光と闇の魔法使いと、身近にいた竜と

第13話 光の力、それを乞うもの

 帰りはリカルドに呼びかけることによって、また魔法でリカルドの家まで瞬時に戻って来ることができた。

 大量のはちみつバタートーストが入った紙袋を抱えて家に入ると「ずいぶん遅かったなぁ」と早速得意の嫌味が飛んできた……いつものことだ。


「ま、何があったかは“見てた”けどな。ずいぶん派手にやっちまって。治す身にもなれってんだ」


 リカルドはブツブツ言いながらも壁に設置された棚から薬草みたいなものを取り出し、傷を治す準備をしている。

 ルディは苦笑いで「ごめん」と返しながらも今リカルドが発した言葉が気になった。


(見るって、いつの間に?)


 リカルドは人里に現れる時は“化ける”と言っていた。一体何に化けると言うのだろう。

 ヒト? 猫? 獣人? それともあのラズリという青年……いや、そんなわけはない。あんな誠実そうな青年が、この性悪な男だなんて――って、それはこの男に失礼か、怒って消し炭にされかねない。


「子ウサギ共はあそこに座って茶でも淹れて飲んでろ。ルディはこっちの奥のイスに座れ、さっさとしろ」


「はいはい」


 言い方は乱暴でも、なんだかんだ子ウサギ達も気使ってくれているし、リカルドも優しいところがある、とは思う。

 ルディは言われた通り、イスに腰を下ろした。


「ふと思ったんだけど、リカルドって魔法使う時は色々道具を使うよな。ピア達は使わないけど」


「なんか文句あんのか」


「そういう訳じゃないって、気になっただけ」


「ふん、ほら、手を出せ」


 リカルドは薬草らしい小さな緑色の葉をルディの両手の平に数枚ずつ均等に乗せた。


「普通の魔法使いっつーのはな、それぞれ身体に備わるエレメントっていうものが存在する。火とか水とかな。その力を具現化することによって、火の玉が出たり、風の刃が出たりするわけだ。俺もそういうのができなくはない、基本的なエレメントは全部備わってるからな。ただ俺の光の魔法は道具に宿る力を引き出す。薬草なら治したり、たまごなら生まれたり……そんな感じだ。転移をする時は糸を使ってんだよ。つながりを意味するからな」


 説明は簡単だったが結構わかりやすかった気もする。そんな光とか癒しの力があるのに、なぜリカルドはこんな性悪なんだろう。どちらかと言うと闇っぽい。


「……お前、なんか余計なこと考えてんだろ」


「あ、ははは、なんでもない。なぁ、リカルドが光なら反対の闇はないのか?」


 そんな単純なものはない、と言われると思ったが。それに対する返事はなかった。

 小さな葉が乗った両手の指先を彼の手で押さえられ、リカルドはささやくような声で呪文を唱える。

 すり傷だらけになり、力が入らなかった両手が次第にあたたかくなっていく。血が通っているような、あったかいお湯に浸かっているような。


 両手が光に包まれていく。気持ちの良い、あたたかい光。それがフワッと発光したかと思うと一瞬にして消え、手の平に乗っていた葉も消えていた。


「相変わらず魔法はすごいな」


「魔法“は”ってなんだよ」


 今の一瞬で両手の傷は癒やされ、すっかり消えていた。

 その光景を見ていたピア達も「すごいね!」と驚きの声を上げる。ピア達の力も十分にすごい気がするが。それ以上にこの魔法使いの力は、すごいものなのだろう。


「あー、疲れた。俺はパン食うからな」


 そう言うとリカルドは紙袋に入っていたはちみつバタートースト――半斤サイズを手に取り、モシャモシャと好物を見つけた子供のように食べ始めてしまった。あらゆるところで行動が早い男だ。そんな男を夢中にするココ屋のパンの力も偉大だなぁと思ってしまう。きっとこのパンで取引すればリカルドの力を借りて、サリは無敵になれるぞ。


「ところでよ、お前ずっと背中に何を貼りつけてんだよ」


 リカルドはパンをかじりながらルディを指差す。なんだと思って背中に手をやると小さな石みたいなものがくっついていた。

 はがしてリカルドに見せると彼は怪訝な顔をした。


「んあ? 記録石じゃねーか。全く、めんどくせーもん、くっつけてきやがって」


 手を伸ばしてきたリカルドに小石を渡すと、彼はそれを親指と人差し指でつまんで砕いてしまった。

 すると石を砕いた辺りの何もない空間からフワリと小さな手紙が現れ、リカルドの手に収まっていたから、びっくりだ。


「……ねぇねぇ、あれって記録石なんだって。噂は聞いていたけど初めて見たね? カッコイイーね、シュルって手紙が現れたよ、シュルって」


 ピア達がベージュ色の耳をピンと立て、お茶の入ったコップを両手で持ちながらヒソヒソと話している。どうやら魔法使いのうちでは有名なアイテムらしい。興味津々な赤い瞳がキラキラしている。


 一方、リカルドは手に収まった手紙に目を通す。眉をひそめ、手紙の文面を目で追ってから舌打ちした。


「おい、ルディ。ランスで俺のこと、誰かに話したろ。力を貸せって。フィン・ランスっていう野郎が言ってきたぞ。どうしてくれるんだ」


 ルディは首をかしげる。


「誰だよ、それ?」


「ランスの王子だ」


「……王子ぃ? すごいじゃないか」


 リカルドは手紙をテーブルにポイッと置くとため息をついた。


「す、ご、く、ないっ。くそ、メンドクセー。偉そうになんだ、力を貸せって」


「ホントにそんなふうに言ってるのか?」


「……いんにゃ、力をお貸し願いたい、だけど」


 ものすごく丁寧じゃないか、とツッコミたかったがやめておこう、話を続けなければ。


「でも王子からの依頼なんだろ。なんでまた?」


「内容までは知らねー。とりあえず『城に来てほしい』としか書いてない。お前、どこで記録石をつけられた。俺もお前の動向を全部見てたわけじゃねぇ。あのフードの男以外、誰に会った? フィン・ランスの関係者とか」


「フィン・ランス……そんな名前の人いたっけ」


 ルディが考え始めた時、離れた位置からピアが「はーい」と手を挙げた。


「ルディ、フィンって呼ばれたヒトがいたじゃない、地下から出た時っ」


 地下から出た時。そこにいたのは金髪のおっさんと、言葉を発さず表情の読めない微笑の青年。


「……あっ!」


 そこにフィン、と呼ばれていたヒトが、いた。

 えっ、あれは……王子だった、のか?

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