第13話 それぞれの思惑

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 残り時間――10時間57分  


 残りデストラップ――10個


 残り生存者――11名     

  

 死亡者――1名   


 重体によるゲーム参加不能者――1名



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 ホールから出た九鬼は病院内をどこへ向かうでもなく、ブラブラと歩いていた。


 さきほど瓜生に言われた医療ミスの件が頭から離れなかった。実際、九鬼は勤めていた病院で、半年前に医療ミスを起こしていた。被害者の家族との間で示談が成立したので、事件にはならなかったが、ニュースとしてテレビに流れてしまい、結局、九鬼は職場を辞めることになった。その被害者は今、人工呼吸器に繋がれて生き長らえている。


 九鬼がこのゲームに参加した理由がそこにあった。ゲームに勝って、被害者を助けてもらうのだ。


 九鬼はあの医療ミスを起こして以来、手術が怖くなってしまった。だから、ミネを詳しく診断するのも拒否した。それで、あのホールから逃げ出してきた。



 でも、このゲームに勝って、あの患者を助けることが出来れば、私は医者としての自信を取り戻せるはずなんだ!



 九鬼はそう考えていた。しかし、すぐに――。



 しかし、目の前で苦しんでいる人間を見捨てることは、果たして医者として正しいのだろうか? 



 そんな正反対の考えが頭に浮かんでくる。



 いや、この状況下ではとてもじゃないが、あの婆さんを助けることなんて出来ない! そうさ。アナフィラキシーショックといっても、必ず死ぬわけではないからな。



 結局、九鬼は心の葛藤に対して、そう決断を下した。だが、気持ちが晴れることは決してなかった。廊下を歩く足取りも、心を反映したように重いものだった。



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 ヒロキは細心の注意を払いながらトイレに向かった。


 正直、用を足したいわけではなかった。ホール内の空気が重くなりつつあったので、少し息抜きをしたかったのだ。


 一息つくと、トイレから出た。廊下を歩きながら、知らぬうちにズボンの後ろに手を回していた。


 なにかトラブルに合った際には、『コレ』が物を言うはずであった。


 コレを使えば相手を殺してしまう可能性もあるが、その場合は仕方ないだろう。


 このゲームに勝つためだったら、方法は選ばない。



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 ヒロトはトイレに入ると、いつものくせでパンツの尻ポケットに手を回した。

 

 そこに『アレ』が入っているのだ。

 

 取り出そうかと思ったが、今はまだ必要がないのでやめにした。

 

 しかし、気持ちが落ち着かなくなったら、そのときは迷わずに使うつもりである。



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 円城は誰にも会わないように、わざと五階ではなく、下の階のトイレに入った。


 洗面台の前に立つと、顔色のチェックをする。肌に艶がなく、血色の悪い蒼白い顔は、あきらかに病人のそれと同じだった。


 13時間で終わるゲームなら大丈夫だと思っていたが、今から準備をしておいた方が良さそうな感じだった。


 円城はズボンの後ろに手を回した。そこに、とっておきの『モノ』を隠し持ってきたのである。


 それは完全に違法なモノだった。だが、ゲームに勝つ為には、絶対に必要なものだった。


 だから闇のルートを通じて、わざわざ手に入れたのだ。


 出来れば使いたくはなかったが、危険な状態に陥るようだったら、そのときは躊躇なく使用するつもりだった。


 円城はズボンの上から、そっとその感触を確かめた。



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 瑛斗は壁に掛けられている院内案内の地図を見て、すぐに行きたい場所を探しだすと、階段を足早に駆け降りていった。


 トイレには向かわなかった。トイレなんかよりも、もっと重要事項があったのだ。


 一階に着いた瑛斗はめぼしい部屋に片っ端から入っていき、中を確認して回った。


 いくつか部屋を行き来して、ようやくお目当ての『モノ』を見付けだした。



 20分後――。



 瑛斗は一階にある診察室のイスに腰掛けて一休みしていた。知らぬうちに、腰の後ろに右手を伸ばしてしまう。大事なモノはいつもズボンの後ろに隠すことにしているのだ。手で触れていると、自然と心が落ち着いてくる。


 いざとなったらこれを使うつもりだった。今までもそうしてきたのだから。


 そのとき、廊下から足音が聞こえてきた。


 腰にやった手に力がこもる。

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