第3話 メスガキ・コラテラルダメージ


 世界には、哲学書に答えが全て書いてあるという人もいる。

 或いは映画の中がそうだと言う人もいる。


 ただ、どう見てもその二つに答えはなさそうだった。


 通り過ぎた映画館のポスターを眺める。閉鎖中のそこには、少なくともメスガキを題材にした映画はない。

 或いはシャッターを降ろされた書店の前にビニールで纏められた本の束の中にも、メスガキの哲学書はなかった。

 街には、世界には、オープンなメスガキ文化もメスガキ文学も存在していない。


 当然といえば、当然だろうか。


「おじさん煙草くさーい♡ だめだめ♡」


 そう、通りすがりのおじさんに言われた。

 おじさんに。

 そのおじさんは勇敢な人々に取り押さえられ、或いは逃げ惑う人々によって雑踏は蜘蛛の子を散らすようなパニックになっていた。


 スマートフォンで、画像を取り出す。


 「臭い」「駄目」「雑魚」「弱い」「有象無象」「一山いくら」「へなちょこ」「駄目人間」「鎧袖一障」――連想類語サイトだ。

 これを眺めて、語尾に♥がついているように見えてしまったらそれはメスガキウイルスに感染している初期症状だそうだ。真偽は定かではない。

 或いはこれを読み上げさせるという、そんな判別方法もある。


 民間療法だ。

 ただ、まことしやかに囁かれている。


「うわっ、おまえ雑魚じゃん! ざーこざーこ!」


 また一人。

 友人のスマートフォンを覗き込んでメスガキらしい言動をした少年が、民衆に睨まれた。

 そしてすぐに棒で殴りかかる人と、逃げ出す人に二分された。

 真実は判らない。

 ただ少年は、声も上げることもできないほどに殴りつけられていた。


 メスガキと思しき人間は淘汰される。

 メスガキ・コラテラルダメージと言うのだろうか。


 少なくともメスガキを殴り付けるあれを、メスガキ防疫隊と呼ぶらしい。

 それもネットの知識だ。

 ネットには何でもは書いてはいないが、何でも書いてあると信じている人たちの載せる情報は書いてある。


 少なくとも、まだ、メスガキパンデミックは起きていない。


 初期対応に当たった警察の一部と、自衛隊の一部と、医療チームの一部。

 それがメスガキ警察官と、メスガキ自衛隊と、メスガキ医療チームと化したのがこの国でのメスガキ感染者の実情である。

 人々は、恐れながらメスガキを監視している。


 少なくとも、今、この事態に対して言えることは一つだけだろう。


 この世界に、メスガキの居場所はないのだ。

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