第4話 竜とはちみつパンと

 竜、それはこの世界のどこかに住まい、静かに時を刻む稀有な存在。

 だがここ十年程だ。竜が人里を襲うという話を聞くことがある。竜は無差別に人里を炎で焼き、命を奪い、去っていくとか。


「竜か」


 リカルドが興味を持ったようにつぶやいていた。


「リカルド、なんか知ってるのか?」


「だてに長〜く生きちゃいねぇからな。お前らなんかより断然知識は豊富なんだぞ。長・生・きだからな」


 リカルドは先程『ジジイ』と言われたことの当てつけのように、フンと鼻を鳴らすと竜について語り出した。


 竜は神が作り出した神聖な生き物。かつてはこの世界に八体が存在した。竜は世界の均衡を保つ存在、すなわち世界の要となっている。

 竜は対で互いの力のバランスを保つため、必ず対で存在し、パートナーのことを“片竜”と呼ぶ。一体の竜が死ねば別の二体によって新たな竜が生まれ、失った対の片竜となる。

 そうして世界には必ず八体が存在していたのだ。


 しかし異変は数十年前から始まった。最初の二体が突然暴走して仲違いをしたのだ。

 竜は全てを超越した力を持つ。大きな力のぶつかり合いは互いの命を削り、絶対不滅と思われた存在を死に追いやった。

 それから竜は六体となった。竜は減れば別の竜が新たな子供を生み、成長して再び要となるはずだったのだが、なぜか竜は生まれなくなった。

 竜は六体しかいなかったが、しばらくはそのまま平和な時が訪れた。

 しかし、また悲劇は繰り返す。そうして竜は四体、二体……そして最後の一体となった。


 そこでルディは手を挙げた。


「最後の二体はなんで片竜だけが死んだんだ? 本当なら対同士で争った挙げ句に死んじゃうんだろ」


「対だと死ぬ運命になると知った最後の対の片竜が、もう片方を死なせないために自ら命を絶ったんだよ。だが皮肉にも竜は対でいないとダメな存在だ。対がいない竜は力を制御できねぇ」


「……つまり?」


 ルディの問いに、リカルドは気だるそうに目を細めた。その様子に、リカルドはもしかしたら自ら死を選んだその竜を知っているのではと思ったが……今は口を挟むより聞いた方が良さそうだ。


「つまり、その最後の竜は我を忘れ、暴走するんだ。その暴走が時折起きる。その竜も生きてるんだ。溜め込んだ力を定期的に解放しなければ自らが滅びちまうからな」


「そ、そんな、それで僕達の里が焼かれたというの? 何も悪いことはしていないのに……僕達の仲間や家族やみんな……」


 ピアが悲しげに鼻をヒクッとさせると他の二人もしゅんと耳を折り曲げた。

 リカルドはテーブルに肘をつき、その上に顎を乗せる。


「そうは言うけどな、竜が力を解放せずに自滅しちまうと結局みんな滅びちまうんだよ」


 その言葉に全員が「えっ」となる。


「な、なんでだよ、リカルド」


「さっき言っただろ。竜は世界の要だ、均衡を保つ存在だ。つまり世界の命を支えてんだ。昔は八体いたが今はたったの一体だけ。それが世界を支えてんだぞ、この広い世界を、たった一体でだ。たまにストレス発散するぐらい、何が悪い?」


 リカルドの口調にイラ立ちが含まれ出した。


「ヒトも獣人もみんな自分勝手なんだよ。その一体がいねぇと世界は滅ぶっつーのに、最近じゃその竜を災いだとか言って討伐を企てたりしてやがる。バカというか愚者というか。自ら滅ぶ道を突き進んでるんだからな。そんなヤツらは全員――」


「リカルドッ!」


 物騒な方へ話を続けようとしたリカルドの言葉を、ルディは声を荒げて制した。子供達の手前、そんなことは聞かせたくない。


「お前が竜を思う、その気持ちは良いと思う。ただそれに対するしがらみはこの子達には関係ない。この子達はただお母さんを探しているだけだ」


 室内は、しんとなった。ニータは話の展開が怖かったのか小さな身体を小刻みに揺らしている。隣のディアは小さくため息をついている。

 しばらくの沈黙。それを最初に破ったのは、しっかり者のピアだった。


「……事情はわかりました。僕達も竜の存在は知っていたけど、竜がそんな大切で悲しいことになっているなんて知りませんでした。リカルド様は竜を守っているんですね。それなのに僕達の勝手ばかりを言っちゃって……不快な思いをさせてすみませんでした」


 ピアは両耳をピンと立たせると「でも」と声を張り上げた。


「竜が、僕達の里を焼いたのは事実です。僕達の仲間を焼いたのも……それは許せるものではないけど、僕達はただお母さんに会いたい。会って里に帰りたい。その願いが叶えばいいだけ。竜を葬るとか、そんなことは考えてない」


 ピアの言葉に同意するようにディアもニータもうなずいた。そしてリカルドに赤い瞳をそれぞれが向けた。


「だからお願いです。僕達のお母さんを探すのを手伝ってもらえませんか。お礼は今はできないけど必ずしますっ……!」


 ピア達の言葉に嘘はないと思った。ピア達の願いは一つだけ。それ以外は何もないのだ。

 そんな純粋な子供達の願いを誰が断れるだろう。


(……いや、ちょっと待てよ)


 ルディはリカルドを横目に見てから、こいつなら断るとすぐに判断した。

 なら彼が断らない理由をつけておかなくては。


「……リカルド、ココ屋のはちみつバタートースト、十食分買ってきてやるから、なっ?」


 ココ屋とは、この森から一番近い国ランスにあるパン屋のこと。そこのはちみつバタートーストは甘党であるリカルドの大好物だ。


「いいだろう」


 予想以上の即答だった。

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