第45話 魔法使いの和解

 ハロルドは心底、リカルドを嫌っていたわけじゃない。ただ幼い頃からずっと一緒だったリカルドが他に大事な存在を見つけたから、ふてくされていたようなものだ。子供なのだ。


「全く、ガキみたいなことしてんじゃねーよ、さびしかったんなら、そう言えよなバーカ」


 リカルドの声は小さいはずなのに、とてもよく聞こえる、口が悪い。


「ホントに困った弟だ。ハロルド、お前がそこから降りて来るんだったら、またお前と仲良くしてやらなくもねぇぞ。お前に俺の大好きなとっておきのパンを分けてやってもいいぞ」


 それはリカルドの大好きなあのパンのことだろうか。こんな時に、そんな誘い文句を言うのはリカルドらしい。


「バ、バッカみたい! さびしいわけないじゃん!」


 ハロルドが呆れたように反論する。


「ボクが? さびしい? アンタがいなくて? んなわけないじゃん! そんなわけ……バカみたい、ホント……はぁ、なんかやんなっちゃった」


 ハロルドはため息をつきながら手を動かし、ゴーレムを瞬時に土に戻した。

 首を傾け、すっかり気が抜けたように二回目のため息をつく。


「ホント、長年生きてるとさぁ、なんか些細なことで腹が立ったり、けど些細なことで許してもいいなって思っちゃうんだよね。寛容になるのか、あきらめが早くなってるのかな……ルディ、ボクはさ、普通の人間に生まれたかったな」


 突然のハロルドの思い詰めた言葉だ。


「つまらないよ、死なない身体って。ずっとこのままだもん……ボクの魔法ってなんのためにあるのかな。この魔法でさ、自分のことを消したりすればすぐに楽になれて、いいのかな。ボクはなんのために、生まれたのかなぁ」


 それは誰にも答えられない。その疑問に答えはあるんだろうか。

 ハロルドは「くだらないことを言っちゃった」と言うと、どこかすっきりしたように笑っていた。


「……悪かったね、ルディ。多分ボク達のくだらない兄弟喧嘩に、たくさんキミのことを巻き込んでたよね。この事態はまだ静まってないけど、とりあえずボクは退散するよ……あとは頑張って。横柄な兄のことを、よろしくね」


 ハロルドはそう言うと身体を空中で一回転させ、姿を消した。ハロルドの気持ちは少しはスッキリしたのだろうか。

 この場に残ったのは竜になっている自分と自分を支えているラズリ。

 小さなネコと依然怯えている炎の塊。


「ルディ、お前を遮るものはいなくなった。 早くピアを助けてやろう」


 ラズリは再び肩に飛び乗り、ルディの首をさすりながらそう言った。

 ちょっとずつみんなが打ち解けてきている。みんなが自分の思いを吐き出して思い合って素直になって、わかり合えてきている……そんな気がする。


 ルディは再び呼吸を整え、口の中を熱くする。

 ピア、ダイジョウブダヨ。

 炎の塊に向かって、ゆっくりと竜の炎を吐き出した。今度は力の制御ができたせいか、炎は燃え広がることなく、淡く優しく、炎の塊を包む。


 炎の塊は不安気に小刻みに揺れていたが。やがてその炎に包み込まれるように身体の動きを止めた。

 炎はどんどんと小さくなっていく。

 やがて本当に小さな形になると、ふわりと消え、その中から赤い帽子をかぶった目を閉じる子ウサギが現れた。


「ピア……」


 穏やかに寝ているようだ。もう大丈夫。


(よかった……)


 安心したルディは目を閉じ、元の身体にと念じる。すると身体がスルスルと小さくなっていき、徐々に足元にいるリカルドに近づいていく。


(リカルドも無事でよかった)


 だが地面に降り立ってはみたが。ルディは自分の身体が支えられなくなり、地面に倒れた。


「ルディ!」


 慌ててリカルドとラズリが近寄ってくる。ごめん大丈夫だよ、と言って安心させたかったが身体に全く力が入らなかった。


「おい、お前っ!」


 リカルドはラズリに詰め寄った。


「ルディが死にかけてる。傷を負った身体で竜化したからだ。お前、俺の身体を早く元に戻せ。早くこいつの身体を再生しないと」


(リカルド……)


 彼はどんな時でも自分を一番に考えてくれる。

 ごめんな……リカルドのこと、わかんない、なんて、いつかは怒鳴ったりして。


 ラズリはリカルドをジッと見つめ、黙っている。おそらく、このままリカルドを戻さなければ竜を葬ることができる、そんなことを考えているのかもしれない。


 でもそれは一瞬のことだけだった。ラズリはリカルドの頭――ネコの額にそっと手を置いた。


(……ネコも、かわいかった、けどな)


 リカルドの身体が光に包まれ、小さなネコだった姿が人の形になっていく。

 そして光の中から現れたのは長年、見慣れたいつもの姿。尖った青い髪、目つきの悪い青い瞳、自信家で口が悪くて、けれど自分をずっと守ってくれた友人の姿。


 リカルドは手首をくるりと回し、光輝く先端が尖った石の杖を出した。それを大きく空中に何度も円を描くように振り回す。口は呪文のような言葉を呟いているが、愚痴も言っていた。


「全く派手にやってくれたなぁ。これを戻すにはちょっと、いやだいぶ骨が折れるじゃねぇか、クソが。あとで礼はしろよな」


 リカルドはそう言いながらも口元は嬉しそうに笑っていた。


(リカルド、ありがとう……)


 杖から光の粒があふれ出し、森に、自分に注がれていく。腹部の傷の痛みがなくなっていく。身体中があたたかくなっていく。森全土を覆っていた炎が徐々に消えていき、燃え尽きて炭となっていた木々が、時を戻すようにその姿を元に戻していく。緑色の葉、キラキラ光る木の実、みずみずしく茂る草花。

 リカルドの光魔法によって焼けた森、全てが再生されたのだった。

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