第20話 言えない真実

 黒いコウモリが光の大蛇の巻きつきを退けようと身体を変化させ、無数の小さなコウモリとなった。キイキイと鳴く耳障りな声に顔をしかめた時だ。小コウモリの群れは狙いをルディに変え、一斉に声を上げて飛びかかってきた。


 すぐさま、リカルドが杖を掲げる。

 すると尖った白い宝石がまばゆく発光し、コウモリの群れを照らす。

 光を浴びたコウモリは蜘蛛の子を散らすようにルディから離れようとしたが次の瞬間には石になり、地に落ちていった。


「くっ、気に入らないっ……気に入らないよ、アンタのことっ! アンタこそ、この世から消えてしまえばいいんだ!」


 穏やかだったハロルドが一転、リカルドのことを罵る。ハロルドが持っていた杖の先をトンと地につくと彼の足元に円陣が現れた。


「リカルド、ボクは必ずアンタを消してやる……アンタも竜も、苦しめて、泣かせて、消してやるから」


 ハロルドの姿が足元から消えていき、やがて全身を消した。

 辺りは静かな夜の世界に戻り、青く発光する岩場も落ち着いたように、また淡く光り出していた。


 リカルドは杖を一振りして消すと「あーあ」と言いながら、その場に寝転んだ。近くに石化した無数のコウモリが落ちていると思われるのだが、そんなことは夜のおかげで見えないから気にならないらしい。


「気狂いハロルドには見つかる、お前のことは知られる……なんだかなぁ」


 リカルドは秘密がバレた子供のようにすねた口調だ。なんだか大した問題じゃないようにつぶやいているが、本当にそうなんだろうか。

 だって竜が……。


「ルディ」


 不意の呼び声にルディはハッとする。


「お前は何も心配する必要はねぇんだ。全て俺がなんとかしてやる。あいつらの母親のこともなんとかなるから心配するな」


 あいつらの母親……ピア達のお母さんのこと。


「言っただろ、あいつらには俺が欲するものの代わりに母親に会わせてやるって、俺にしかそれはできないって」


「つまり、リカルドの光の魔法で“再生する”ってこと? じゃあやっぱり、俺が命を奪ってしまったってことなんだろ」


「そりゃ違う、竜はこの世界の神だ。竜によって奪われた命は竜の中で生きることになる。だからあいつらはあの森の中で、お前の体内にいる母親の気を感じて、近くにいるって思ったんだ。けどそれからはあいつら、何も言わなくなっただろ」


「リカルドが何かしたんだろ」


 リカルドは大の字で天を見つめ「まぁな、しかたないだろ」と冷たい声で言った。おそらくリカルドが意図的にお母さんの気とやらを静めたのかも。


「お前を守るのが俺の役目、そのためなら俺はなんでもしてやる。誰にも邪魔はさせねぇ。俺は俺の望むままに動くだけだ。だからあいつらには言うなよ、お前が傷つくだけだ」


 ルディの脳裏に三人の子ウサギ達の顔が浮かぶ。まだ出会って間もないけど色々あって三人とは徐々に打ち解けてきている、と思っているのに。とても重大なことを内緒にするなんて。


「その事実を言ったってあいつらを傷つけるだけだ。それにあいつらを傷つけると、あいつらの力が暴走する可能性がある」


「……暴走?」


「あぁ、あいつらはまだ幼い。だがかなりの魔力を持っている。一番小さいヤツが恐怖のあまりに力を暴走させたのを見ただろ、あれと似たようなこと、それ以上のことが起こるかもしれねぇ。しかも三人の力が合わさるんだ。あれが人混みで起きたらどうなる?」


 ニータが誘拐された恐怖のあまり、無意識に作り出していた風魔法、あれには誰も手出しできなかった。自分は手がボロボロになっただけだが、あんな荒行は治してくれる存在がいたからできたことであり、腕が千切れる可能性もあったのだ。

 あれ以上の暴走……考えるとゾッとする。


「だから、あいつらには言うな。あいつらの母親は俺が再生させてやる。だからお前はあいつらが“虹色たまご”を作れるように協力しろ」


「……魔石を、集めろ、か?」


「そうだ、だがハロルドが知った今、邪魔される可能性もある。それにランス……いや、国は関係ないのか。フィンが竜を探して力を得ようと企んでいるなら、あいつらも油断できねぇ。ルディ、お前のそばには良い顔してお前に近づき、中身は何を考えているかわかんねぇヤツが増えるだろう。だから、おいそれと気は許すな、お前は世界の要だ。お前がいなければ世界は終わる。それを気づかれてもならねぇし、お前自身を粗末にしてもならねぇ」


 リカルドは「わかったな」と言うと指をくるりと動かし、有無も言わず転移魔法を使って彼の家に戻ってきた。

 月明かりに照らされる室内。つい今さっきまで――数日前まで何も変化なく暮らしていた空間がとても貴重なもののように感じられた。


(もう戻れないかもしれない……)


 色々なことが進み出している。

 自分はただ静かに暮らしたい。

 その希望は叶うのだろうか。

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