第6章 僕たちのスナップ・ショット
6-1 新しい仕事
大学の卒業式は、あっけなく終わった。僕はこの春に向陽大学を卒業し、フリーターをはじめた。就職をしなかったのだ。正社員として生きる道も、有るにはあった。しかし、僕が本当にしたい仕事は、印刷屋の営業ではなく、写真にかかわる仕事だったのだ。
これまで、同級生の実家である「山田写真館」で、写真のプリント・オペレーターや、写真撮影のアシスタントを行ってきた。その仕事を続けたいために、正社員にならなかったのである。
今僕は、「山田写真館」とハンバーガー・ショップ「バンズ」のアルバイトをかけ持ちで行っていた。
季節は、初夏を迎えようとしていた。
***
「ブライダル・フォトグラファーの仕事ですか?」
僕は山田写真館で、朝の打ち合わせをしていた。朝十時の開店の前に、九時三十分位から掃除があり、九時四十五分位から、十五分程度の打ち合わせが日常業務だった。
「単発の仕事ではなく、長期の仕事になる」
山田写真館の社長で、テツローの父の山田真琴社長が僕たちに語りはじめた。朝の打ち合わせには、真琴社長とその妻の絹子さん、テツロー、そして僕の四人が集まっていた。
「この仕事を、カナタ君にお願いしようと思うのだが、やってみないか?」
「どこの結婚式場ですか?」テツローが真琴社長に訊いた。
「山河市内にある、『ツバキの庭』だよ」
「『ツバキの庭』? ああ、ロイヤル・ガーデンですね」
「ツバキの庭」は、県内に七店舗ある結婚式場で、若い人たちからは「ロイアル・ガーデン」という愛称で親しまれていた。県内最大手の結婚式場で、互助会があり、会費を支払うことで、披露宴などのお金を積み立てる人が多かった。
「いつからの仕事でしょうか」
僕は、嬉しさで心が踊っているのを感じた。思わず大きな声になる。
「今週の土曜からだよ。出来るかい?」
「いきなりは、少し難しいのではないでしょうか」テツローが話に割って入った。
真琴社長が続ける。
「大丈夫。しばらくは、先輩と二人組での撮影になるそうだ。いろいろと教えてもらえるよ」
「ぜひ、その仕事を僕にさせてください」
僕は熱っぽく答えた。やるしかない。
「それじゃ、明日の水曜日の午前中に『フォトスタジオ 前田』に行ってくれないか。そこへの派遣となるんだ」
「分かりました」
それが僕のブライダル・フォトグラファーの仕事のはじまりだった。
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