第54話 竜は消える、そして最後の魔法

 ハロルドが前に、気持ちを吐露していたことがある。


『ボクの闇魔法はなんのためにあるのかな』


 今ならその理由が答えられる。なぜなら彼がいなければリカルドを追いかけることはできなかったし、反対にリカルドがいなければ自分は生き延びることはできなかっただろう。

 この双子の魔法使いは世界に必要だったのだ。


(カジャ、オレノコエ、キイテクレ)


 先程リカルドがやっていたように、ルディもカジャに声をかける。

 すると目の前に、何度か見た小さな子供のような影が現れた。


(キミガ、カジャ……?)


 世界を育てる存在。成長を意味するから子供の姿なのか。けれどカジャに表情や感情というものはなさそうだ。

 世界を育てる存在に、感情はいらないのだろう。


 カジャ、キイテ……コノセカイガ――。


 この世界がもっと大きくなるには生き物の力が必要なんだ。色々な考えを、色々な技術を、色々な思いを持つ人々が必要なんだ。

 だから生き物の命を養分にするのはよくない。生き物は生かした方がいい。


 けれど大きすぎる存在はもういらないんだ。かつては世界を見守り、統治する存在が必要だったのかもしれない。それにより争いをなくし、世界は平和に育ってきたのだろう。

 でも今はもういらない、みんな自分の考えを抱けるくらいに強くなった、生き物は自分達の力で進めていける。

 だから争いのタネになる大きすぎる力も、人々を都合良く操る力も必要ないんだ。


(ハロルド――)


 ルディは望む。

 竜の力と、魔法を世界から消してほしい、と。


「……ルディ」


 ハロルドは何を言われるかがわかっていたかのように小さく笑う。

 そして腰に提げていた布袋から一つの卵を取り出した。子ウサギ達には手に余るサイズだったが、ヒトが持つと手の平に収まるサイズだ。

 黒いたまご。黒く光るそれは黒曜石のようにも見える。


 リカルドとハロルド、光と闇。

 その二つがあるように、虹色たまごの反対に黒いたまごが生まれたならば。

 黒いたまごにもきっと意味がある。


「……うん、なるほど。ルディの読みは当たっている」


 ハロルドは卵を両手で包み込むように持つ。


「この卵は子ウサギ達の失敗作なんだろうけど、闇のエレメントを増幅させる力があるね。虹色たまごは光のエレメントの増幅で、どんなものでも生み出すことができる。反対に闇のエレメントはどんなものでも消すことができる。でも一度しか使えないよ。なんて言ったって、世界から魔法を消しちゃうんだもん。もう二度と、誰にも魔法は使えない」


 ハロルドは「いいの?」と楽しげに問う。


(ハロルド、タノシソウ、ダナ)


「あぁ、楽しいよ。だってやったことないし」


(フアン、ジャナイノ?)


「不安? 全然。それによって世界がどうなるのか気になるし。それに魔法を消したら、きっとボク達は不死じゃなくなる。リカルドが限りある命でおじいちゃんになっていくのなんて、想像するだけで笑えない?」


 ハロルドは世界がつまらないと言っていた。普通になるのがハロルドの望みだった。


「でもルディ、キミが竜の力を失ったら、どうなるのかはわからない。もしかしたら存在自体が消えてしまうかも、しれないよ」


(ウン……ダイジョウブ)


「ホント?」


 本音を言えば怖いけど。

 でもリカルドが取り返しのつかないことをするよりは、いい。

 カジャも何も反応しないということは、きっと大丈夫なのだ。


(ウン、ハロルド、ヤッテ)


 ハロルドは卵を片手に持ち替え、少しだけ考えたあとで手首を回し、先端が尖った黒い石の杖を出した。


「いくよ、ルディ」


 ハロルドが歌うように魔法を口ずさむと黒いたまごが宙に浮かぶ。クルクルと回転し、滑らかな殻に周囲の景色を映し出している。


(……リカルド、イママデ、アリガトウ)


 自分が思うのはそれしかない。

 小さな頃は「キライ」なんて言って、今では「大好き」になって。子供が好きじゃないリカルドはきっと煩わしかったと思う。

 でもリカルドはどんな時でも自分を見てくれた。性悪な中にある、その思いやりが嬉しかった。


 目の前にある黒いたまごが、黒い光を帯び始める。禍々しくも見えるが、それはこの世界の希望の光になるはずだ。


(ア……)


