第8話 ニータを救え!

 聞いて反吐が出る、というのはこういうことを言うのだろう。すごく胸がモヤモヤした。

 同時にこれではディアがますます心を閉ざしてしまうと思った。ヒトに対しても世の中に対しても、まだこんなに小さいのに。


 それにニータも。怖がりなのに見知らぬ国で悪い人間に捕まり、怖くて震えているに違いない、早く見つけなければ。


 しかし、三十分ほど探し回ったが手がかりは見つからなかった。時間が経てば経つほど救い出せる可能性は低くなる。

 建物に寄りかかりながらルディが「くそ」と歯噛みをすると。

 ディアが「しかたない」と前に出た。


「……オレがおとりになる。しばらくオレから離れてお前らは行動しろ。オレに何かしてくるようなあやしいヤツがいたら、そいつを尾行してニータの居場所を見つけるんだ」


 その提案にピアはすぐに「危険だよ」と反対した。


「けどそうするしかないだろ。早くあいつを見つけなきゃ。オレ達は三人そろってお母さんを見つけるって、お母さんに会うって約束しただろ、だから一人も欠けちゃいけないんだ」


「ディア……そうだけど、さ」


「決めろよ、ピア。迷うヒマはない」


 ピアはうなり、苦しい表情を浮かべてながら「わかった」と決断した。弟をおとりになんかしたくない、でももう一人の大切な弟を救うための苦渋の決断だ。三人の絆はとても固いのだとわかる。

 なら自分もできることをしてあげたい。


「ディア、お前達のことは俺が絶対助けるから。ニータのこと、絶対に見つけるからな」


 ルディは頭に巻いた赤いバンダナをギュッと結び直した。これは自分のお気に入りの代物だ。気合いを入れたい時はいつも自然と触れている。

 隣にいるピアが「ありがとうね」と言ってくれる一方で、ディアはフンと鼻を鳴らす。


「剣士レベルそこそこのアマチュア剣士様じゃ、あんまり期待できないけどな。オレはいいにしてもニータだけは必ず助けてくれよ。じゃないと恨む」


 得意の憎まれ口だ。だが片側の口角を上げ、微笑を浮かべる様子に、少しは期待してくれているような気はした。きっとディアは素直じゃないタイプだ。


「……んじゃ、オレ行くから」


 ディアは「また後で」とさり気なく言い、距離を取るように歩き去っていく。

 その小さな魔法使いを見失わないように心がけ、ルディはピアと共に距離を保って歩き出した。


 ディアはどんな場所なら犯人が出やすいか計算していたのだろう。店が並ぶ通りから外れ、左右を高い外壁に囲まれた住宅街の中へと歩き、次第に建物の陰になる暗がりへと足を進める。

 人通りはすっかりなく、石畳の上には小石やゴミが散らばり、人々の会話も聞こえないような場所。

 同時にそこは犯人らしき姿も見えないから、自分達の姿が目立つかも、なんて思っていたら。

 ピアはパッと左手を上にかざした。


「ルディ、僕達の姿を消す魔法を使うよ。魔力がある者には見えちゃうけど普通のヒトなら見えないから」


「犯人が普通じゃなかったら?」


「それは……もう揚げ足取らないの。とりあえずやれることはやるよっ」


 ピアの手から、やわらかい光があふれ出るとピアと自分の全身を優しく包んだ。指先を見ていたらだんだんと地面が見えるように透き通っていき、しまいには自分の身体が存在するはずなのに何も見えなくなった。


「すごいよなぁ、魔法って」


 手をグーパーしているが見えない。遊んでいたらピアに「静かにね」と言われてしまったので、離れた場所にいるディアに変化が起こらないかと黙って見守ることにする。


 ディアは暗がりに立ちながら地図を広げ、道に迷っているふうを装っている。


 しばらくそのまま様子を見たが。人が通る気配は一向になく、ただ青空に映る白い点々とした雲がゆっくりと流れていく。


「ルディは竜を見たことがある?」


 姿は見えないがピアの声がした。


「え、竜? んー、俺は見たことないな」


 ピアは「そっか」と言って言葉を区切ると、思い出すようにゆっくりとした口調で語る。


「僕は一回だけ見た。里が襲われる直前だ。こんなふうになんでもない晴れた空の中をね、赤い炎みたいなのがビュンって飛んで行ったんだ、それが竜だった、赤い竜。大型の動物でもはばたきで吹き飛ばせそうな大きな両翼で空を飛んでいたんだ。初めて見たから「カッコイイなー」ってその時は見とれていたよ。でもその竜は旋回して僕達の里に降り立った。咆哮を上げ、炎を吹いて村を焼いたんだ」


 その光景を思い浮かべる……小さなウサギ獣人達が逃げ惑う姿。その中で我が子を逃し、他の仲間を助けようとするピア達の母。どんなにピア達は怖くて不安だっただろう。


「でも竜がそんなことをした理由は、さびしかったんじゃないかって今なら思う。仲間がいなくてずっとひとりぼっちで。その気持ちが爆発しちゃったんじゃないかな」


 ルディは「さびしい、か」と口にすると自分の胸を押さえた。孤独な竜はさびしかったんだろうか。仲間を探していたんだろうか。


「僕は竜を許せるわけじゃないけど、でもさびしいのはイヤだ。僕達がお母さんと別れちゃってさびしいみたいに、きっと竜だってさびしかったんだ。なら僕は竜がさびしくないようにしてあげたいなって思ったりもするよ。そのためにはリカルド様にいくらでも協力するつもり」


「ピアは優しいんだな。なかなかそんなふうに思うヤツなんていないと思うよ」


 誰だって自分の大切な人が傷つけられたら憎しみを抱くに決まってる。自分だって忘れているだけで、もしかしたら誰かを憎んでいたかもしれないし、反対に憎まれているかもしれない。

 他人が抱く気持ちなんてわからないのが当然……だが、もし自分が誰かの憎しみの対象となっているなら。

 自分は……何をすべきなんだろう。


「――ルディ、あれっ」

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