第50話 光の魔法使いは笑う

 大騒ぎとなってしまったランスからリカルドの転移魔法で連れてこられたのは、かつては竜達の住処であった青の岩場だった。


「はぁ、はぁ……リ、カ……」


 しゃべりたいのに声が出せない。胸が何かに押さえつけられてるように苦しいのだ。

 自分を地面に横たえるとリカルドも地面に膝をついた。胸の上に手を置かれ、彼の手のあたたかさにホッとする。


「……苦しい、のか」


 心配そうに自分を見てくれている。こんな光景、何度もあったなと思う。


「……いつも、ごめん、心配、かけて」


「何言ってんだ、当然だろ」


 そう言いながら、リカルドは何か魔法を使っているのか、手の平を白く光らせている。胸の辺りがわずかにあたたかくなったが苦しいのは治まらない。そのあたたかみを感じながら、ゆっくりと呼吸をしていると、なんだか意識が遠退いてしまいそうになる。この状況が気持ち良くて、それもいいかなと思った。


「くそ、ダメかっ」


 リカルドは大きく舌打ちをした。


「あいつ、あの王子! あの人間どもの思いを魔力に変えて、お前に魔法をかけた。絡み合った糸みたいに複雑な形になっていて払えねぇ。なんでだよ、俺に治せねぇものなんてなかったのに、なんでだよっ! クソ忌々しいっ!」


 リカルドはルディの胸に手を置いたまま、拳を握りしめている。


 大丈夫、リカルド、ありがとう。

 そんな気持ちを伝えたくて、その大きな手に自分の手を重ねる。

 リカルドの魔法が効いてきたのか、少ししゃべれそうだ。


「リ、リカルド、大丈夫……俺、落ち着いてる。リカルドがそばに、いるから落ち着く……」


 このままだったら、このまま消えていなくなってもいいかも、そう思う。だってリカルドがいてくれて、すごく安心するんだ。そんなこと言ったらリカルドに怒られるから言わないけど。


 きっと自分がいなくなっても大丈夫なんだ。だってカジャが必要のない存在だと認めたのだ。

 昔は世界の要だったが今は必要のない存在だ。生きる者はどんなものでもいつかは消える。

 大きな力がありすぎる存在。

 竜も今が消えるべき時なのかも。


 でも……本当のことを言えば一緒にいたかった。リカルドとラズリとピア達と、みんなでサリの作ったおいしいパンを食べ、たまに新作パンの手伝いなんかもして、毎日楽しく過ごしたかった。

 俺の望みはそれだけだった。


 ルディはふぅっと息をついた。このまま、自分は死ぬ。このまま。心地良い、このまま、それもいい、かな。


 その時、リカルドがおもむろに口を開いた。


「ルディ……これからも俺と一緒にいたいって望んでくれるか」


 リカルドはいつになく真剣な表情で、眉間にしわを寄せている。なんだろと思いつつも、ルディは迷わず答えた。


「もちろん」


「そうか」


 リカルドは嬉しそうに笑った、満面の笑みだ。彼がそんなに笑った顔は初めて見た。

 ちょっと怖かった、何か企んでそうで。


「わかった」


 リカルドは立ち上がるとルディから少し離れ、手首を回して杖を出現させた。

 それを逆さまにすると両手に握り、地面をドンッと突いた。


「カジャ、世界を育てる存在っ! 俺と取引をしろ。お前は世界を育てたいだけなんだろ? 俺は良い栄養となるものを知っているぞ! お前が取引に応じるなら、俺はその養分をふんだんにお前に与えてやるよっ!」


 リカルドが不思議なことを言っている。

 取引、栄養、なんだそれは。

 すると彼のそばに、小さく見覚えのある影が現れた。


(カジャ……?)


 白い亡霊のように見える子供の影。それは無表情で何を見るでもなく、虚を見つめ、宙を漂っている。その存在自体は無機質なのかそうでないのか、子供のように見えても、よくわからない。


 リカルドはその異様な存在を見て口角を上げた。


「取引成立だな」


 青の岩場に彼の笑い声が響く。

 その様子を、自分はまばたきせず、見つめるしかできない。


「なんで気づかなかったんだろうなぁ!」


 リカルドは不気味な笑みを浮かべている。


「カジャ……ただ世界を育てる存在。 だがそこにヒトや生き物がいるかどうかは関係ない。そして俺は、この世界にルディと共にいたいだけだ。こんな素晴らしい条件があるかよ。俺はウィディアと約束した、ルディを頼むと。俺はルディがいればいい、他のヤツらはいらねぇ……俺としたことが、これに気づかねぇなんてなぁ」


 リカルドは、何を――。


「カジャ、喜べ。この世界にいる生き物全部、お前の大事な世界が育つための養分にしてやるよっ!」

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