第23話 ディアに操られ…

 考えろ、どうしたらいい。

 考えろ、俺……助けられてばかりでどうすんだよっ、俺もみんなを助けてみろよ。

 いつも俺は助けてもらってばかりだ……!


「ル、ルディ……」


 今にも消え入りそうな声がする。誰かと思ったら眠っていると思ったディアだった。

 ディアはうつむいて座った態勢のままだ。身体を動かすことができないのか、身体を震わせ、振り絞るように声を出している。


「す、すまない……オレと、したことが……こんなつまんない呪いにかかって……くそっ、ピアが、ニータが……」


「ディアッ」


 ルディはディアに近づき、彼の前に膝をつく。意図してないとはいえ、周囲にいる者を傷つけてしまうのは心優しき者なら誰もがつらいだろう。

 ディアは口は悪くても兄弟思いの優しい子だ。それが兄弟を凍りづけにしてしまった、このままではきっと二人の命は危ない。


 だからディアは言った、子供が口にするにはあまりに酷な恐ろしい言葉を。


「ルディ……オレを、斬って」


 ルディは言葉を失った。


「オレを、この刻印を、真っ二つに、すれば。呪いは、解けると思う」


 ディア、何を言ってるんだ。

 それはこの手で、その小さな命を、奪え、と?


「そ、そんなっ、できるわけ、ない……!」


 自分の声も驚きのあまり、白い凍てつく空気に消えそうなものになった。


「ディア、待って、他に方法が、何か……」


 情けないことだが、でもどうにかしたくて、うろたえる。

 そんな自分を見て彼は呆れたのか、いつものように鼻で笑った。


「バカ……いい年して、オドオドすんな」


「だ、だって、俺、ディアを斬りたくなんて」


「わかってる、わかってるよ……でも、オレ、あの二人を死なせたくないんだ。あの二人はオレより真面目で優しくて……だから死なせたくない。こんなこと、頼んで、アンタには悪いけど、頼むよ……頼むから……」


 ディアが頼みごとをしてくるなんて。それだけ彼は切に願っているということ。


「頼む、よ……」


 その気持ちもわからなくはない。大切な誰かを傷つけるぐらいなら自分が……そう思う者もいる。

 けれどディアを斬れば、もちろんディアは死ぬ。それをしたらピアとニータが助かる、そうは言っても、その決断は……。


 あぁ、これじゃたった一人の孤独な竜みたいだ。自分が生きれば誰かが死んでしまう。しかし死ねば世界が終わる。ディアの場合は世界ではないけれど、そんなこと今は関係ない。ディアだって生きなければならないんだ。消えていい命なんてないんだ。


 それなのに、なんでこんな世界なんだろう。

 なんでこんな“理”なんだろう。竜もかわいそうだ……竜はどうしたら幸せになれるのだろう。

 そもそも竜は“どこにいる”のだろう。

 聞いた気がするのに。自分はまた何かを忘れている気がする、わからない、思い出せない。


「――っ⁉」


 考えにふけっていた時だった。自分の右手が勝手に動き、腰にある剣の柄を握ると鞘から剣を抜き放っていた。


「な、なんだよ、これっ」


 さらに右手は無意識に動く。力を入れても動きは止まらず、右手は剣を高々と振り上げる。

 その下には、ディアが……。


「ディアッ! これは、お前かっ⁉」


 自分の右手を見てみれば腕全体が白い霧のようなものに覆われていた。水状のものを操る力、目の前の子ウサギしかいない。


「ディア、やめろ、やめてくれっ!」


「わ、悪い、ルディ……ごめんな、ホントに、ごめん……」


 ルディは叫んだ。力に抗おうとした。

 だが魔法にはかなわない。

 自分の握る剣は狙いを定め、そこに――振り下ろされてしまった。


「ディアァァァッ!」


 山に、ルディの絶叫が響く。

 その時、氷の薄い壁が打ち破られたかのような、カキィンという音が周囲に響いた。

 目の前に緑色のマントが揺らめく。剣であろうか銀色の細長いものがキラリと光ると、ルディが振り下ろした剣が受け止められていた。


「しっかりしろよ!」


「あ、あんたは――⁉」


 ルディの剣は軽々とはじき飛ばされる。

 すると今まで言うことを聞かなかった腕がようやく自由を取り戻した。


「ラズリッ! なんでっ」


「待て、その前に」


 突然現れたのはニータの誘拐事件で力を貸してくれた青年ラズリだった。以前は緑色のマントからつながるフードを目深にかぶり、左目は長い黒髪で覆われているという不思議な出で立ちをしていたが。

 今は凍てつく空気で髪が凍ってしまったのか、髪は左目を隠すことなく、端整な顔を明らかにしている。

 隠されていた、その左目も。


(ラズリ、その目は――)


 驚くルディをよそに、ラズリはディアの黒い刻印がある首に手を当てた。

 するとディアは力を奪われたかのように脱力し、地面に横たわって動かなくなった。


「ディアッ⁉」


「大丈夫、心配ない。また魔法を使わないために眠らせただけだ。だがここで寝ていたら凍りついてしまうな」


 そう言うとラズリは横たわるディアの小さな身体を左腕に包むように抱えた。


「この子のエレメントは水か……では水の力を最大にすれば呪いを吹き飛ばせるかもしれない。この先には湖があったな。ルディ、そこまで歩けるか」


 初めてラズリが自分の名前を呼んだ。それにも驚きだがディアのエレメントのこと、そして呪いのこと、解呪の仕方。


「ラズリ、なんでそんなに、詳しいんだ」


 普通の冒険者なら多分知らないだろう。知識として持っていたとしてもこの状況を見ただけでは起きたこと全て、そんな早く判断がつくだろうか。


 それにラズリの、今までずっと前髪で隠された左目が今は明らかになっており、彼は何か特別な力を得ている人物じゃないかと思った。

 ラズリの左の瞳……反対側は一般的な濃い茶色なのに。左側だけ魅入られる色をしていた。

 燃えるような深い赤――深紅色。


「ラズリ、あんたは、何者なんだ……」


 リカルドに前に言われた。自分の周りには竜を狙う者、関わる者が今後現れるだろうと。それがなぜかはわからない。自分がなぜ竜に関係しているのかもわからないが。リカルドが言っていたから注意するにこしたことはない。


「……俺は――」


 ラズリは左腕に抱えたディアが寒くないようにマントの裾でくるんだ。その仕草はとても優しいのに、口にした言葉は耳を疑うものだった。


「俺は、竜を狙っている」

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