第四話 The Fiance(2)

「目星というほどではないのですが、今日はその話でこちらへお邪魔したんですよ。――ギル、例のリストを」


 ダリウスに促され、ギルバートが一枚の紙をテーブルの上に置く。そこには、いくつか人の名前が書かれていた。


「これは一体…」


「とある情報を元に署内で調べ上げた、容疑者のリストです」


「容疑者…」


 レイフの問いに答えたダリウスの言葉に惹かれたように、アンジェラはそのリストを覗き込む。どの名前にも覚えがないように思えたが、ただひとつだけ、聞き覚えのある名前を見つけた。


「どれか心当たりがありましたかな?」


 そんなアンジェラの様子を見逃さず、ダリウスがそう問いかける。


「実際にお会いしたことはないのですが…この方。確かわたくしにご子息との縁談を申し込みに、お父様へ会いに来られていたような記憶があります…」


「ベイリアルさんのところにもですか?この人物、ベイリアル卿のご息女にも縁談を申し込んで断られているようなんです。しかしながら門前払いをされてしまい、その後没落してしまったようですが…」


 アンジェラの言葉に答えたのは、ギルバートだった。


「どういった経緯で没落してしまったかは調べている最中ですが、ベイリアル家に逆恨みのような感情を持っていてもおかしくはないですな。没落前の足掻きに縁談と商談を持ち込んでいたようです」


「もちろんまだこの人物が犯人だと決まったわけではありません。他に覚えのある名前はありますか?」


 ギルバートに促され、アンジェラは再びリストへと視線を戻す。レイフまた同じようにリストを眺めていた。


「――この名前。確かベイリアル家と同業の分家の方だったように思いますが」


「よくご存知で。その同業の本家の指示のもと、ベイリアル家にいろいろと手を出そうとしていたようです。ただ、そのどれもが成功せず、ついには本家から縁切りをされてしまったようで…その後の行方は分かっていません」


「少なくとも動機はある、ということか…」


 レイフの呟きを肯定するように、ダリウスは黙って頷いてみせた。


「このリストに載っている家には、より綿密な捜査を開始しています。行方知れずの者もいるのですぐに結果を、というわけにはいかないでしょうが確実に候補を絞っていけるとは思います」


「………」


 着実に捜査は進んでいる。そんなダリウスの言葉にアンジェラは薄く微笑んで頷いたものの、その表情はあまり晴れていなかった。


「この件に関して、ベイリアル卿はなんと?」


「特に何も。ご夫人はご子息を失った悲しみが大きいとのことで、同席されませんでした」


「……ベイリアル夫人のご心情、お察しします」


 ダリウスの返答に苦しげに眉を寄せ、レイフはヘンリエッタへの同情を見せた。


 それからアンジェラの身の周りで何か不審なことはないか、もし何かあればすぐにでも知らせてほしいという言葉を残し、ダリウスとギルバートは屋敷を後にした。


 二人が乗った馬車が遠くなった頃、玄関までアンジェラと共に見送りに出ていたレイフが口を開く。


「あのリストに載っていた家を全て調べるなんて、随分と骨が折れるだろうね」


「……どうして出てきたの」


 アンジェラの声は冷たく、責めているようでさえあった。


「どうして?分かりきったことを聞かないでほしいな。君が心配だったからだよ」


「気取るのはやめて」


「つれないなあ。楽しそうな雰囲気がしたから顔を出しただけだよ」


「……余計なことはしないで」


「余計なことなんてしないさ。――私はいつもお前の味方だよ、アンジェラ」


「―――、」


 甘く微笑むレイフを侮蔑するようにその目を細め、アンジェラは踵を返した。


「――ルーク。次の用意をお願い」


「かしこまりました」


 後ろに控えていたルークの傍を通る際、アンジェラはそれだけを伝える。そうして自室に向かって姿を消したアンジェラを見送って、レイフは小さく溜息をついた。


「いつまでも懐かないなあ、あの子は。……まあ、そこが可愛いんだけど」


「………」


「おや。その生意気な目はなんだい?」


 それは、レイフからルークに向けられた言葉だった。


「執事、お前は生かされている身だということを忘れちゃいけないよ」


「―――、」


 突き刺さるようなルークの視線を受けながら、レイフは屋敷から出て行く。


「――全て貴様の思うようになると思うな、悪魔め」


 どろりとした暗く重い声。憎しみの呟きが、玄関ホールに落とされた。


***


 その日の夜。アンジェラは自室で一通の手紙を読んでいた。


 ――親愛なるアンジェラへ。そんな書き出しから始まる手紙は、今となってはアンジェラが慕う唯一の肉親から届いたものだった。


 トリスタン殺害の件で、国家警察が自分のところにも来たこと。同じようにアンジェラも聴取を受けていると知り、心配しているということ。従兄が殺されるという事件を聞いたアンジェラの心情を気に掛けているということ。少しでも心細く思うようであれば、気兼ねなく自分に連絡すること。その手紙は、アンジェラへの思いやりで溢れた文字が綴られていた。


「――ありがとう、ミシェル伯母様。伯母様には絶対迷惑をかけないわ」


 手紙を胸に抱いて、そう微笑んだアンジェラ。そして返事を書くために、机と向かい合うのだった。

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