第九話 The Finale(3)

 突如としてこの場に現れた象牙色の髪の男。ルビー色の瞳を細めてそうお祝いの言葉を述べたのは、レイフ・ブラッドフォードだった。


「……おいおい、勘弁してくれよ」


 まるで瞬間移動でもしているかのように何の前触れなく現れたレイフを見て、ダリウスは冷や汗を流す。目の前でこんな光景を見せつけられては、ゴードンの話を信じざるを得ない気持ちになるではないか。


 悪魔は実在する、と。そしてそれは、警視総監の孫だという目の前の男なのだ、と。


「さあ、アンジェラ。願いを叶えた残りの対価を支払うときだよ」


 ――こちらへおいで。そうアンジェラへと手を差し出すレイフ。アンジェラはレイフをじっと見据えたあと、ゆっくりとルークに向かって振り返った。


「ルーク、」


「はい。承知しております、お嬢様」


 ルークの答えに、アンジェラが満足げな笑みを見せた瞬間。軽く床を蹴ったルークは人ならざる速さで、その勢いのままにアンジェラの心臓を一突きした。


 レイフ、ダリウス、ギルバートの目が驚きに見開かれる。


「お前ぇぇえええ!!!」


 身動ぎもせずに床へと倒れていくアンジェラの身体。明らかに即死と分かるその姿を見て我に返ったレイフの怒りが届く前に、ルークは自分の喉を搔き切った。


 切り口から噴き出す鮮血。空気を求めて喘ぐようなルークの呼吸も、やがてすぐに止まった。


「っ、アンジェラ…!」


 怒りの矛先を失ったレイフは、再び我に返ったように一目散にアンジェラへと駆け寄る。そうしてまだ温かくも事切れたその華奢な身体を抱きしめた。


「ふ…っ、ふははっ。そうか、アンジェラ。お前の復讐には、私とお前自身も含まれていたんだね」


 悪魔に純潔を捧げ、復讐を終えた後に悪魔に一生囚われ続けることを契約の対価にしたアンジェラ。彼女は見事に復讐という願いを叶え、自分自身の亡骸を対価に差し出した。契約の内容に相違はない。


「嗚呼、私のアンジェラ…。お前のそんなところも、私は愛おしいよ」


 レイフが二度と開かれることのないアンジェラの瞼に唇を落とす。そうして彼女の亡骸を抱き上げ、立ち上がった。


「動くな!」


 ようやく我に返ったダリウスが、その銃口をレイフへと向ける。その隣のギルバートはアンジェラの死が信じられないといった様子で、茫然自失のままだった。


「――婚約者を失ったんだ。放っておいてくれないか?」


「…本物のレイフ・ブラッドフォードはどこだ?お前が殺したのか?それとも最初からお前だったのか?」


「…私が見逃してやると言っているのが分からないようだね」


 レイフが大袈裟に溜息をついて見せる。その態度が癪に触ったダリウスはこれがただの脅しではないと知らしめるため、レイフの脚を狙って引き金を引いた。


 パァァァン!乾いた音とともに弾丸が発射される。弾丸がレイフの脚を貫こうとしたその瞬間、まるで空間が歪んだようにレイフの肉体も歪み、弾丸はレイフを通り過ぎてそのまま壁へと撃ち込まれた。


「な…っ」


「お前には私をどうすることもできないよ」


 そう言うや否や現れたときと同じように、レイフはアンジェラの亡骸を抱えたまま、その場から忽然と姿を消したのだった。


「………」


 その場に残された、二人の警察官と二人の男の遺体。こうして一連の事件は、国家警察が最も望まない結末で、終わりを告げたのだった。

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