第41話 ごめんね
ピアに一体何があったというのだろう。なぜピアはナイフを持って自分を刺してきたのか。理由がわからない。
……いや、わからなくもない。ピアは実はずっと我慢していたんじゃないだろうか、俺に対する憎しみを。
「ピア! 何してんだよ!」
青帽子と緑帽子の子ウサギが同時に叫ぶ。
ディアはピアが持っているナイフを叩き落とし、ニータはピアの肩をつかんで揺さぶった。
「どうしたの、ねぇっ、ピア! なんでルディにこんなことをしたのっ!」
ピアは揺さぶられる動きに合わせ、ガクガクと頭を揺らしていた。だが突然ハッと意識を戻し、先程までの無機質な赤い瞳ではなく、いつもの人懐っこい赤い瞳で、まばたきをした。
「な、何、どうしたの?」
ピアは寝ぼけたようにつぶやく。
「どうしたのじゃないよ! ピアが、今っ」
「ニータ? な、なに、どうしたの?」
ピアは赤い瞳を不安気に揺らす。そしてゆっくりと瞳を動かし、膝をついているルディに目を向けた。
「……ル、ルディッ、どうしたの?」
震える声に恐怖が混じる。何が起こったのか、全くわからないのだろう。
ピアを安心させなくてはと思い、ルディは痛みを耐えながら「大丈夫だよ」と言った。
「ピア、気にしないで……これは――」
「キミがやったんだよ」
突如どこからか降ってきた言葉に、その場にいた全員が絶句した。
「赤い帽子のキミ、キミがルディのことをナイフで刺したんだよ。ボクがね、ちょこっとキミの心に残っているわだかまりをいじったらね、ご覧の通りさ。つまりキミはお母さんを殺した竜を心の底では憎んでいた、そういうことじゃない?」
小さな子になんて恐ろしい現実を叩きつけるのか。そんな無慈悲なことをするヤツは一人だけ。
「ハロルドッ! やめろっ!」
そんなことをピアに言って……許さない!
ルディは歯を食いしばり、どこかにいるだろうハロルドに向かって叫ぶ。
空中からは心底楽しそうに笑う声が聞こえてくる。
「わわ、大変だ、怒らせちゃったぁ! でもルディ、それはさ、真実なんだよ。 キミは子ウサギ達のお母さんを殺してしまった、それは事実でしょう? いくら綺麗事言ったって、この子達の心の奥底には、それに対する憎しみは残っている」
胸が撃ち抜かれたように痛む。そう、それは紛れもない事実。
「だ、だから……、だから俺はっ、リカルドの力を借りて、その償いをしようとしているんだ」
「そんなこと言ったって、それができる保証はないでしょう? リカルドだってあんなことになっているんだし。面白いよねぇ、リカルドがニャーニャー言ってる姿なんて、すごく笑える。もしかしたらずっとあのままかもしれないよ。そうなってしまったらこの子達のお母さんは戻らない。そしたら、どうする? ねぇ、ルディ、どうするの?」
容赦なく追い詰める声が響く。でも姿はない。心がどんどんと重くなってくる。
そうならないことを祈って行動しているのに、希望を持って動いているのに。
ハロルド、なんで……。
「ボクはね、竜が嫌いなんだ」
自分の疑問に答えるように、ハロルドの冷めた言葉が降ってくる。
「竜がいたから、リカルドはボクのことなんか相手にしてくれなくなった。それまでボク達は二人で協力してずっと生きてたのに。何年も何十年も何百年も生きてたのに。竜が現れたせいだ」
そういうことだったのか。
ハロルドは兄であるリカルドに自分のことを見ていてほしかったのだ。
それがいつしかリカルドは竜に夢中になってしまった。竜に没頭するあまり、弟を見てこなかった。
「……つまらないんだよ、こんな世界。くだらないんだよ、こんな世界。でも一瞬で消したらつまらないから、そんなことはしないけど」
「ハロルド……」
さびしかったんだ。
一人だったんだ、お前も。
「ルディ、大変っ! ピアがっ!」
ニータが叫んだ。
ピアに視線を向けると、ピアの身体の周りに赤いオーラみたいなものが現れていた。
「ごめん、ルディ、ごめんね。こんなことするつもりなかったんだ。わけがわかんないんだけど……僕、ルディのこと、本当に大好きだよ。お母さんのことは、ちょっとだけ嫌だったけど、でもルディが本当に優しくて大好きで、お母さんのこともなんとかしてくれると思ってたから。大丈夫だって思ってたから」
ピアの放つオーラが色を増していく。それはピア自身が燃えているみたいにも見える。
だんだんと空気が熱くなっていく。あまりの熱気に周りの草木がしおれていっている。
ピアは苦しげに笑みを浮かべると、もう一度「ごめん」と言った。その瞬間、ピアの全身が真っ赤になったのをルディは目で捉えた。
「ニータ、ディアッ!」
ルディは咄嗟に駆け出し、二人の子ウサギを抱えるとピアの元から離れた。
背後から炎の中に爆弾でも落とされたような轟音が森中を響き渡った。
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