 黒いたまごの表面に亀裂が入る。

 ハロルドは魔法の詠唱を続けている。

 いい声だ、美声だ、いいな、ハロルドの声。


 声に聞き入っていると、自分の身体も黒い霧のようなものに包まれ始めていた。ちょっとひんやりする黒い霧だ……でも危険なものではないと察する。身を任せるんだ。


 黒いたまごの亀裂はどんどん深くなっていく。

中から変な生き物でも生まれたらどうしよう、かわいいウサギだったらいいけど。


「……ルディ、ありがとね。全部、キミのおかげだ」


 ハロルドは幸せそうにほほえんだ。


「闇の魔法、このたまごの力を借りるのだ。そして……この世界から魔法の力と、強大な竜の力を消すのだ、それが世界のためになるから」


 たまごの一部が、とうとう、パキィンとはじけた。中からは黒い光が溢れ続けている。黒い光は煌々と辺りを照らす。


 やがてルディの全身も黒い光に包まれた。さっきまで熱かった身体が水をかけられたかのように冷えていくのを感じる。

 身体も、心も。


「リカルド……」


 声が出るようになった。

 巨大な身体が氷が溶けるように消えていく。

 気づくと、自分は雲の上にいた。雲の上に立ち、空にたたずむリカルドが来るのを待っている、しかし――。


「あ、あれ……やっぱり、ダメか」


 ルディは自分の手の平を見て、つぶやく。

 自分の身体が半透明に透けている。それは竜の力が消えているのを意味する。


「半分ヒトみたいなもんだから大丈夫かもって安心していたけど、やっぱりダメかぁ……仕方ないよな」


 悲しいけど、つらいけど。

 この世界が、みんなが続いてくれるなら。

 どうか、みんなが元気でいられますように。






「……おい、ハロルド」


「なんだよ、リカルド」


「ルディは、どこだ」


 気づけば、二人がいたのは青の岩場だった。

 湖面が静かに風に合わせて揺れ、岩場は淡く青い光を発している。

 静かな時間、静かな空間。穏やかに進み続ける世界。


「ルディがいねぇ……ルディが……」


「何があったかは、この世界を感じればわかるでしょ。全てきれいになった。きれいにしてくれたよ、ルディが……あ、ダメだよ、リカルド。せっかくルディが作り上げた世界を乱したら、今度こそカジャに消されるよ?」


 リカルドは舌打ちをし、湖を見た。


「カジャなんて、いねぇようなもんだ、関係ねぇ」


「何言ってんの。カジャは世界であり、人々の思い。リカルド、そう言ってたじゃない。人々が憎しみとうらみ、醜い心を持てばどんな生き物も迫害される……みんながそんな気持ちを抱かないようにするには、どうしたらいいかな」


「んなもん、不可能だ。生き物は生きてる限り、憎悪を持つ」


「じゃあさ、そうならない世界にするために。生き物に思いやりを生み出そうよ、ほんの少しでいいからさ」


 ハロルドはそう言いながら布袋から、もう一つのアイテムを取り出した。

 それは子ウサギ達がみんなを思い、一生懸命に作り上げた愛のこもる虹色のたまごだ。


「あったかいよ、これ。生きているみたい」


 リカルドは振り向き、虹色たまごを見て不愉快そうに目を細める。


「……俺はもう魔力がねぇ、たまごを孵化させることはできねぇ」


「そんなことはないよ。このたまご自体、かなりの魔力が残っている。少しでも願いを込めれば孵化してくれそうだよ。どうする、光の魔法使いさん?」


 ハロルドは虹色たまごをリカルドに手渡した。手の平にそれを乗せ、リカルドは息をつく。


「思いやり、ねぇ……そんなもん与えて、どうにかなんのか」


「みんなが優しくなるよ。それがルディの望みでもある」


「……ずいぶん、ずりぃことを言うじゃねぇか」


 そう言われたら、そう動かざるを得ない。

 自分の望みは、ルディの望み、なんだから。

 でもルディはもういない。消えてしまった。


「あ、リカルド」


 沈み込みそうなリカルドに、ハロルドはニコッと笑いかけた。


「ボクがさっき使った黒いたまご、竜の力と魔法の削除……二つの願いが叶ったんだ。多分、これを作った小ウサギ達の魔力が高かったことと、彼を助けたいという思いがこもっているからだよ」


「そうか……子ウサギども、強いな」


 本当は母親を助けたい一心で頑張っただろうに。

 でも彼らが本当に助けたいのは、今は別の存在だ。優しい友達だ。

 そんな強いヤツらの気持ちを踏みにじるわけにもいかないだろう。


 俺の望み、みんなの望み。

 ルディの望み、世界の望み……。


「……らしくねぇ、あー全く、くそ」


「リカルド」


「わかったよ」


 リカルドは虹色たまごを両手で包み込み、最後の魔法を解き放った。

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