシア様が元気になられるなら、私はなんだって致しますわ」


「ありがとう。お願いね」



 そうして数日後に連れてこられたのは、青い仮面をつけた青ずくめの男だった。

 仮面の目元には青い薄布まで貼ってあって、目の色もまったく分からない。

 謎だらけの男だった。


「シンシア様。宮中の噂によりますと、この者が最近、青仮面の吟遊詩人として人気があるそうなので呼んでみました。いかがでございましょう?」


 シンディの目の前に膝をついている男は、顔半分を隠す青い仮面をつけ、肌を白く塗ってちょび髭をはやしている。青い髪は外はねカールだ。


 この装いがどうも吟遊詩人の最近の流行りらしい。


 服装だけは全身青ずくめで騎士のような恰好でマロよりはましだった。


「素敵だわ! 気に入ったわ。二人きりになりたいから、ヒルミは下がりなさい」


 シンディは大げさに目を輝かせ命じた。


「畏まりました。では、しばらく人払いしておきますので、ゆっくりお過ごしくださいませ」


 ヒルミは気を利かせて言うと、そっと部屋を出ていった。


 吟遊詩人と二人きりになると、シンディは堪えきれずにぷっと吹き出した。


「ふふ。うふふふ。あなたのその恰好かっこうったら……」


「まったく……。まさかこんな格好をさせられるとは思いもしませんでしたよ」


 仮面を取ると、見慣れた真っ赤な瞳があった。


「よくお似合いですわよ、アーサー様」


 そう。

 先日、シリと相談してアーサーに吟遊詩人に扮してもらうことにしたのだ。

 そして人気の吟遊詩人だという噂をヒルミの耳に入るように流した。


 王宮に入ってからアーサーと二人で会う機会を作れず、シリを挟んでの連絡ばかりで直接話すことができずにいたが、これで心置きなく二人きりの時間を作れる。


 しかも、今まで通りシンシアが吟遊詩人と浮気を楽しんでいるとヒルミに信じさせることができて一石二鳥だ。


「シリのやつめ。絶対楽しんでたな」


 シリがマロの容姿を参考に、シンシア好みにアーサーを変装させてくれたらしい。

 いつもすまし顔のアーサーがマロの扮装をしているのが可笑しくてたまらない。


「でも眉の位置だけは普通で良かったですね。うふふ」


「それだけは絶対嫌だと死守した」


 アーサーは憤慨しながら言う。


 ともかくヒルミが人払いまでしてくれて、ゆっくり二人で話せるのはありがたい。


「それにしてもシンシア王妃は吟遊詩人と浮気までしていたとは、許せないな」


 アーサーもシリから聞いて呆れたようだ。


「ルーカス陛下をバカにするのもたいがいにして欲しいものだ」


 王の忠臣であるアーサーには、よほど腹立たしいことだったのだろう。

 ただの村娘であったシンディにしても、自分達の王をここまでないがしろにされて気分のいいものではない。


 いや、私がしていることなのだが。

 いやいや、私はしてないけど。


「だが、君と直接話せて良かった。話したいことがあったのだ」


「ルーカス陛下が私のことを何かおっしゃっていたのですか?」


 ルーカスに怪しまれているのかと思ったのだが。


「いや、陛下は以前と変わらず、王妃を毛嫌いしている。問題ない」


「そ、そうですか」


 ばれてなくて良かったのだが、自分が変わらず嫌われていると聞くと複雑な気持ちになる。

 分かっていても気持ちが沈んでしまう。


「それよりも、グラハムに潜ませた密偵の話では、どうも軍隊が国境近くに集結しているようなのだ。ヒルミから何か聞いていないか?」


「ええっ! 軍隊が? 国境近くってまさか……」


「ああ。トロイの村も山の反対側に軍隊が野営している」


「そ、そんな……。まさか……」


「こちらもグラハムに気付かれないように軍隊の準備を進めているが、被害を最小限に食い止めるためにも、君もヒルミから何か聞き出してくれないか?」


「わ、分かったわ。トロイの村のためだもの。何としても聞き出してみせるわ」


「ヒルミはまだ君が以前の調子を取り戻していないから、君に内緒のまま事を進めているのかもしれない。まずは君がしっかりヒルミを信用させることだ」


「ええ。今まではどうしてもルーカス様への罪悪感がまさって、シンシアらしい振舞いをやり切れていなかったけれど、こうなったら容赦ようしゃなくいくわ」


「頼んだぞ。また、五日後にくるから、それまでに何か情報を掴んでくれ」


「分かりました」


 こうして青仮面の吟遊詩人は帰っていった。



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