第33話 今できることを

 ラズリは何かを言いたげに口を動かしかけたが、結局名前を呼んだだけで。

 剣を鞘に納めると緑色のマントを翻し、背を向けた。


「あ、ラズリッ」


 歩き去ろうとする背中をルディは呼び止める。このまま何も言わなかったら、きっとラズリにはもう会えないような、そんな気がした。

 そんなのはイヤだった。


「あ、あの、ラズリ、俺は……知らないとはいえ、とんでもないことをしてしまった。それに対して何ができるかはわからないけれど俺は何かしたい。罪滅ぼしみたいなもんだけど、俺はみんながもう苦しい思いをしないために何かしたいんだ。ラズリのことも俺ができることなら、なんとかしてあげたい……だから、ラズリは、ラズリは何が望みなんだ」


 竜の血を浴びたという、その身体をなんとかすることか。それとも亡くなった家族をよみがえらせることか。いずれもできるかはわからないが、ラズリにとって良い意味になる何かがしたい。


 だって苦しみながら一人で生きていくなんて、せっかくこの世界にいるのに、つらすぎるじゃないか。自分がいつもなんとかしてもらっていたように自分も誰かを支えてみたいんだ。


「……俺がこの世界に望むことなんてない」


 ラズリは少し離れた場所で立ち止まり、背を向けたまま語る。


「俺には何も必要ない……竜を葬ることだけが生きがいだったからな……なくなれば何も望まない、何もいらない」


「そんな……」


「じゃあな」


 ラズリが遠ざかっていく。本当にラズリには何もないのか、何もできないのか。


「……ピア達のお母さんのように、リカルドの力で――」


『そりゃ、無理だ』


 ルディの考えを即答で砕いたのはピョンっとルディの肩の上に乗ったさっきのネコよりも小さい、ネズミサイズのネコのようなトラのような生き物だ。色としゃべり方だけで、それが誰なのかがわかるのはすごいと思う。


『ウサギ共の母親はお前の中に魂がある。だから再生することができんだよ』


 リカルドは自信満々に細い尻尾を揺らす。


『だがあいつの関係するヒトの魂はお前の中にはねぇ』


「……え、それって、つまり?」


『あいつの家族を死に追いやったのはお前じゃねぇってこと』


 リカルドの言葉を聞き、ルディは「そうなんだ……」と静かに納得したのだが。それがジワジワと衝撃の事実ではないかと頭が理解していき、ラズリが去った方向を見ながら「あぁっ!」と声を荒らげた。


「なんだよ、それっ! それじゃラズリの仇は竜じゃないってことになるじゃないか! リカルド、なんでもっと早く言わないんだよ!」


『言う必要ねぇし。俺の大事な竜を散々斬りつけたバチってヤツだよ』


「バチってなんだよ! ラズリはずっと竜が家族を殺したって思って、ずっと生きてきたんだ! それが違うってわかったら――」


『わかったら、なんだよ?』


 リカルドの声に刺々しいものが宿る。


『竜じゃないってわかったら、あいつはお前に協力してくれるって? お前はあいつを救いたいってか。自分のこともどうにもできてねぇくせに生意気言ってんじゃねぇよ』


 先程までの謙虚な姿勢が嘘のようにリカルドの口からは厳しい言葉が出続ける。


『よく考えろ、あいつにそんな真実を告げたところであいつの復讐の矛先が変わるだけだ。あいつは竜の血の影響で魔法使いの力を制御するとか、妙な力を使えるようになってやがる。この俺の魔力ですら制御しやがるんだ。ヘタしたらその力で世の中に混乱を招きかねない。だったら絶対に死ぬことのねぇ竜を狙ってくれてた方がいいってわけだ』


 それは、つまり、自分を狙っている方がいいということだ……なんだよ、俺のことが大事だと言っておきながら、俺が傷ついてもいいっていうことじゃないか。


「……わかんない」


 リカルドにそう返したあとで、ルディは一気に頭に血が上った。


「わっかんない! なんなんだよ、お前ってさ! お前は何がしたいんだよ! お前にとって俺はなんなんだ! 確かに俺はお前に守られてばかりだ、一人じゃ何もできなかった! でも俺も自分でやれることをやりたいんだよ! でもそれよりもまず、お前の考えがわかんない! 自分勝手なことばかり言ってさ!」


 ルディは自分の肩に手をやり、乗っていたリカルドをはたき落とした。

 リカルドは地面に着地すると怒ったように尻尾を振り乱し、ルディを威嚇する。


『ルディ、てめぇなぁ!』


「うるさい、リカルドだって悪いんだ! ずっと秘密にして勝手に俺の記憶を封じていたお前も悪いんだ! この性悪魔法使いが!」


 どこかに行ってしまえ、とか言いたかったが、そこは歯噛みして耐えた。リカルドがいなければピア達のお母さんをよみがえらせることができない。このまま勢いに任せてリカルドを追いやることはできないのだ。


(結局自分の力だけじゃ何もできない……そう、今は、今できることはピア達のお母さんのことだ。そのためにはこいつの条件をクリアするしかない。ラズリのことも、いずれ――)


 ルディは深呼吸をする。

 ひとまず、ここに来た目的であるサリからのお願いごとをクリアすれば魔石の一つが手に入るのだ。

 ルディは約束した実を手に入れ、再び来た道を戻る。終始、みんな何も言わなかったが、しばらく歩いていると後ろから走り寄ってくる小さな足音が三人分……パタパタと近づいてくると、ルディの左右の手を、フワフワな手が握ってきた。


 ニータとディアの小さな手だった。


「ルディ、無事に帰れてよかったね」


 ニータが小さな手にキュッと力を入れる。


「……助かったよ、ルディ。ピア達を、オレも助けてくれてありがとうな。お前がいてくれてよかった」


「ニータ、ディア……」


 思わず足が止まり、目頭が熱くなる。涙なんて流してる場合じゃないと、唇を噛みしめると自分の背中をポンッと叩く、もう一人のフワフワな手があった。


「ルディ、ありがとう。僕達のためにありがとうね」


 ピアが小さく「へへ」と笑いながら言っていた。

 小さな子ウサギの友達。

 そのお母さんの魂は自分の中にある。

 絶対、返してやるから。

 ごめんな。

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