第18話 竜って、なんだ

 全身の身動きが取れなくなった。上に夢中になっていたら再生していた物体に気がつかず……ゴーレムは体躯に見合わない素早い動きでルディの全身をすっぽり覆うように捕らえていたのだ。頭だけがかろうじて出た状態を保たれているが、取り込まれた身体は全身がひんやりとした重さに包まれ、不快極まりなかった。


「さぁ、どうする、リカルド。ボクに攻撃していたら彼はゴーレムに食われちゃう。でもゴーレムを攻撃したら彼も木っ端微塵だよ?」


 ハロルドは満面の笑みで地に降り立つ。

 その間にもゴーレムはゆっくりと動いており、ルディの肩から首へと泥を移動させている。


「てめぇ、それがどういう意味か、わかってんだろうな」


 リカルドはハロルドを見据え、舌打ちした。


「もちろんわかってるよー。ボクは光の魔法使いリカルドの弟だよ? 知識や力に差はないんだ。でもボクはね、この世界がどうなろうと知ったことじゃないの。ただボクが楽しい時間を過ごせればいいだけ。今のボクの楽しみはリカルドを苦しめること……だってこの世に強い魔法使いは二人もいらないもの」


 ゴーレムに包まれていきながらもルディは察した。ハロルドは無邪気な表情を見せてはいるが中身はやはり“闇”なのだ。自らの思惑で動き、自らの快楽でしか動かない存在。


 いや、でもリカルドも前に言っていた。

『俺は自分のためにしか動かねぇ』と。


 闇の魔法使いハロルド。

 光の魔法使いリカルド。


 似た者同士に思われるこの二人は互いを嫌っているようだ。おそらくリカルドはどうしようもないハロルドの性格を。ハロルドは力のある兄が許せないのかもしれない。


「昔からエラそうなんだよね、リカルドは……最後の竜の守り人になったからって。でもねリカルド、世の中は竜を嫌っているんだよ。何もしていないのに闇雲に襲いかかってくる竜を許せないんだよ。けど力はある、全てを挑越させる力がね。だから国も豪族も竜を探している、その力を我が物にするために」


 ルディは声を振り絞った。


「じゃあ、ランス……フィン達の目的も、それか。それで、あんたは協力をっ」


「あぁ、まぁ、あれはただの暇つぶしね。ホントは向こうはリカルドの力を借りようとしていたから、なんとなく腹が立ってボクが協力してやってるだけ。でも好都合なんだよ、竜をあいつらに渡せばお金がたくさんもらえるし……そして竜に危害を加えようとすればリカルドがね――」


「てめぇ、いい加減にしろよな」


 リカルドの広い肩がワナワナと怒りに震えている。それだけで空気が振動してくるようだ。自分を包むゴーレムまでグラついている。


「今、ここで、てめぇを消してやる。弟だろうが関係ねぇ、てめぇは敵でしかない」


「いいの? ホントに? ――じゃあ、始めようか」


 ハロルドが右手を広げ、前に伸ばす。リカルドとは反対の手が彼の魔法の合図のようだ。

 ハロルドの開いた手がグッと握られるとゴーレムが一気に動き出し、ルディの顔を覆った。途端に息ができなくなり、視界も黒い布をかけられたように真っ暗になった。


(うっ……)


 すさまじい圧迫感――このまま酸欠というよりも締めつけられて圧死しそうだ。

 冷たい泥に体温も奪われていく。このまま死んだらと思うと、なんだか悲しくなってくる。


(こんな、こんな形で一人で……イヤだ、一人はイヤだ……リカルド、俺の、光――)


 だが願っているのに。なかなか光は現れてくれない。自分には光の魔法使いがついている、だから何も恐れることはなかったのに、なんで。

 いや、リカルドと同等の力を持つだろうハロルドの扱うゴーレムだ、意外にも苦戦しているのかも。


(リカルド……お前はいつも一緒にいてくれた。一人でいる俺のそばに……だから俺は、ずっとこれたのに……えっ、なんで俺は一人なんだ……?)


 こんな時だが頭には疑問が浮かぶ。

 自分はなぜ一人だと、そう思っているのか。

 確かに自分には両親もいない、家族もいない、記憶もほとんどない。いつも記憶にはリカルドと過ごす日々が浮かんでくるが……ランスでは顔なじみの獅子獣人のサリや、一部の知り合いのことは浮かぶが……それは日々の暮らしぶりであり、根本的に自分を示すものは何もない気がした。


 自分は何者だ。

 どこで生まれた。

 家族は?


『ほらほら、早く解放してあげないと“竜が死んじゃう”よ、リカルドッ!』


 あはは、と遠くで愉快そうな声がした。この声の主は笑顔で汚いことをなんでもこなしそうな、あの魔法使いだ。


(リ、リカルド……)


 リカルド、何しているんだろう。ゴーレム内にいる自分を助けようとしてくれているのだろうか。それとも簡単にゴーレムに取り込まれた自分に愛想を尽かしたか。


(そ、それより……今の、ハロルドの言葉……竜が、死んじゃうって……)


 竜? 違う、死にそうなのは俺だ。

 竜ってなんだ……?


『ルディッ! 目を閉じてろっ!』


 リカルドの声がした。その声を聞く限り、リカルドは必死だ。

 リカルドが必死になることなんて、あるんだなぁ。あいつは“竜のこと”しか大切に思ってなさそうなのに。


(……りゅう……の、こと……?)

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