5.万草千花の園にて

 テオドールと結婚したくないシルビィは決意した。


 こうなったら、テオドールの予言を外すしかない。

 一ヶ月間、予言が当たり続けたら結婚という約束なのだ。

 一つでも外れれば話は流れる。


「起こると分かっていることを、起こらないように邪魔をすればいいのだから、楽勝よ」


 シルビィは予言を外す機会を虎視眈々こしたんたんと狙ったが、


『崖崩れが発生』

『時計搭が倒壊』

『集会場に羊の大群が乱入』


 人の力ではどうにもならない事柄ばかりが予報されてきて、頭を抱えた。


『世界最長のドミノ倒しに成功』


 といった平和な知らせもあった。

 しかし実際現場に行けば、真剣な空気に圧倒されて邪魔できない。

 いざ始まれば手に汗握って成功を祈り、終わったらみんなと一緒に盛り上がってしまった。

 シルビィは性根が単純だった。


「一回くらい、一回くらいあるはず……!」


 残り少ない期限に焦っていると、念が通じたように機会が巡ってきた。


『明日は二人でデートをする』


 果たして予言なのか疑問だったが、これまでの予言と同じく末尾に書かれている。

 他にそれらしきことも書いていないので、予言と判断していいだろう。

 絶好のチャンスだった。


「シルビィ、あなた明日どうせヒマでしょ?

 うちの子供たちと一緒に、植物園に出かけない?」


「行きます!」


 姉に外出に誘われると、シルビィは二つ返事で了解した。

 これで明日、テオドールが家を訪ねてきても自分は留守。

 デートはできないので、予言は外れるというわけだ。


「一安心だわ」


 シルビィはほっと息を吐いたが、その見通しは砂糖にハチミツをかけるくらい甘かった。


 翌日、シルビィが姉たちと植物園へ行くと、テオドールが待ち構えていた。


「おはようございます、シルビィ。若草色のドレスがとてもお似合いですね」


 シルビィは呆けた。

 なぜ、とつぶやく横で、シルビィの姉が弾んだ声を上げる。


「おはようございます、テオドール様。今日も麗しくていらっしゃいますわね」

「お義姉様こそ。今日はご協力いただけて助かりました」


 テオドールが手を取りうやうやしく口づけると、姉はきゃっと頬を染めた。


「いいのよいいのよ、どんどん頼ってちょうだいね。

 こんなすてきな義弟ができるなんて、夢みたいだわ。

 それじゃ、後は二人でごゆっくり」


 シルビィが怒り出す前に、共犯者は子供たちを連れてかろやかに植物園へ消えていった。


「……酷いです。謀りましたね」

「シルビィが素直にデートしてくれる気がしなかったので」


 じとっとにらむシルビィに、テオドールは余裕の笑みで応じる。


「先日、私との結婚を嫌そうになさっていたので、これはきっと、私の予言を外す機会を狙っていらっしゃるだろうなあと」


 シルビィはぐっと言葉に詰まった。

 思考も行動もパターンをしっかり読まれている。

 おつむの違いを思い知らされた。


「というか、今日のは予言なのですか?

 もうこれ、ただの予定ですよね」


「予言ですよ?

 あなたの体験していない過去では、一緒にお出かけしましたから。

 今日この日この時間に、この場所で」


「どうして私が閣下と?」

「そんなに驚くことですか?」


 有り得ない、という顔をするシルビィに、テオドールは憮然とした。


「どういう仲だったんです?」


「植物園を一日案内していただく仲です。

 あなたはここのことをなんでもご存知で。楽しかったですよ。


 一度目の人生で起きたことは、必ずまた起きるとは限りませんが。

 経緯が違っても、起こるべきことは必ず起きます。


 なので、今日のお出かけは私たちの運命なんでしょう。

 あなたと私は確かな縁があったようですね」


 腕を差し出されると、シルビィは面映ゆそうにしながら腕を絡ませた。

 自分との縁を歓迎されていれば、悪い気はしない。


 両側に芝生の広がる歩道をゆっくり進む。

 天気は良く、広大な植物園では老夫婦や家族連れ、カップルなど、さまざまな人々が緑を楽しんでいた。


「閣下は毎日毎日、予言をくださいますけれど、よく覚えていらっしゃいますね」

「記憶力はいい方なんです」


「わたくしだったらきっと月に一、二個くらいしか覚えていませんわ。

 そんなに事細かに記憶していられません」


「興味のありようの違いでしょう。

 私の方にしてみたら、この植物園の植物の名前を全部覚えている方がすごいですから」


「さすがに全部は覚えておりませんけれども。

 小さい頃は庭師になるのが夢でしたから、都にいる間は毎日のように通いました」


 シルビィは植物園のスタッフに手を振った。すっかり顔見知りだ。


 遊歩道の先に、ガラス張りの温室が見えてきた。

 入ると、むっとした空気が襲ってくる。熱帯の気候を再現している空間だ。

 中にはシダやヤシなど、遠い地方から取り寄せられた植物が集められていた。


「ああ、うちにも大きな温室があったら。ランや南国の果樹を育てられるのに」


 シルビィの家にも温室はあるが、小さく質素だ。

 もちろん、ここのように全面ガラス張りなんて贅沢はできるはずもない。

 レンガを積んで南面にガラスをはめてあるだけ。

 雨風をしのぎ、霜を防ぐ程度のものである。


 スターロン家のフトコロ事情ではそのくらいが精一杯だった。


「うちの屋敷にはありますよ。

 嵐で屋根が壊れて以来、ほったらかしですけど」


「なんてもったいない!」

「結婚したら、どうぞ奥様のお気の召すままになさってください」


 魅惑的な言葉に、シルビィの心が結婚の方へぐらりと傾いた。


「簡単におっしゃいますけれどね、閣下。

 ご存知ですか? 温室の維持管理には結構な費用がかかりますのよ。

 育てる植物だって、簡単には手に入りませんし」


「おやおや。では、私の甲斐性の見せどころですね。

 まずうちの温室をここのように全面ガラス張りで建て直すところからはじめましょうか。

 それとも、いっそ南国の方に別荘買いましょうか?」


「……」


 うっかり「お宅に永住します!」といってしまいそうになったので、シルビィは手で口をふさいだ。

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