5-8 個展デビュー
僕はそれから、平日にも山田写真館の仕事をするようになった。初めのころは、カメラの操作を素早くすることに慣れなかった。中体連でのバスケの試合や、文化祭のスナップショット。ポートレート撮影など、山河中学校の卒業アルバムを中心に、仕事をこなしていった。小さなコツは、挙げればキリがないほど沢山あった。同級生のテツローは、面倒くさがらずに丁寧に教えてくれた。我流で今まで覚えたものに、様々な鉄則が追加されたり、改められたりした。
そして、季節は夏本番を迎えた。僕は就職活動の代わりに、山田写真館の仕事をしていた。
僕は小中学校の同級生くるみとカフェへ来ていた。先日、山田写真館を訪れた、くるみと会ったのがキッカケだった。そこで連絡先を交換し、今日、カフェ・ルーブルで待ち合わせをしたのだ。
カフェ・ルーブルは、山河市のはずれにある、カフェ・ギャラリーだった。カフェに水彩画などの絵を展示できるスペースで、若い人だけでなく年配の方にも人気のある店だった。
「くるみ、このカフェ結構居心地いいね。初めて来たけど、すごく落ち着くよ」
「でしょ。私、このカフェに来たの今日で三回目なのよ」
くるみの言葉で僕は店内を見廻した。壁一面に大きな額が掛けられていた。それが店名「ルーブル」の由来らしかった。
「水彩画の個展があるって聞いたから、一緒にどうかと思って、声を掛けたのよ」
くるみはそう言って、静かに笑った。目元のホクロがチャーミングだった。くるみは背が高くスレンダーで、髪はボブカットだった。
「あとね。カナタが写真を撮るなら、この店でこんな風な個展ができるんじゃないかって思ったの」
いつの間にか、くるみの目は真剣になっていた。
「こんな良いスペースで展示できるなんて、素敵だね」
「あ、これよ。コレ」
スマホを操作していたくるみが、僕に声をかけた。
「この店のホームページだね」
「えーと。展示について。期間は一週間単位でご相談に応じます。展示料金、一週間二万円、税込。アーティストさん常駐の必要性なし、だって」
「意外と安いんだね、展示費用って、……やってみようか」
僕は思い切って、店員に声を掛けた。
「あの、展示について知りたいんですけど……」
「はい。ただ今、店長を呼んで参りますね」
「ありがとう」
店員はそう言って、バックヤードへと戻った。
「はじめまして。店長の中谷です」
バックヤードから、女性が現われ、僕に名刺を手渡した。
「ギャラリースペースへの展示希望だとお伺いしました」
「そうなんです。僕、写真を撮るんですけど、展示できますか?」
「一応、展示には審査があります。当店の基準レベルに達していれば、大丈夫です。それほど厳しくはないですよ」
「そうなんですね」
僕は嬉しくなって話を続けた。
結局、後日写真作品を二・三点メールで送ることを約束して、その日は店長との話を終えたのだった。
「良かったね、カナタ。夢が叶って」
くるみの声は弾んでいた。
「くるみのお陰だよ。本当にありがとう。何とお礼を言ったらよいか……」
「お礼なら、お茶代おごって」
くるみが可笑しそうに云うので、僕もつられて笑ってしまった。
「じゃあ、レモネードのおかわりを頼もうか」
「そうね」
そういうわけで、僕はその日「個展デビュー」が決定したのだった。
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