13「かえり」

 目利きはあまりできないが、色つやのよさはなんとなくで分かる。形はいいから色がちゃんときれいなやつを選びなさい、というのがばあちゃんの教えだった。あんまり変な形だと切るのに困るのだが、そこはもう気合いである。


「こみっち、めっちゃ野菜買うじゃん。健康」

「美味しいだろ、野菜? 肉も魚もいいけどさ」

「くっそー、教育が行き届いてやがるぜー!」

「高いんだから入れないでくれよ……牛肉はやめろ牛肉は」


 パックひとつで二千円とか言われると、豚肉でいいだろと言いたくなってしまう。じっさい財布の中身がヤバくなった経験があると、単価を気にしてしまうものなのだ。かごに入れられたステーキ肉を返却しながら、総菜コーナーを見る。


「お、ベビーホタテの天ぷら」

「めっさ美味しいよねこれ。あたしもー」


 いつの間にかいない二人を探すと、わりと近いスイーツコーナーにいた。


「わらび餅か。たまにはいいかな」

「ん、透き通っててきれい」


 ガラスにはかなり注目していたナギサは、同じように透き通った食べ物には興味津々だった。さっそく取って、かごに入れる。


「ゼリーも買おうか?」

「そうしたい。する」


 色がガラスっぽいマスカットだけでなく、オレンジやピーチのものも選んで、ナギサはほくほく顔だった。


「たくさん、いいものが買えた」

「ああ。ふだんあんまり買わないから、俺もありがたかったよ」


 健康がどうのと深く考えてはいないが、スイーツコーナーにはあまり寄らない。


「もうパパだねぇ、こみっち?」

「育児にしちゃだいぶ楽そうだけどな……」


 駄々をこねるでもなく、大騒ぎするでもない。一緒にいるトラの言うことも聞くし、トラ自身も甘えることはない。これが育児だなんて言ったら、世の中のママさんはブチ切れるだろう。


「まあいいや、買っちゃおう」

「だねー」


 どうにか貯金は崩さずに済んだ。




「そういやさー、ジョブのことは分かったんだけど。こみっちはなんで探索者に?」

「就活失敗した」

「うわー、リアル」

「ふつうにやってたら失敗しないとか、言われたんだけどなぁ……」


 車内での会話は、あまり弾まなかった。


「くそ真面目ないい子ちゃんより、ほどよく嘘つきの方がウケいいからねー。雪見ちゃんもそのクチだし」

「そうなのか……」

「ちゃんといい人でいなきゃって、そんなこと考えてる人ほとんどいないよ」

「年下のはずなのに、説得力が違うなあ……」


 転職は考えていませんだとか、真面目にこつこつ毎日をやっていくつもりですだとか、ちゃんとした言葉を選んだつもりだった。ところが、キャリアアップくらいしないとダメだよとか、一生平社員なんてみじめだよねとか、まったく相手にされていなかった。納得はできても、職なしの事実は変わらない。流れ着いたのは、探索者だった。


「明日さ、やっぱアダンタルもう一回行く?」

「初心者向けでそこそこ儲かって、近いってなるとあそこだな」


 有谷は中堅からベテラン向けが多めで、ダンジョンが五か所もあるのに探索者人口が少ない、と言われがちなのはこのせいだ。


「そっかー。ま、あたしは基本から身に着けないとだよね」

「お互い前衛だから、いちおう防御はがんばるよ」


 完全に力負けしていても、スキルだけで押し返せるくらい〈水爪の大太刀〉は強い。攻防一体とはいうが、どちらに回ったとしてもどちらも捨てることのない、すさまじい性能だ。メッセージアプリで昨日組んだグループで「明日どこに行く?」と送ってみたが、時間帯が合わないのか、とくに返信はなかった。


「みんなは?」

「返信ないな。この時間なら、誰かしら起きてそうだけど」

「んー、雪見ちゃんは朝帰りっぽかったし、なんだろね」

「え、朝帰り?」


 昨日帰ってなかったじゃん、と羽沢さんは当然のように言った。


「たぶん入れ違いで帰ってきたのかな? 直で言えばいいっしょ」

「頼めるかな? 俺はちょっと、自分から女性の部屋に入るのは」

「りょーかいー。練習台あたしでもいいし、女慣れしなよ?」

「あはは……善処するよ」


 それなりの美人相手でも意識さえしなければ、と思っていたが……前言撤回、やっぱり彼女は面白い人枠に入れることにした。




「あれ? 鍵かかってる。帰ってきてないね」

「泊まりに行ったのかな? 俺より友達少なそうだったけど」

「自虐やめれー。なんだろうね、これ」

「いないならいないで、昼間は出かけてるとか?」


 自分で言っても、その矛盾がブーメランになって突き刺さってくる。インドア派が朝帰りして、しかも夕方の少し前になるまでまた外出しているなんて、無茶にもほどがある。体力だって続かないだろうし、買い出しに行かなきゃ、という羽沢さんの意見にも賛同していたように思う。


「まあ、全員何かしら事情あるんだろうしな。詮索しないでおこう」

「それもそっか。あたしたちとはまた別方向かもだしね」


 どう見てもかなり陰気な人だったので、そうなるだけの人生は送ってきているのだろう。独自のストレス発散方法があるのかもしれないし、じつは実家が近くてそっちに泊まる方がよかったのかもしれない。


 まったく返信がないメッセージアプリをやや不穏に思いながらも、俺たちはおのおのの部屋に戻った。

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