第五話 The Hair(4)

 アンジェラを安心させるために言ったであろうギルバートの言葉には、たしかに彼の心が込められていた。本心でアンジェラを気遣い、事件を解決したいという気持ちが見て取れた。


「……ありがとうございます、ラーナーさん。ルーク以外でそんな風にわたくしを気遣ってくださる方がいてくれるなんて、本当に嬉しいです…」


「ベイリアルさん…」


 両親を亡くしてから執事と二人だけで孤独に生きてきた少女が、まるで自分に気を許したように笑いかけてくれた。その花がほころぶような微笑みに、ギルバートの心は高鳴った。


 コンコンコン。


 ノックの音に驚いて、ギルバートの手がアンジェラの手から離れる。そうしてアンジェラの許しを得て応接間に入ってきたのは、お茶を用意したルークだった。


「ルーク。傷はもう大丈夫?」


「…はい。頂いたハンカチのお陰で出血はもう止まりました。ありがとうございます」


「よかった…」


 ルークがお茶を給仕している間に、どこか気まずい表情のギルバートはソファーへと戻る。それとほぼ同時に、ダリウスが少々げんなりした表情で応接間に姿を現した。


「ハント警部。ベイリアル卿は無事にお帰りになりましたか?」


「ああ、なんとかな。宥めて帰ってもらうのに一苦労した――っと、すみません。ベイリアルさんの前で失礼でしたな」


「とんでもない。伯父様、随分と興奮されていらっしゃいましたから…。むしろハント警部のお手を煩わせてしまいました」


「いえいえ。お気になさらず」


 そう言ってギルバートの隣に座ったダリウス。お茶でひと息ついたところで、ようやく本題の聴取が進められた。


「――では、ベイリアルさんにはベイリアル卿のいう人物について思い当たる節はないわけですな?」


「はい。伯父様が当主の座を引き継いでからわたくしのところを訪れた方々は、ほとんどが求婚のお話でした。直接、伯父様と繋がりを持ちたいご様子の方もいらっしゃいましたが、そういう方々は伯父様とお知り合いではなかったと思います」


「そうですか。ところで、ベイリアルさんまた執事殿のご存知の範囲で、怪力の方はいらっしゃいますか?」


「怪力、ですか?」


 ダリウスの質問の意図が掴めないといった表情ながらも、アンジェラが後ろに控えているルークの方を見る。ルークもアンジェラを見ながら互いに思い当たりそうな人物を探しているようだが、その様子から心当たりはないようだった。


「残念ながら…」


「ふむ。ではもし何か思い出すことがあれば、お知らせください」


「…あの、犯人が怪力をお持ち、ということなのでしょうか?」


「ええ、我々はそのように考えています」


「怪力の人物……やはり思い当たる人はいませんね。何かあればすぐに連絡します」


 一通りアンジェラから話を聞き終え、聴取が終わる。そうして最後に今後の警備のため、何名かの警察官を屋敷に派遣するということを伝え、ダリウスとギルバートはアンジェラの元を後にした。


 最後まで気遣わし気にアンジェラを見ていたギルバートを安心させるように微笑んでみせたアンジェラ。その二人のやり取りを、ダリウスとルークはしっかりと見ていた。


***


 夜の静寂に溶け込むように、人の気配も少なくひっそりと佇む屋敷の一室。そこでアンジェラはルークに髪の手入れを任せていた。


 するするとヘアブラシが通るその黄金色は、薄く揺らめく蝋燭の灯りに照らされて、時折強く輝く。整えられてより艶やかになった黄金を一房手に取ったルークは、そこに恭しく唇をひとつ落とした。


「――そういえばあなた、燃やしてしまったのね」


 ルークの、執事にあるまじき行為を咎める素振りのないアンジェラ。彼女の呟きに対し彼は、今度は手に取った黄金に頬を寄せながら答えた。


「……あのような粗末なものは燃やしてしまいました。お嬢様の黄金を前に、あの色など見えるに堪えない」


「あら、わたくしもそれなりに美しいと思っていたわ。彼女自身も自慢に思っていたから、さぞ無念だったでしょうね」


 アンジェラが微笑む。そこには、彼女が人であることを忘れてしまうほどの凄艶さがあった。


「さあ、また次の準備をしましょう?」


「かしこまりました、ご主人様マイレディ

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