第17話 すぐ行くね

 もう慣れてはいるが、眼をゆっくり開ける。


ここはどこだ?懐かしい香りがする。


【涼、もう起きて、休日勿体ないよ】


この声!!玲奈だ。


やっと戻れた。懐かしい。この雰囲気。


【玲奈ーーー!】


玲奈、この前見たときより大人だ。童顔だから、

年齢よりもたいぶ若く見られてるよね、いつも。


戻った!やっとここに。長かった。


飛びついて、抱きしめて、温もりを感じて、

と現実はそう上手く行かないようだ。


【何すんのー!】


玲奈、会心の一本背負投。一回転して、叩きつけられた、ではなく、ふわっと地面に着地。

受け身こんなに上手いかな、俺?

腕を玲奈が掴んでくれていた。なるほどね。

相変わらず運動神経抜群!俺と違って。


【娘、見てるでしょ?場所考えて!】


そうそう、ごめん………えっ、娘、子供?

ちょっと待て、俺達に子供はいなかったぞ。


【えーと。んーと、娘……】


娘のようだが、俺を見てキョトンとしてる。


【パパ?…痛いの?大丈夫?】


玲奈が慌てて、


【えっ!どうしたの?受け身フォロー出来なかった?

大丈夫?】


俺が頭を強く打ったと思ってる。違うんだよ、

ほんとに解らないんだ。玲奈…

どうすれば、いいんだ。娘の名前も知らない。


ここは何処なんだ?


【お父さんを病院に連れて行くから、いい子にしていてね。おばあちゃん来てくれるからね】


そんな。大袈裟だよ、玲奈。相変わらず心配症。


【もしもし、お母さん。ごめんなさい、少しだけ家に来てもらっていいですか?涼さん、病院につれていくことに…大丈夫です、念のため連れて行くので、お願いします。すみません】


母は、すぐ来てくれるようだ。玲奈のこと、娘のように可愛がっていたから。


【玲奈…俺…どうしたんだろう?】


玲奈のこの表情見たことない。泣きそうに

なってる。


【ごめんなさい…私が投げてしまったから…

涼、ほんとにごめんね。記憶喪失になっちゃっ

かな?一時的なものならいいんだけど】


記憶喪失か、ほんとにそうなのかな?

この世界なんか違和感ある。

でも、普通なんだよな、見た目は。


パラレルワールド、ドッペルゲンガー、タイムパラドックス、思えば何も理解していないな、俺。


整理してみよう。病院に着くまでに。

休日だから、近くの病院は休診。総合病院に

着くまで時間かかるはず。


【玲奈、君のこと覚えているから、安心して、

だから安全運転でゆっくりでいいからね】


玲奈、涙こらえてうなづいた。

心配してくれるのは嬉しいけど。


タイムパラドックス。本来これが起きることは

何かとんでもないような…よく理解してないけど。

俺が時間移動繰り返してることを、

タイムパラドックスって思っていたが違かな?

 

次にパラレルワールド。ユキに教わった。

俺が幼稚園の頃から並行世界が始まり、ユキは

パラレルワールドで俺の妻だったと聞いている。

もうそれは無い未来だが…

パラレルワールドでタイムパラドックス起きていて大変だと、るいが言っていた。

パラレルワールドにも起きる規模が異なるのかな?

だとしたら、俺が時間移動するときも

小規模タイムパラドックスと解釈するか。


ドッペルゲンガー…これは知らなくていいな。

三回目の声ってるいが言っていたのは覚えている。


るい、?そうか、るいに会えば何か知ってるかも。

今どこに住んでる?あの団地?

とにかく行ってみよう。今は無理だけど。


【涼、何か隠してる?】


えっ?なんのこと言ってんだ?


【本当に記憶喪失なの?私、あの時腕を掴んで、さらに頭ぶつけないようにクッションの下に投げたんだよ】


確かに、痛くなかった。間違い無く頭ぶつけて

いない。


【玲奈、病院行かないでいいから、ここで少し話

聞いて】


玲奈は近くのコインパーキングに停めた。


【うん、聞けるよ、涼、何かおかしいよね?】


【玲奈、落ち着いて聞いてね。悲しい思いさせるかも知れない】


玲奈はうなづいた。


【子供、娘のこと何だけど、名前知らないどころか記憶に無いんだよ。いつ出来たのかな?】


玲奈、表情が変わった。見たことない。


【涼、本気で言ってるの?】


俺はうなづいた。


【涼、隠してるよね?何か?何時から?私と出会った場所、プロポーズの言葉覚えている?】


【もちろん知ってる、玲奈と出会ったのは海でしょ?】


あれ?しまった!ここではナイトパーティーだった。

すぐ訂正しないと。


【違った、ナイトパーティーだったね、ごめん、びっくりさせようと、趣味悪かったね】


玲奈は泣き出して、両手で顔覆った。

こんなの聞いたことない。見たこともない。


【涼…何もかも違う、あなたは誰?】


【悪ふざけやめて、涼】


【もう、嫌、こんなの!!!何で言い訳してこないの?、もう、嫌いになっちゃったの?】


【ごめん、玲奈、俺…】


【聞きたくない!!!】


車から玲奈が飛び出して、走り去った。

慌てて追いかけたが、早過ぎる!


【玲奈、とりあえず話を最後まで聞いて!】


玲奈のあまりの速さに追いつかない。


【玲奈ー!】


必死に追いかけた。


その時に、左折する車が見えた。

玲奈にぶつかりそうだ!


【玲奈、危ない!!避けて!!!!!】


虚しく願いは届かず、玲奈が宙を舞った。


【玲奈ー!】


玲奈!!!玲奈!!!玲奈!!!………玲奈!!!!!!!!!!!


抱きしめて、ゆすっても反応しない。


返事してくれ!

頼む、玲奈!!!目を覚ましてくれ。


少しも反応しない…玲奈…


こんな世界、こんな未来、ここが何だって

言うんだ!!!


もし、これが夢なら早く覚めてくれ。

こんな悲しい現実受け入れる訳ないだろ!!


嘘だよな、これ。玲奈と幸せになるんだろ!!!

何のためにここに戻ったんだよ。


少しずつ、玲奈が冷たくなってきてる。

人だかりの中で泣いた。救急車を呼んでくれてる

人がいるようだ。


玲奈、俺と知り合ったから?それが原因なの?

玲奈、あの時、どうして俺に声かけてしまったの?

玲奈、本当に他に道は無かったの?


なんで、こんなことになった?俺がいない未来なら玲奈は幸せだったの?


玲奈、息していない…脈もない…


救急車で近くの病院に…玲奈が俺を連れて行こうとしていた病院だ。


【旦那様ですか、お気の毒にですが…】


それからの言葉は耳に入らなかった。

玲奈を抱きかかえ、屋上へ向かった…


玲奈のいない未来は俺もいらない。


向こうの世界で会おう。俺もすぐに行くね。


寂しい思いはさせないよ、玲奈…















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